第十九話 百貨店と嫉妬の味
百貨店に着く頃には、亜嵐の顔が真っ赤に染まっていた。
(クソっ、誰もいないからって好き勝手しやがって――)
馬車が揺れる度に近くなる二人。
白銀の息が耳にかかる。
(平常心。平常心)
(オレは今、高貴な御人の護衛任務中だ――)
(なにがあってもオレは――)
「……らん」
吐息混じりの甘い声。
「ひゃぁぁ……」
(ヤバい、変な声出た……)
「……そんなかわいらしい声も出せるのか?」
「っ! い、今のは何かの間違いです!」
「……そうか?」
「お前、耳が弱いのか――?」
「は、はぁ!? 何言って――」
白銀の指先が、亜嵐の耳に触れる。
「っ! 触るな!」
そして、真っ赤に火照った亜嵐の耳朶を甘噛みする。
「――――――――っ!!」
亜嵐は、声にならない叫びを上げた。
その時、昨日皇に言われたことを思い出す。
『龍は狙った獲物は逃さない――』
『亜嵐少尉も、食べられないように気をつけてね――』
「…………お前、今――!」
「オレの味見をしたのか――?」
「……………………は?」
「お前っ、いつかオレを食べようと思ってるんだな!!」
(食べるために結納金“十五万円”払ったと言われれば、納得出来てきた……!)
(それに、毎日餌付けしてくるのも太らせて食べる気なのでは……!?)
「…………………………」
亜嵐の言葉に、さすがの白銀も絶句する。
「…………食べる、か。
そうだな――、いつかは食べてみたいな――」
白銀は口元を僅かに上げ、震える声で亜嵐の耳元に再度囁く。
そして――
「うわぁ! また味見した!!」
再び、亜嵐の耳朶の味見をする白銀。
亜嵐は振り上げた拳を白銀の顔の前で寸止する。
(オレは、一度ならず二度とまでも……!
コイツに味見された!!)
(まだ、食べられたくない!!)
「……どうした? 殴らないのか?」
「――今、オレは要人警護をしてるんだ。
警護している要人をオレが殴ったら元も子もない……!」
「ほお。では、要人である俺は、お前に何をしてもいいわけだな?」
「な、ん、で、そうなる!」
「オレが殴りたい気持ちをどれだけ抑えているのかが分からないのか!?」
「俺は、お前になら殴られてもいいと思っている――」
「…………ですから! そういうふざけたこと言うのは、止めていただけますか!? 白銀閣下」
「……俺はふざけているつもりはないのだが……」
白銀は少し考える素振りを見せる。
「では、これならどうだ?」
腰に回していた手を、肩に回す。
「なっ! なんのつもりだ――っ、ですか!」
「……今朝、絡まれていただろう……」
「はぁ……?」
「絡まれて……、肩に手を回されていた――」
「ん? ああ、そんなこともあったな」
亜嵐は今朝、同僚から肩に腕を回されてからかわれたことを思い出す。
「……もしかして、見てたのか?」
「………………」
「別に、あいつらに絡まれるのなんていつものこと――」
「あんな低俗な輩には触れさせて、俺は触ってはいけないのか――?」
「はあ? 何言ってんだ?」
「………………まあいい。
これからは、毎日味見をしてやろう――」
「…………っば! 馬鹿じゃないのかぁぁぁぁ!?」
✕✕✕
――ガタ。
馬車が音を立てて停まる。
停まった拍子に前のめりになった亜嵐は、白銀に抱き留められる。
(……護衛対象に護られてしまった――)
(護衛の意味がないし、そもそも白銀って護衛必要ないだろ……)
心の中で悪態をつく亜嵐に、白銀は囁く。
「どうやら目的地に着いたようだな――」
その時、御者が扉を開ける。
――ガラガラ……。
「龍也様、龍ヶ崎少尉。
目的地に着きました」
「ああ」
御者は抱きとめられている亜嵐をチラッと見る。
(白銀家お抱えの御者だとしても、こんなところ見られたら色々と誤解されるのでは!?)
亜嵐は乱暴に白銀の手を振りほどく。
「し、失礼いたしました!!」
一目散にドアから外に出て、亜嵐は周りを警戒する。
赤く火照った顔に冷たい夜風が心地よかった。
(護衛としての役割を果たさねば、また味見される!!!)
