第十六話 カレーライスの約束
「次の相手は誰だーーー!!」
訓練場は、いつもより熱い熱気に包まれていた。
「龍ヶ崎少尉! お願いします!」
亜嵐は、自分よりも大柄な兵士や下士官たちを、鮮やかに投げ飛ばしていく。
「次ーー!!」
「……今日の小隊長殿、いつもより怖くないか?」
「たぶん、例の噂のせいだろ……」
「ああ、あの十五万円の……」
「双子の妹君が大将閣下の婚約者になったんだろ?」
「それは身も引き締まる思いか――」
「おい、そこ! 何を話している!!
とっととこっちに来い!」
「は、はい! よろしくお願いします! 小隊長殿!!」
✕✕✕
亜嵐の熱血指導により、兵士たちはボロボロになっていた。
「どうした! もうおしまいか!?」
「龍ヶ崎少尉……。すみません、もう少し……もう少しだけ、休ませて……ください……」
息も絶え絶えに、男たちは床に倒れ込む。
「………………分かった。少し休憩にする――」
(はぁ〜、やり過ぎてしまった……)
(いくらムシャクシャしてたとは言え、部下に当たるのはお門違いだ……)
(しっかりしないと! オレ!)
亜嵐は手ぬぐいで汗を拭う。
呼吸を整えて、竹刀を持ち、構える。
「なかなかの指導ぶりだな――。
亜嵐少尉」
振り返ると、訓練場の入り口に佇む人影。
「………………白銀、大将閣下…………」
(なんでお前がここにいるんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!)
「……どうなさったんですか? 大将閣下」
亜嵐は冷や汗をかきながら平常心を装う。
「いや、なに。
たまたま通りかかったら訓練場から凄まじい声が聞こえてな――」
「気になって寄ってみたのだ」
「それはそれは、随分と熱心なんですね」
(嘘つけぇぇぇぇ!! この訓練場は陸軍本部から離れてるだろ!!)
(“たまたま”通りがかるなんて、あり得ない!)
「――物足りない顔をしているな」
「うっ……」
「私が稽古をつけてやろうか――?」
(以前のオレなら二つ返事で受けていたが……)
「白銀閣下もお忙しいでしょう。
そんな貴重な時間をオレに割いてくださるなんて、とんでもないです……」
「……仕事なら“優秀な副官”に任せてきた。
だから時間は気にするな」
(龍生副官んんんんん――!!)
(今頃、龍生副官が白銀に悪態をついてる姿が目に浮かぶ――)
「それに、お前の部下たちも、もうしばらくは立ち上がれまい……」
亜嵐は部下たちを見やる。
肩で息をする者や、床から起き上がれない者――。
「……はぁ〜。
よろしくお願いします。白銀閣下――」
白銀の口元がニヤリと上がる。
白銀が竹刀を手に取り、亜嵐と対峙する。
どちらともなく踏み込み、竹刀をぶつけ合う。
(ちょうどコイツのせいでムシャクシャしてたんだ! 遠慮なくぶつけさせてもらう!!)
亜嵐の力任せではあるものの、素早い打撃に白銀は目を細める。
竹刀がぶつかり合い、そして弾ける。
「……龍ヶ崎少尉。いつも思うが大将閣下相手によく怯まず立ち向かえるな……」
「ああ、俺なら大将閣下が目の前にいるだけで、足が動かなくなる――」
「それにしてもあの打ち合い、本当に見事だ――」
「ああ、閣下の方が筋力もあるはずなのに、小隊長殿も一歩も負けていない――」
「それにしても小隊長殿の今日の気迫はいつも以上だな……」
部下たちが見守る中、亜嵐と白銀の打ち合いが続いていった。
✕✕✕
――プププープー、プププープー。
正午を告げる食事喇叭の音。
その音に気を取られた亜嵐の竹刀を白銀が巻き上げる。
「……あっ……!」
「……隙あり、だ――」
白銀は表情一つ変えずに、瑠璃色の瞳で亜嵐を見つめる。
一方の亜嵐は、胸を上下に動かし肩で息をしており、汗で乱れた前髪から菫色の瞳を覗かせる。
「…………ありがとう、ございました」
亜嵐は白銀に向かい、一礼をする。
首までフックがしっかり留められていた軍服は、激しい剣術指南で外れ、ボタンがいくつか弾け飛んでいた。
軍服の隙間から覗く、亜嵐の白い肌。
汗で張り付く藤色の髪。
白銀は静かに息を呑んだ。
「……亜嵐少尉、剣術指南はこれで終いだ」
「……はい」
「部下たちを解放してやれ――」
「はっ。
お前たち、食事にしてくれ――」
亜嵐の号令で、部下たちは訓練場を後にする。
「……今の剣術指南も凄かったな――」
「ああ、二人の剣術が全く見えなかった……」
「だが、やはり大将閣下はお強い。
さすがは俺達の頂点に立つお方だな――」
「大将閣下が強いのは当たり前だ!
