第二十二話 交換条件
「へい、お待ち〜!」
屋台の店主が差し出したのは、醤油の匂いが香る澄んだスープ。その中に黄色い麺や叉焼、ナルト、ネギなどが入っていた。
「おやじ! ありがと!」
亜嵐の菫色の瞳がキラキラと輝く。
「ほら、龍也も早く食べろ!」
亜嵐は割り箸を割り、麺を啜る。
そしてレンゲでスープを掬う、飲み込む。
「う〜〜ん! 美味い!」
白銀も亜嵐に習い、割り箸を割り、麺を啜る。
そして、スープをレンゲで掬い、飲み込む。
「…………うまいな――」
「だろ!」
白銀の言葉に、亜嵐は瞳を細める。
その笑顔に白銀は見惚れてしまった。
「ほらほら、龍也! 箸が止まってるぞ!
支那そばは熱いうちに食うのが美味いんだ!」
亜嵐は無我夢中で麺を啜り、スープを飲み込む。
「………………なるほどな」
白銀も支那そばに向き合い、亜嵐同様に麺を啜るのだった。
✕✕✕
「ご馳走様! 美味かったな!」
支那そばを食べ終わり、亜嵐が支払いを済ませた白銀に笑いかける。
「ああ、美味かった」
「また食べに来ようぜ」
「ああ、そうだな――」
二人は街灯が灯る帝都の夜を歩く。
支那そばを食べて、上気した頬が夜風に当たる。
「なぁなぁ白銀……」
「……なんだ? もう『龍也』とは呼んでくれないのか?」
「なっ! アレはあの場での“作戦”だって言っただろ!?
あの屋台に天下の陸軍大将・白銀公爵閣下様がいたらみんな逃げっちまうだろ――」
「……そうか?」
「そうだよ。
お前は雲の上の御人なの! 少しは自覚を持て!」
「………………。
そういうお前は、俺の“婚約者”だ――。
お前こそ、自覚を持て……」
「……。今のオレは蘭の兄なの! お前こそ、弁えろ!」
亜嵐は頬をぷくーと膨らます。
「……そうだな」
「あ! 今お前、笑っただろ!?」
「笑ってない」
「ウソだ! 絶対笑ったー!!」
帝都の月夜に、二人の会話が解けていった。
✕✕✕
「ただいま帰りました」
白銀と亜嵐は白銀の屋敷に帰ってきた。
「おかえりなさい、二人とも♡」
笑顔で二人を出迎えたのは龍生である。
ただ、その笑顔はとてつもなく恐ろしかった。
「ずいぶん遅かったねー」
「蘭と買い物をしていた――」
「それは知ってるよ? だって僕が龍也と蘭ちゃんが買ってきた品物を仕分けしたんだから――」
「お、おい。白銀……。
龍生副官、なんか怒ってないか?」
蘭は白銀の耳元で囁く。
「………………稜。何か怒っているのか?」
白銀が龍生に尋ねる。
「怒ってる? いやいや、そんなんじゃないよ。
いや、二人が仲良くなるのはすごく嬉しいよ?
それにさ、今日届いた伝票見たんだけどさぁ〜。
“お揃いの寝間着”も仕立ててきたんでしょー?」
「お揃い……?」
蘭が怪訝な声をあげる。
「いや、ほらさー。
なんていうか、お熱いなぁ〜と思ってさー」
「僕はさ、二人のために色々しようとは思ってるんだよ? でもさー、もっと僕のことも労ってくれてもいいんじゃないかな〜とか思ったり?」
「……………………」
「し、白銀……」
蘭は白銀の上着をチョンチョンと引っ張る。
「龍生副官は、お前に褒めて欲しいんじゃないのか……?」
「…………そうなのか? 稜?」
「え! ほ、褒めて欲しいっていうか労って欲しいって言うか……」
「………………」
「つまり、龍生副官は、寂しかったってことなのか?」
「えっ!」
龍生の顔がどんどん赤くなっていく。
「えっと! その――、蘭ちゃんって面白いこと言うね! 今日は遅いからもう帰るよ!
龍也! 蘭ちゃん! また明日ね〜!
あまりハメを外し過ぎないでねーー!!」
――バタン!
龍生は捨て台詞を残して白銀邸から出ていってしまった。
「…………なんだったんだ?」
白銀と蘭は首を傾げる。
(明日、龍生副官にも玉子焼き作った方がいいのかなー?)
蘭の悩みは尽きなかった。
✕✕✕
――翌日。
台所からはジュ〜という音とともに、玉子焼きのほのかに甘い匂いが広がる。
(昨日、龍生副官には悪い事をしたな――)
(玉子焼きでお詫びにはならないかもだけど、何もないよりはマシだろ……)
蘭は玉子焼きを作り終えると、昨日購入したばかりの白銀用の――胡蝶蘭が描かれた蒔絵の弁当箱と、自分用の――四角いアルミの弁当箱にそれぞれ詰めていく。
(龍生副官には、オレのお古の弁当箱渡すのも気が引けるし、昨日の包み紙が綺麗に残ってるからこれに包めばいっか!)