「白銀閣下、特に異常はありませんのでどうぞお降りください――」
亜嵐は直立不動で敬礼をし、白銀を迎える。
白銀は優雅に馬車から降りる。
「龍也様。わたくしは裏通りに馬車を停めてお待ちしております」
「ああ、よろしく頼む」
「はい」
御者は恭しく頭を下げ、御者台に乗り込んだ。
――パカラッ、パカラッ。
蹄の心地よい音が遠ざかる。
「……亜嵐少尉、そんなに離れていては俺の護衛など勤まらんだろう。
もっと近くに来い」
白銀は亜嵐の腕をグイっと引っ張る。
「わっ、わっ……」
態勢を崩し、白銀に引っ張られるように百貨店の回転扉を潜る。
「いらっしゃいませ――。白銀様」
そこには、綺羅びやかな世界が広がっていた。
最先端のモダンな服装を身につけるデパートガールにデパートボーイがずらっと並び、白銀と亜嵐を迎え入れる。
キラキラ光る宝石類に化粧品。
琥珀がつけていたような南蛮由来の香水の匂い。
亜嵐にとっては初めての空間だった。
「……百貨店は初めてか?」
「……あ、あぁ――」
デパートガールが白銀に近づく。
「白銀様。本日は何をお探しでしょうか?
よろしければ、わたくしがご案内いたします」
華やかな洋装を身にまとい、短い髪の美しい女性。
白銀は女性を一瞥する。
「必要ない。
今日は個人的な用事で来ただけだ」
「それに、護衛がついているから問題ない」
女性は亜嵐に笑顔で会釈する。
「……承知いたしました。
また何かご用命の際は何なりとお申し付けください――」
「ああ」
白銀は亜嵐の手を引く。
「……し、失礼いたします」
亜嵐は白銀に手を引かれるまま、女性に敬礼してその場を離れて行った。
✕✕✕
「おい、白銀……!
あんな案内嬢に案内して貰わなくてもいいのか!?」
亜嵐は小声で耳打ちする。
「美人……?
さっきの店員がか?」
「他に誰がいるんだよ!!」
「琥珀お義姉様ほどじゃなかったが、いいモダンガールだった!」
「お前は本来、ああいう美人と一緒にいるべきだとオレは思うぞ!」
自信満々の亜嵐の腕を、白銀が強く握りしめる。
「……痛っ」
亜嵐は痛みに顔が歪む。
そして、人気のない奥まった場所に連れ込まれ、そこに設置してあった公衆電話ボックスに押し込まれた。
「いきなり何すんだよ! 白銀」
一人用の電話ボックスにギチギチに押し込まれる二人。
百貨店の喧騒が嘘のように消え、薄暗い空間に二人っきりになる。
心臓の音が、バクバクとうるさいくらいに響く。
「……蘭。俺をあまり怒らせるな――」
瑠璃色の瞳が、怒りの色に染まる。
そのまま低い声で亜嵐の耳元で囁く。
「何を……」
(オレ、何か悪い事……、白銀の気に障るようなことを言ってしまったのか!?)
「俺の“婚約者”はお前だけだ――」
「他の女の話など、二度とするなっ」
「………………。
はい。分かりました――」
白銀は亜嵐の返事に満足すると、亜嵐の顎を指先でクイと持ち上げる。そして、スッと離れ際に僅かに口元を上げるのであった。
第19話をお読みいただきありがとうございました!
ついに……ついに大将の「味見(耳朶甘噛み)」が炸裂してしまいました! しかも一度ならず二度までも笑
息がかかる距離での甘い囁きに、白銀大将、男装の部下相手に容赦なさすぎませんか……!?笑
なのに、当の蘭ちゃんは皇閣下の言葉を真に受けて「太らせて食べる気か!?」「十五万円の元を取る気か!?」と、まさかの物理的な意味で生命の危機を感じているのが蘭ちゃんらしいですね笑
大将の絶句した顔が目に浮かびます……!
そして後半、他の女性(案内嬢)を勧めた蘭ちゃんへの、大将のガチ嫉妬……!
人気のない公衆電話ボックスにギチギチに押し込んでの「俺の“婚約者”はお前だけだ――」は、大将の独占欲の重さがじわじわとあふれ出てきましたね。
次回、第20話「白銀閣下のお買い物」もお楽しみに!
ついに電話ボックスから脱出し、百貨店での本当のお買い物が始まります! 大将は一体、蘭ちゃんに何を買い与えるつもりなのか!?
「大将の味見(物理)に悲鳴が出た!」「電話ボックスが狭すぎてご褒美すぎる」と思ってくださったら、ぜひ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援ポチッとしていただけると、執筆の大きなエネルギーになります!




