第二十話 白銀閣下のお買い物
気まずい電話ボックスから抜け出した二人は、食器売り場に来ていた。
つい先程まで、電話ボックスで顎を掴まれていたことを思い出す。
「……欲しいものはあるか?」
白銀が亜嵐に問うた。
「え、あ……、べ、弁当とか朝メシとかを作るための食材とかが……欲しかったんですけど……」
亜嵐が白銀から目を逸らしていく。
(今の白銀、なんか怖い……)
「……食材は最後だ。
それ以外で欲しいものはないのか?」
白銀は逸らされていく菫色の瞳と無理やり元に戻し、視線を合わせる。
「……し、白銀の……、白銀閣下の弁当箱が、欲しい、です」
「オレのお古の弁当箱、白銀閣下に使わせるの……忍びない、です」
「もし……、今後も閣下の弁当が必要なら、ですが――」
「………………そうか」
そう言い放つと、白銀は亜嵐から手を離した。
そして、何ごともなかったかのように、食器売り場に移動した。
「……どんな弁当箱がいい?」
「………………閣下がお使いになるものなので、ご自分でお決めになればよろしいかと……」
(あぁ、オレはなんて愚かなマネをしているんだろう――)
(弁当とか、オレを肥させる為の言わば餌だ!)
(オレは自分から、白銀に食べられる準備をしているようなもんだ――)
「亜嵐。お前は弁当箱を新調しないのか?」
「え? 別にまだ使えますし……」
(箱はどうでもいいんだ! 問題は中身だ!)
「……では、俺もお前のお古でいい――」
「はぁ!? それは困ります!」
「もしも白銀閣下がオレのお古を使ってるなんて噂になれば、オレは軍を辞めるしかなくなります……!」
「……そういうモノか?」
「そういうモノです!」
亜嵐の必死の説得に、白銀が手に取ったのは黒い蒔絵の弁当箱だった。
「……これにする」
「…………本当にそれにするんですか?」
「なんだ? 文句でもあるのか?」
「……いえ、ありません」
(なんでわざわざ“胡蝶蘭”が描かれてる弁当箱を選ぶんだ!?)
(もっと男らしい柄とかあっただろうに……)
「白銀閣下、その弁当箱を渡してください。
会計をしてきます」
蘭はポケットから小さな財布を取り出した。
「何を言っているんだ?」
「え? だってその弁当箱はオレから閣下への贈り物のつもりだったんですけど――」
「………………必要ない」
「……はい?」
「今後、必要な物は全て“白銀家の金”を使え」
「……えっ、でも……」
(破格の十五万円まで払ってもらって、今後は全て白銀家の金を使えだぁ!?)
「いえ、閣下のお手を煩わせるわけには……」
(煩わせる度に、食べられる確率が上がるのでは!?)
「……必要経費だ。
婚約者に金を使わせたなど、末代までの恥だ……」
「必要経費!?
……やっぱり、餌付けの一環なのか!?」
「……お前が、言ってる意味が分からないが、そういう事だ」
白銀は近くにいたデパートボーイに声を掛ける。
「白銀だ。後で屋敷へ請求を回しておけ――」
「はい。畏まりました。
白銀様――」
そのやり取りをポカンと眺めていた亜嵐の手を引き、白銀が囁く。
「他に、欲しいものはあるか?」
「い、いいえ。ありません」
「そうか……。
では、次は俺の買い物に付き合え――」
✕✕✕
手を引かれてやってきたのは紳士・婦人洋服売場だった。
「……こういうのはどうだ?」
白銀が亜嵐に桃色や薄い青色のレースがついた寝間着――ネグリジェを見せる。
「どう、と言われましても……。
オレは何をすればいいんですか?」
(なんだ? 琥珀お義姉様への贈り物か?)
「――今度、お前の寝間着を用意してやると言っただろう」
「え? オレは別に今のままで何も困ってないんですけど……」
「何度も言わせるな」
「あんな格好をされて
――俺が耐えられんのだ……」
「うっ!」
(そういえばコイツにサラシもズボンも着けてない姿見られたんだった――!!)
亜嵐の顔が赤く染まっていく。
(平常心! 平常心だぞ! オレ!)
(……ん? ちょっと待て。
オレの寝間着を用意ってことは――)
「つまり、オレがこれ着るんですか!?」
大声を出してしまった亜嵐は、思わず両手で口を塞ぐ。
(じょ、冗談じゃない!!)
(なんでオレがこんなヒラヒラした寝間着を着ないといけないんだ!)
(嫌がらせか!? 嫌がらせなんだな!!)
「……イヤか?」
「い、イヤに決まってるでしょ!!
