第十七話 カレーライスの後は……?
――カラン、カラン、カラン。
「いらっしゃいませ〜」
扉を開けると、軽薄そうな男の声が降り注ぐ。
「お、ちゃんと連れてきたんだね」
「ああ」
白銀は横目で亜嵐に視線を送る。
その声に、刻藤は墨色の瞳を細めてテーブルに案内する。
「訓練してきたの?」
席に着くやいなや、刻藤は亜嵐に微笑みかける。
「え? ああ、そうです……」
「ご苦労さまだね〜」
そして敬礼を送る。
「あ、はい。
ありがとうございます」
つられて亜嵐も敬礼を返す。
「ふふふ。敬礼なんて久しぶりにしちゃったよ〜」
亜嵐が愛想笑いを浮かべると、白銀がすかさず声をかける。
「龍一郎。遊んでないで早く水を持ってこい。
今日はカレーライスを食べる――」
「はいはい。ご注文ありがとうございます」
「それと、いつもの珈琲と……フルーツポンチを頼む」
「お! 龍也にしては分かってるじゃないか!
今作るからちょっと待っててね〜」
そう言うと、刻藤はカウンターの奥に戻って行った。
「……オレ、着替えた方がよかったかな?」
「なぜだ?」
「だって、軍服だってボロボロだし、汗臭いし……」
「そんな事ない――。
お国の為に汗を流して働いている者の証拠だ。
……誇っていいものだ」
「……………………。
白銀閣下もそんなお優しいこと言うんですね」
亜嵐は白銀から視線を外す。
「俺は、お前にしか――」
「はーい。取り敢えずお冷や持ってきたよ。
亜嵐くんの分には氷たくさん入れておいたから、たくさん飲んでね」
「あ、はい! ありがとうございます」
刻藤はガラスの水差しと、氷がたくさん入ったグラスをテーブルに置く。
「はい、これサービス」
そして、キンキンに冷えた水で絞った高級タオルを差し出し、再びカウンターに戻る。
「うわぁ〜! これは助かる!」
亜嵐はタオルを受け取るとゴシゴシと顔や首筋の汗を拭き始めた。
「はぁ~〜〜、生き返ったぁぁぁぁ…………あ!」
(しまった! オレとしたことが、白銀の……、大将閣下の前ではしたないマネを……!)
「あ、その……、すみません。はしたないところをお見せしました……」
亜嵐は恥ずかしそうにタオルをたたみ始める。
「……いや。面白いものが見れた――」
白銀は優雅にタオルで顔を押さえる。
(チッ、侯爵様は所作もお綺麗なもんだな……)
亜嵐は水差しからグラスに水を注ぐ。
(今度こそ、ちゃんとしないと……)
「はい、白銀閣下」
「ああ、すまない」
「いえ……」
「亜嵐、この店では俺の前だからと言って大人しくしなくていいんだぞ」
「…………それは、命令ですか?」
「いや、願望だ――」
「……ッ!」
(意味が分からん!)
亜嵐は自分のグラスに並々と水を注ぎ、一気に飲み干す。
「――――――――っはぁ!」
「……これでいいのか!?」
「ああ、それでいい――」
(クソっ、何がしたいんだよ……こいつ……)
「はいはーい、お待たせしました!
ノワール特製のカレーライスだよ」
「………………もしかして、お邪魔だったかな?」
二人のただならぬ雰囲気を感じ、刻藤が茶化す。
「お邪魔じゃない!」
亜嵐は思わず叫んでしまった。
「……あははは。
やっぱり面白いね、亜嵐くんは――」
刻藤は亜嵐の開けた首元に目をやる。
「……ボタン、弾けちゃったんだね。
そんなに大将閣下は熱心に“指南”してたんだ?」
「こ、これはっ!
その……、訓練で……」
「亜嵐くん、自覚ないみたいだけど気をつけてね。
……見てる人は見てるよ」
「……は?」
「それにこんなに可愛いんだ。龍也も気が気じゃないね」
白銀は刻藤を睨みつける。
「おお、怖い怖い」
「じゃあごゆっくり〜。
食べ終わった頃に珈琲とフルーツポンチ、持ってくるね」
刻藤はヒラヒラと手を振り、テーブルから離れる。
「……………………」
「どうした……?」
亜嵐はカレーライスを見つめ、固まっていた。
「これが……、“かれーらいす”――」
「なんだ、カレーライスも初めてだったのか」
「悪いかよ! 龍ヶ崎家は借金だらけだったから、こんな贅沢出来なかったんだ!」
「……そうか。
では、遠慮なく食べろ――」
「お、おう……」
亜嵐はスプーンでカレーライスを掬う。
「い、いただきます!」
あむっと、カレーライスを口の中に入れた瞬間、スパイシーな香りが鼻腔を抜ける。
「んんん! 美味い!
ちょっと辛いけど、それがクセになる!」
亜嵐は先程とは打って変わって、菫色の瞳をキラキラさせてカレーを頬張っていく。
「美味い! 辛い!」
亜嵐の幸せそうな顔を見て、白銀は優しく微笑む。
「亜嵐。――退庁後に買い物行くという話だが……」
(げっ。こういやそんなことも言ってたなコイツ……)
「食材だけではなく、お前の生活用品も見に行こうと思う」
「――ぶふっ!」
(かれーらいす、吹き出しそうになったぞ……!)
慌てて水を飲み干し、亜嵐は口を開く。
「いやいや、だからそれは断っただろ!?」
(あれ? ちゃんと断ったっけ……?)
「……市街地にある百貨店に、なかなか良いものがあるらしい」
「そこに行くぞ」
白銀もカレーライスを口に運ぶ。
(コイツ、人の話を聞いていないにも程がある!)
「亜嵐。――返事は?」
「え? あ、はい。
分かりました――」
(……反射的に返事をしてしまった!!)
(なんか、否定するのも面倒になってきたな……)
亜嵐はカレーライスを見つめる。
(まぁいいや。今オレはこの“かれーらいす”に集中することにした!)
(これを食べ終わったら、“ふるーつぽんち”が待っている!)
(退庁後のことなど、今は知ったことか!)
亜嵐は一心不乱にカレーを食べすすめる。
その姿に、白銀は再び笑みをこぼすのだった。
第17話をお読みいただきありがとうございました!
美味しいカレーライスに夢中になるあまり、大将の「百貨店デート」の誘いに反射的に「はい」と頷いてしまった蘭ちゃん。お腹が満たされてご満悦ですが……胃袋を掴まれた代償は思った以上に大きかったようです笑
次回、第18話「護衛対象は白銀閣下」
ついにあの大変有能(そして激務で不憫)な龍生副官が、大将の職務放棄デートにブチギレて執務室で大暴れします!
さらに、蘭ちゃんをニヤニヤからかう同僚たちを、龍生副官が「天使の笑顔」で文字通りボコボコに論破するシーンは必見です笑
そんな有能副官の手引き(?)により、夕方に蘭ちゃんが命じられたのは「とある高貴な御人の馬車護衛」。
中で待っていたのは、私服姿が格好良すぎる例の拉致犯(大将)で――!?
向かい合わせではなく、まさかの「お隣密着シート」で腰に手を回される、超至近距離の馬車デートが始まります!
「龍生副官がんばれ!」「私服の大将と馬車密着はヤバい!」と思ってくださったら、ぜひ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、執筆の大きな励みになります!