それより、俺はやはり小隊長殿がその閣下と渡り合っている事実に感服するな――」
部下たちが訓練場を去ると、白銀と亜嵐の二人きりになった。
「………………やはり、なかなかの太刀筋だ――」
白銀が亜嵐を見つめる。
「それはそれは、お褒めに預かり恐悦至極にございます!!」
亜嵐は乱暴に言い放つ。
「…………なんで来た?」
亜嵐は白銀を睨みつける。
「オレの指導がイマイチだって言いたいのか!?」
「……亜嵐少尉の指導は評判がいい。
他の隊にも見習わせたい程だ――」
「フン。どうだか――」
「お前の実力は認めている。
前にも伝えただろう」
「はいはい、ありがとうございます。白銀閣下」
亜嵐は手ぬぐいで汗を拭く。
(オレはこんなに汗だくなのに、アイツは涼しい顔して汗一つ流さない……!
そんなんで“認めてる”とか言われてもこれっぽっちも嬉しくない!)
「……それに、今朝も伝えただろう――。
俺は、お前と“少しでも長く一緒にいたい”、と――」
「…………は?」
(あれ、冗談じゃなかったのか――?)
(でも確かに、コイツはそんな冗談が言えるようなヤツには見えない……)
亜嵐の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
(ほ、本気で……!?
コイツは、本気でそんな冗談みたいなことを言ってるのか!?)
(もしかして、今朝一緒に登庁しなかったから、オレに会いに来た……のか!?)
「はぁ〜………………」
亜嵐は頭を抱えた。
(なんなんだよ、コイツ……)
「……亜嵐少尉、約束だ――。
カレーライスを食べに行くぞ」
白銀の優しい声に、亜嵐は逆らうことが出来なかった。
本日もご覧いただきありがとうございます!
蘭ちゃん(亜嵐)、ムシャクシャして部下たちを八つ当たり気味にしごき倒していたら……まさかの元凶(大将)が職務放棄して登場しました笑
激しい手合わせの最中、軍服のボタンが弾け飛んで白い肌がチラリと見えた瞬間、大将が静かに息を呑んでいましたが……。大将、完全に目が据わってましたよね!?(確信)
今頃、残された執務室で書類の山と戦いながら大将に悪態をついているであろう苦労人・龍生副官には、後で蘭ちゃんから甘味でも差し入れしてあげてほしいものです。
次回、第17話「カレーライスの後は……?」
職務放棄大将に連れられて、二人はお馴染みのあのお店へ。
軍服のボタンが弾け飛んだままの蘭ちゃんを見て、あの軽薄なマスター(龍一郎)のニヤニヤ顔とからかいが炸裂します!
そして大将からは「命令ではなく、願望だ」という、さらに重すぎるストレートな名言が飛び出し、蘭ちゃんは美味すぎるカレーとフルーツポンチの誘惑に、色んな意味で流されていくことに……!?
「大将、職務放棄ナイス!」「はだけた蘭ちゃんごちそうさまです!」と思ってくださったら、ぜひ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、執筆の爆速エネルギーになります!