なんでそんなハレンチな寝間着を着ないといけないんですか!!」
「……今の格好の方が、よっぽど破廉恥だと思うが……」
白銀はネグリジェを元の位置に戻す。
「……紳士服の方がいいのか?」
「え? まぁ――」
(あんなヒラヒラした寝間着より、よっぽどマシなはずだ)
「そうか――」
すると白銀は紳士コーナーに移動する。
亜嵐も一緒について行く。
「……色は何色が好きなんだ?」
「え? 特には……」
「そうか」
白銀が肌触りのいいシルクの布を手に取る。
「……これはどうだ?」
「え? こんな良いものじゃなくて、もっともテキトーなモノでいいですよ」
(どうせ着て寝るだけだし……)
「………………」
「おい、この生地の色違いはあるか?」
白銀は店員に声を掛ける。
「はい! ご用意いたしますね!」
「それと、コイツの採寸をしてくれ」
「えっ?」
「畏まりました」
店員は首から下げていたメジャーを手に取る。
「さ、さささささ採寸って、誰の!?」
「……お前しかいないだろ」
「いや! でも!」
(採寸なんかされたら男装がバレるぅぅぅ!!)
「いや! ほら! あれだよ!
なぁ? 白銀閣下!」
「……あれとはなんだ」
(急に真面目になるなよぉぉぉぉぉ!!)
「ほら! その……
そう! オレって知らない人に触られるとムズムズするっていうか!」
「ほう?」
「だからさ! 採寸はしなくていいかなーって!」
「……採寸しなければ、お前の寝間着が仕立てられない」
「いやいや! だからそういうのじゃなくて!
ほら! あの出来上がってるのとかでいいの!!」
「あちらですと、輸入品の……少し大きめのサイズになりますが?」
「失礼ですがお客様は細身なので、輸入品は大きすぎるかと……」
「いや! でも!」
「……亜嵐。往生際が悪いぞ」
「知らない人でなければいいんだな?」
「メジャーを貸せ。俺が直々に測ってやる――」
(ひえぇぇぇぇ~~!)
白銀がメジャーを受け取り、どんどん亜嵐に近づいてくる。
(いやいや! それもダメだろ!?)
(考えてもみろ! 白銀の腕が後ろから? 前から?
オレの身体に回されるってことだろ!?)
(無理ムリむり!! 絶対に無理!!)
「あ! あの!」
「か、閣下と全く同じサイズでいいです!!」
「……俺と全く同じ……」
「いや! むしろ、一緒のサイズの寝間着が着たいです!!」
亜嵐は無我夢中で叫ぶ。
自分が何と言葉を発したのか、それさえも分からないまま――。
「………………」
白銀の動きが止まる。
そして――
「以前、採寸した俺の寸法は分かるか?」
「はい。お調べすればすぐにでも」
「そうか。
では、コイツにも俺と同じ寸法の寝間着を頼む」
「はい。畏まりました」
「生地はいかがいたしますか?」
「そうだな……。このシルクの生地で頼む。
色は濃紺と……、一番上質な白にしてくれ」
(白銀が店員さんと何か話してる――)
(ひとまず、採寸はしなくて良さそうだな……)
亜嵐は胸をなでおろす。
(はぁ~……、百貨店って疲れるんだな……)
(早く白銀戻ってこないかな〜)
少し前まで白銀のことを「怖い」と思っていたのに、今では「戻って来て欲しい」と思ってしまった。
亜嵐はこの矛盾に気づかないまま、白銀の後ろ姿を見つめる。
(白銀が戻って来たら、一緒に食材を見るんだ!)
白銀の買い物が終わるまで、亜嵐は手をそっと握りしめ、手持ち無沙汰で待つのであった。
第20話をお読みいただきありがとうございました!
ついに始まった百貨店でのお買い物デート!
大将がさらっと“胡蝶蘭”の描かれたお弁当箱を選ぶあたり、「おい!大将!」とツッコミたくなりますね笑
そして相変わらず「餌付け(物理)」を本気で恐れている蘭ちゃんでした笑
後半の寝間着コーナーでは、まさかの採寸ピンチ……!
男装がバレるのを防ぐために蘭ちゃんが放った決死の叫び、
「むしろ、一緒のサイズの寝間着が着たいです!!」
は大将にとって、破壊力が強すぎましたね。危機回避のための苦し紛れの言い訳が、大将の脳内では「お揃いのパジャマがいい」という超絶甘いおねだりに超訳されてしまうこのじれ焦れ感……!
次回、第21話「初めての味、初めての名前」もお楽しみに!
ついにデパートを脱出し、お忍びの路地裏デートへ……!?
そこで蘭ちゃんから放たれる、大将の理性を完全に消し飛ばす「ある爆弾ワード」をお見逃しなく!
「大将の貢ぎ癖がご褒美すぎる!」「お揃いのシルクの寝間着姿が早く見たい!」と思ってくださったら、ぜひ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援ポチッとしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります!




