第二十三話 約束の履行
「じゃじゃーん! 名探偵・稜くんの登場です!
龍也、今日お弁当でしょ!?」
陸軍庁舎の食事喇叭が鳴り終わるやいなや、龍生は大将執務室の扉を乱暴に開けてズカズカと白銀に近づく。
「……稜。ちゃんとノックしてから入ってこい――」
白銀はちょうど胡蝶蘭が描かれた蒔絵の弁当箱を机に置くところだった。
「ビンゴ! やっぱりお弁当だった! 僕の名推理が冴え渡るねー!」
「……………………稜」
「はいはい。昨日の買い物伝票見たら推理が容易いって言いたいんでしょ?
『それは推理とか言わん――』って感じ?」
龍生は白銀のマネをして、満足そうに握り飯を見せる。
「僕もここで食べてもいい?」
笑顔で白銀の執務机の近くの机にドカンと座る。
「…………ダメだと断っても居座るんだろ?」
「もちろん!」
「…………分かった。許可しよう」
「やったー! ありがとー龍也♡」
その時。
――トントン。
控えめなノックの音が聞こえてきた。
「……龍ヶ崎少尉であります。
白銀閣下、今お時間よろしいでしょうか?」
白銀と龍生は顔を見合わせる。
「……亜嵐少尉、自発的に来るなんて珍しいね?」
「………………。亜嵐は俺に会いに来たのではない」
「……え? それはどういう意味……?」
白銀は溜息混じりに入室許可を出す。
「……入れ」
――ガチャ。
「……失礼いたします」
遠慮がちに扉が開くと、そこには竹皮を持った亜嵐が立っていた。
「亜嵐少尉! どうしたのー?」
龍生はのんきに声をかける。
「あ、龍生副官……」
亜嵐はほっとした顔をした。
その表情に、白銀は眉を寄せる。
そんな白銀に気がつかず、亜嵐は白銀にペコリと会釈をすると、龍生にトコトコと歩み寄る。
「これ……」
おずおずと差し出したのは竹皮を包まれた何か。
「んー?」
不思議そうにそれを受け取ると、ふんわりと甘い匂いが漂ってきた。
「えっ!? これって……!
開けてもいい?」
亜嵐はコクリと頷く。
龍生は嬉しそうに竹皮の紐を解くと、中から黄色い玉子焼きが出てきた。
「えー! なんで、なんで?
もしかして、名探偵は亜嵐少尉だったー?」
「ん? 名探偵?
よく分からないですけど、これ……昨日のお詫びです。この前、美味しいって言って下さったので……」
「……お詫び?」
「昨日、龍生副官に失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
亜嵐は綺麗に腰から身体を折る。
「え? 昨日?
――僕は別に何も気にしてなかったけど……、ありがたく受け取っておくね!」
「……はい!」
亜嵐の菫色の瞳と、龍生の栗色の瞳が合わさる。
「う、うん!」
すると、白銀の咳払いが聞こえてきた。
「よかったな、亜嵐。稜にお前お手製の玉子焼きを渡せて――」
「白銀……閣下――」
「んー? なんかトゲのある言い方だねぇ……」
亜嵐と龍生は白銀に視線を向ける。
「朝、あんなにオロオロしていただろ?」
「な、何を……」
「本当は朝イチで稜に玉子焼きを渡したかったようだが、周りの目を気にして渡せなかったのだろ?」
「ぅっ……」
「それに、車の中で大事そうに抱えて……。
俺の弁当より、稜の玉子焼きの方を気にしていたではないか……」
「だっ、だって! 白銀の弁当箱はご立派な蒔絵の弁当箱だが、龍生副官のは竹皮なんだぞ! 玉子焼きは柔らかいから、崩れちゃったらヤダなと思って……」
「……亜嵐少尉……! そんなに僕の事、考えてくれていたんだね! ありがと!」
龍生の弾けるような笑顔に、亜嵐ははにかむ。
「僕ったら、亜嵐少尉が今日は僕がお弁当で、龍也からおかずを貰おうと思ってた魂胆を見抜いたのかと思ったよ!」
「名探偵って、そういうことだったんですね!」
キャッキャと騒ぐ二人を、よく思わない者がいた。
そう、陸軍大将・白銀 龍也侯爵閣下その人である。
「亜嵐――。お前、弁当は食べたのか?」
「え? いや、これから大部屋に戻って食べようと思ってたところ……です」
「ここで食べろ」
「え?」
「今すぐ弁当を持ってこい。そして、ここで食べろ」
「は、はぁ!? なんだよそれ……!」
「……これは命令だ。
分かったらさっさと実行に移せ」
「うっ、うそだろぉぉぉぉぉ!!」
(あーあ、龍也ついに職権乱用しちゃったよ……)
亜嵐の叫びに、龍生は玉子焼きを摘んで幸せそうに頬張るのだった。
✕✕✕
(昼は散々な目にあった!)
午後の勤務が始まり、亜嵐はプリプリと怒っていた。
(何が『ここで食べろ』だ! オレはあの後、大部屋の連中になんて言ったら怪しまれないか考えに考えなきゃいけなくなったんだぞ!!)
結局亜嵐は『白銀閣下に部屋に来るように呼ばれちゃった〜。あはは、用なんてないのに変なの〜』と独り言を言いながら弁当を取りに行ったのだ。
(余計怪しまれたよな!! オレの馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!)