(いらなかったらそのまま捨ててくれればいいし――)
蘭が龍生の分の玉子焼きを包み終わると、背後から声がした。
「……何をやっている。蘭――」
「うわっ、白銀かっ!
何って、龍生副官に昨日のお詫びを兼ねて玉子焼きを作ったんだ」
蘭の言葉に、白銀の眼光が鋭く光る。
「――なぜだ?」
「なぜって……。昨日、顔真っ赤にして帰っちゃったから、たぶんオレが失礼なことを言ってしまったんだと思う。
それにさ、オレたちの為に、色々してくれたんだろ? 車運んでくれたり、荷物整理してくれたり――」
蘭の菫色の瞳が、真っ直ぐに白銀を見つめる。
「……………………」
「――あとさ、今晩、昨日買ってもらった肉とジャガイモを使って肉じゃが作ろうと思ってるんだけど、龍生副官も呼んでもいいかな?」
「…………は?」
「……玉子焼きだけじゃ、ちょっと申し訳なくて――。
それに副官、寂しかったんなら、一緒にメシでもたべればいいのかなーとか思って――」
白銀の顔がどんどん引きつっていく。
「それはならん。
夜はお前と二人で過ごしたい――」
「……そこをなんとかさ?」
蘭は片目をつぶり、両手を合わせる。
「…………………………」
「……やっぱり、ダメ……か?」
蘭の上目遣いが、白銀の心臓を貫く。
「…………。そこまで蘭が言うなら考えてやらんこともないが……。そうだな――」
白銀は人差し指と親指を自分の顎に添える。
「……一つ、条件がある」
「条件?」
「あぁ。今後、俺と二人きりの時は、俺のことを『龍也』と呼ぶように――」
「はぁ!? その呼び方は昨日限定の“作戦”だって言っただろ!!」
「出来ぬのなら、稜に夕飯を振る舞うことは許可できんな――」
「ぐぬぬぬぬ――」
蘭は顔を真っ赤にして白銀を睨みつける。
だが、白銀も一歩も譲る気はないようで、整った顔で蘭を見つめる。
「……りゅ、りゅうや――」
「何か言ったか? 全く聞こえんな」
「くぅ……!」
蘭は大きく息を吸い込んだ。
「――龍也! 今夜、龍生副官を夕飯に招待してもいいですかっ!?」
やけくそ気味に叫ばれた言葉に、白銀は薄い唇を上げる。
「…………仕方ないな。愛しの婚約者殿の頼みは無下に出来ん」
蘭の顔は、怒りと恥ずかしさで耳まで真っ赤に染まっていた。
「……分かった。約束通り、許可しよう」
瑠璃色の瞳は、楽しげに蘭を見据えていた。
第22話をお読みいただきありがとうございました!
前回の予告通り、大将から突きつけられた「とんでもない交換条件」……!
蘭ちゃんの「上目遣いおねだり」に撃沈しながらも、ただでは倒れないのがさすが陸軍大将です。
「今後、俺と二人きりの時は、俺のことを『龍也』と呼ぶように――」
昨日の作戦限定だったはずの呼び方を、ちゃっかり「私生活での永久義務」にアップグレード!
さらに「聞こえんな」と煽ってからの、蘭ちゃんのやけくそ赤面「龍也ーーー!!!」の破壊力……!!
大将、心の中で絶対にドヤ顔のガッツポーズをしてますよね笑
ちなみに、蘭ちゃんに「寂しかったのか」とド直球に図星をつかれて、顔を真っ赤にしてパニックで逃げ出した龍生(稜)副官はいかがでしたか?笑
意地悪く二人をいじりに来たはずが、天然な蘭ちゃんに返り討ちに遭うあの流れ、書いていてすごくお気に入りです!
【★次回予告★】
第23話『約束の履行』!
昼休み、手作りの玉子焼きを持って龍生副官にお詫びに向かった蘭ちゃん。
しかし仲良くキャッキャする二人を見て、我らが陸軍大将の嫉妬が爆発――!?
「ここで食べろ。……これは命令だ」(※職権乱用です、閣下!)
さらに定時後、龍生副官の(超・粋な)立ち回りによって、人気のない「第三会議室」に呼び出された蘭ちゃん。
そこで待っていた白銀大将から突きつけられたのは――?
「今この場所には俺とお前の二人しかいない。……さぁ蘭、約束を履行してもらおうか」
昼のヤキモチ連発から一転、密室で迫られる「龍也」呼びおねだりタイムをお楽しみに!
「大将の職権乱用ヤキモチが楽しみ!」「早く二人きりの第三会議室が見たい!」と思った方は、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をポチッとお願いいたします!




