第十五話 十五万円の余波
「蘭。明日は弁当を作るな――」
「は?」
「……カフェ・ノワールにカレーライスを食べに行く――」
「……はぁぁ!? 龍一郎さんのお店って、さっき行って来たばかりだろ!?
それを……、明日も行くのか!? しかも昼に!?」
(確かに刻藤さんも白銀と一緒に……って誘ってくれたけど……、そう何回も外食だなんて気が引ける――)
(それに“昼”だと大部屋のヤツらに何を言われるか分からん!)
「……なんだ? カレーライス、食べたくないのか?
ついでにフルーツポンチかプリンも食べさせてやるぞ?」
「“ふ、ふるーつぽんち”に“ぷりん”……だって……!?」
(くそっ! 甘い食べ物を出せばオレがノコノコついてくると思ってるんだなっ!)
(なんて卑怯なヤツだ――!)
「…………………………」
蘭は眉間にシワを寄せながら苦渋の選択をする。
「喜んでご一緒します! 白銀閣下!!」
✕✕✕
――トントントン。
明朝、台所から規則正しい音が聞こえてくる。
(弁当は作らなくていいって言われたけど、朝食くらいは作らないと!)
(このままでは、オレは白銀に完全に餌付けされてしまう!)
(せめて、朝食だけでも作らないと“十五万”分の働きなんて到底出来ないぞ――)
「……昨日、漬物くらいは漬けておけばよかったな――」
「今日の帰りにでも食材を買って帰らないと……」
蘭は亜嵐の格好でテキパキと朝食を仕上げていく。
「朝食に、玉子焼きを作ってくれ――」
突然、声をかけられた蘭の身体はビクッと跳ねる。
「し、白銀……」
「おはよう、蘭――」
「お、おはようございます」
(なんだ? 今日は機嫌が良さそうだぞ……?)
「さっき買い物に行くと言っていたが、必要な物があれば紙に書いて置いておけば使用人が買いに――」
「いや、帰りに一緒に買いに行こう」
「はぁぁぁぁあ!?
帰りに! 一緒に!?」
「馬鹿じゃないのか!?
大将閣下と少尉のオレが一緒に買い物っておかしいだろ!!」
「何もおかしくはない。
亜嵐は俺の書生であり、蘭は俺の婚約者だ。
どちらのお前と一緒に帝都を歩こうが、買い物をしようがなんら問題ない――」
「そ、そういうことじゃなくて――」
「……どちらでもいいが、朝食には玉子焼きを作ってくれ。
オレは征十郎に電話をしてくる――」
そう言うと、白銀は屋敷の奥へ戻って行った。
「ちょっ……!
オレは、どうすればいいんだぁぁぁぁあ!?」
✕✕✕
「玉子焼き、昨日よりうまく出来たぞ――」
蘭は白銀に見向きもせずに朝食を食べ進める。
「そうだな、色が綺麗だ」
白銀は玉子焼きを箸で取り、じっくりと眺める。
「……玉子焼き鑑賞会してないで、ちゃんと食べろ」
蘭は横目で白銀を見る。
「あまりにも美味そうだったから、つい眺めたくなった」
「……そうかよ!」
蘭は朝食を掻き込む。
「ご馳走様でした!
オレは歩いて登庁するから、白銀はゆっくり食べててくれ」
「……蘭。ならん」
「いや! いつも大将閣下の車で登庁するわけにもいかない!」
(昨日の今日で、また一緒に登庁したら噂を否定出来なくなる!)
「蘭!
俺がお前と少しでも長く一緒にいたいのだ……」
「はぁ!? 何寝ぼけたこと言ってんだ!?
オレは今日は歩きたい気分なの! じゃあな!」
そう言い放つと、蘭は颯爽と立ち去ってしまった。
「……………………」
残された白銀は、玉子焼きを噛み締める――。
「……昨日より、甘いな――」
✕✕✕
亜嵐は陸軍庁舎を肩で風を切りながら歩く。
(今日は白銀との登庁を回避してやったぞ!)
(これで噂のほとぼりの冷めるだろう――!)
「聞いたか? 白銀大将閣下の結納金の話!」
「ああ! 聞いたぞ!
“十五万”だろ!? 普通じゃないよな……」
「普通、結納金は多くても五百円くらいだろ?」
「あぁ、華族でも千円から五千円だ」
「それが十五万って……、雲の上の話だよな……」
「やっぱり双子を手に入れたから、それなりの金額になったのか?」
「いやいや、双子だからって十五万は異常だろ!」
「だよな……。
龍ヶ崎家に何か弱みを握られたか……」
「うーむ。亜嵐少尉に聞いてみるか……?」
(………………帰りたい)
同僚の噂話に、心が折れそうな亜嵐少尉であった。
亜嵐は隠れるように大部屋に行くと、今日の予定を確認する。
(今日は訓練だ! 身体を動かして、イヤな事は忘れよう)
亜嵐が踵を返し、大部屋から訓練場に向かう。
その途中で、同僚に出会う亜嵐。
同僚たちはニヤニヤしながら亜嵐に近づいてきた。
「おい、龍ヶ崎少尉! 聞いたぞ!
お前の妹、大将閣下に“十五万”で買われたそうだな」
「……みたいだな」
不機嫌になる亜嵐の肩に腕を回す同僚。
「よかったじゃないか! これで龍ヶ崎家も安泰だな!」
「……だといいんだがな」
「なんだ龍ヶ崎少尉? 嬉しくないのか!?
“十五万”だぞ! “十五万”!」
「……桁が凄すぎて、実感が持てん。
と言うか離せ! オレは訓練場に行くんだ!」
亜嵐少尉は同僚の腕を振りほどき、何事もなかったかのように歩き出す。
だが、その菫色の瞳はあからさまに不愉快な色になっていた。
「……龍ヶ崎少尉、顔は可愛い顔してるんだからもうちょっと愛想よくすればいいのにな?」
「いやいや、龍ヶ崎少尉が愛想よくなったら、それはそれで厄介だろ」
「なんで?」
「あの顔で微笑まれたらどうする!?
俺は龍ヶ崎少尉を好きになってしまうかもしれん!」
「わははは、何を馬鹿なことを――」
「お前今想像しただろ!」
「もし双子の妹が少尉と同じ顔なら、閣下が入れ込むのも分からんではないな……」
「――それにしても、“十五万”は異常だがね」
「わはははは! 違いない!」
同僚たちも笑いながらそれぞれの持ち場に戻る。
だがその光景を、冷めた眼差しで遠くから見ていた人物がいることなど、誰も知る由はなかった。
第15話をお読みいただき、ありがとうございました!
前半の甘々朝食から一転、庁舎では「15万円」の噂が爆速で広まっていて蘭ちゃん(亜嵐)の胃が痛いことに……。当時の一般的な結納金が500円程度と考えると、15万円は本当に国家予算レベルの異常事態です。そりゃ同僚たちもザワつきますよね笑
そしてラスト、不穏な冷めた眼差しで見つめる人物が一人……。
一体この人物の正体は誰なのか? 蘭ちゃん(亜嵐)の敵か、それとも――!?
噂の余波はまだまだ終わりそうにありません。
ぜひ次回の更新も楽しみにお待ちください!
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