(でもちゃんと、龍生副官を夕飯に誘えたし、それはよかったけど……)
(それでも、やっぱりダメだぁぁぁぁ!!)
「今日の龍ヶ崎少尉、情緒不安定だな……」
大部屋の同僚たちは、一人で百面相をしている亜嵐を生暖かく見守るのであった。
✕✕✕
午後の業務も終わりに近づき、大部屋では課業終了を告げる喇叭の音を今から今かと待ちわびていた。
そこに、一本の内線がかかってくる。
「はい、こちら第一執務室――」
上官が電話を取り、何やら話し込んでいた。
電話が終わると、上官は亜嵐に声をかける。
「龍ヶ崎少尉、定時後で悪いが第三会議室にこの回覧板を届けてくれ。
龍生副官から、至急持ってくるようにと連絡が入った」
「えっ! オレですか!?」
「副官殿から直々のご指名だぞ。
どうやら副官殿はお前を気に入っているようだな」
(う、嬉しくねぇぇぇぇ!!)
亜嵐は愛想笑いを浮かべて回覧板を受け取る。
(龍生副官も何考えてるんだか!)
――十七時の喇叭が鳴り響く。
それと同時に、亜嵐は荷物を鞄に詰め、回覧板を持ち、第三会議室に向かった。
「はぁー、気が重い……」
(大部屋のヤツらにまた生暖かい目で見られてしまった……)
――トントン。
「失礼いたします。
第一執務室より回覧板をお持ちしました――」
「……入れ」
(ん? この声は――)
亜嵐が扉を開けると、そこには白銀大将がいた。
(やっぱり白銀じゃねぇかぁぁぁぁぁ!!)
「……白銀閣下、龍生副官はどちらに?」
亜嵐は扉を閉め、キョロキョロと辺りを見渡す。
「……稜は買いたいモノができたと先に帰った」
「はぁ?」
(なんなんだよあの副官!! オレをわざわざ呼び出しておいて自分はもう帰っただぁ!?)
「……蘭。今朝の約束を覚えているか――?」
「約束……?」
「あ、あの二人きりの時は――ってやつか!?」
「そうだ」
「いや、二人きりって言っても陸軍庁舎では無効だろ?」
「無効も何もないだろう。
事実、今この場所には俺とお前の二人しかいない。
――違うか?」
「ち、違くはないけど、色々とバレたらどうするんだよ!」
「問題ない。
それに、なぜわざわざ人気のない第三会議室に呼び出したと思う?」
「なっ!!」
(コイツ……、なんか怒ってる!?)
「……さぁ、蘭。約束を履行してもらおうか……?」
「で、でも!」
「なんだ? 約束を違えるのか?」
「そ、それは……!」
「お前が約束を履行せぬなら、俺も約束は守らん――」
「……くっ。……りゅ、龍也」
「……それでいい」
白銀の長い睫毛の影がゆっくりと顔に落ちる。
「龍也、オレをこんな所に呼び出してただ名前を呼ばせたかっただけか!?」
「……それもあるが……」
(あるんだ……)
「稜が気を利かせてお前を大部屋から抜け出せるように仕向けたんだ――。
大部屋にいたままだと、俺の車では帰りづらいだろうからと……な――」
「はぁー、大した副官殿ですね」
蘭は回覧板を握りしめる。
(この回覧板、どうすればいいんだろ――)
第23話をお読みいただきありがとうございました!
前半の「職権乱用」な白銀大将、いかがでしたか……?笑
蘭ちゃんが龍生副官に手作りの玉子焼きを渡して仲良くしているのを見て嫉妬の炎を燃やし、
「ここで食べろ。……これは命令だ」
と職権乱用で自室に呼びつける大将……!
そのせいで大部屋の同僚たちから生温かい目で見られ(半分自爆)、情緒不安定になる蘭ちゃんが不憫可愛くて書いていてすごく楽しかったです笑
そして後半、龍生副官の粋なハカライ(逃走とも言う笑)によって連れてこられた人気のない第三会議室。
「今この場所には俺とお前の二人しかいない。……さぁ、蘭。約束を履行してもらおうか……?」
と密室で迫られ、恥ずかしそうに「……りゅ、龍也」と呼ぶ蘭ちゃん……!
ただ名前を呼ばれたかっただけなのを素直に認める白銀大将でした笑
【★次回予告★】
第24話『ハイカラさんのおもてなし』!
龍生副官の(超ナイスな)アシストのおかげで、無事に大部屋の目を盗んで帰宅できることになった二人。
しかし車内では、今日ずっと副官のことばかり考えていた蘭ちゃんに大将の独独占欲が爆発!
ほっぺをツンと突かれ、ド直球すぎる言葉を投げかけられて……!?
「気に食わない。お前は、俺のことだけ考えていればよいのだ――」
さらに無事帰宅後、龍生副官を“蘭”としておもてなしするため、紫の袴に髪を結んだ「ハイカラさん姿」にお着替え!
だけどリボンが上手く結べず、照れながら「結んでくれないか?」とおねだりする蘭ちゃん。
無防備すぎるおねだりに撃沈した大将が、髪のリボンだけでなく、袴の紐まで(実質バックハグ状態で)結び直し始めて――!?
必死に理性を保つ白銀大将と、勘違いして照れまくるハイカラさん蘭ちゃんの甘すぎる着替えタイムをお楽しみに!
「大将の独占欲爆発が最高!」「ハイカラさん蘭ちゃんとバックハグが見たい!」と思った方は、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をポチッとお願いいたします!




