第十四話 白銀家、大混乱!?
時は、白銀が龍ヶ崎子爵家に結納金を納める少し前まで遡る――。
「……龍也様の個人預金から十五万が消えた――」
麻布にある白銀侯爵家本邸の筆頭家令・龍生 征十郎は目を疑った。
(あの……物欲や、金銭欲、金品に一切興味がない龍也様の預金から、突然十五万もの大金が消えた――)
「……こ、これはっ! ただごとではない!」
(あの龍也様が軍で何かをしでかしたのか……!?)
(――いや、琥珀様じゃあるまいし、龍也様がしでかすなど……)
(なら、何だというのだ!?)
「と、とにかく旦那様と奥様にご報告を――!」
✕✕✕
龍也に白銀侯爵家の家督を譲り、麻布の本邸で優雅に隠居生活を送っていた白銀 龍之介とその妻・瑠璃は征十郎の言葉に耳を疑った。
「い、今、何と言った征十郎……?」
「はい。……わたくし自身もにわかに信じられないのですが……」
「白銀家当主の龍也様の個人預金から“十五万円”もの大金が一瞬にして消えている――と申しました……」
「りゅ、龍也が何らかの事件に巻き込まれて――!
それで、十五万もの大金が必要になった……のかしら?」
瑠璃は不安げに龍之介を見つめる。
「琥珀じゃあるまいし、龍也に限ってその様なことはないと思いたいが――」
「では、龍也は誰かに騙されて……。
はっ! もしかしたら、どこぞの悪い女に引っかかってしまったのかしら!」
「おいおい、龍也に限って……」
「龍之介様はそればっかり!
龍也も年頃の男子です。悪い女の一人や二人に騙されていてもおかしくないわ!!」
「ああ……! 琥珀が清野様と婚姻を結んで安心しきっていたわ!
龍也にも、それなりのご令嬢と婚姻させるべきだったのよ!」
「その件なのですが、龍也様のお屋敷で給仕をしている使用人が妙なことを申しておりまして――」
「なんでも、今朝方ご自宅に伺うと、“二人分”の食器が流しに片付けてあり……。
釜にはほかほかの白米が、鍋には味噌汁が作られ、ほのかに焼き魚の匂いがした……と申しており……」
「なんですって! 女よ! その女が龍也をたぶらかして十五万もの大金をおろさせたのよ!」
「それが――、確かに龍也様の他に屋敷で寝泊りした者がいた形跡はあるものの、荷物は少なく、陸軍の軍服が並べられていた……と申しており――」
「お、女ではなく男!? 男に騙されたの!?」
「あぁ、わたくしが琥珀にばかりかまけて優秀な龍也を一人にしてしまったばかりに……」
「女ではなく、男に興味を持ってしまったのね!!」
瑠璃はクラクラと龍之介に倒れ込む。
「お、奥様!!」
「い、医者を……! 至急、医者をお呼びいたします!」
「医者も大事だが、お前の倅、稜との連絡はついたのか!?」
「そ、それが……、稜に連絡を取っているのですが一向に繋がらず……」
「ええい、まさか稜までその男に骨抜きにされたのか!?」
「大至急だ! 至急、稜に連絡を取り、洗いざらい吐かせろ!!」
「しょ、承知いたしました!!」
✕✕✕
稜との連絡が一切取れない征十郎は悩み果てた。
(どういうことだ! なぜ陸軍へ何度も連絡しても出ないのか!!)
(もしかして、稜も何らかの事件に巻き込まれているのではないか!?)
「くっ……、背に腹は代えられん――」
「――琥珀様に連絡を取るしかない――!」
✕✕✕
「もしもし! 交換か!
急ぎ清野様のお屋敷に繋いでいただきたい!
大至急だ!!」
――チリリリリリリン!
清野侯爵邸の黒電話が鳴り響く。
「はい、こちら清野侯爵邸にございます」
「白銀侯爵邸の龍生 征十郎だ!
琥珀お嬢様はご在宅か? 急ぎの用事だ、至急繋いでくれ!」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ――」
電話に出た女中に、征十郎はピリつく。
しばらくすると、電話口から鈴が転がるような声が聞こえる。
「やぁ、征十郎。
ボクに電話をかけてくるとは、よっぽどの用件と見える。
――何か面白いことでもあったのかい?」
(こんな大変な時に、面白いことのワケがない!)
「琥珀様。急な話で申し訳ないのですが、本日、龍也様の個人預金から“十五万”もの大金が一瞬で消えました……!
何かご存知のことがあれば、ご教授いただきたいのですが――」
「なに? 龍也の個人預金から十五万だって……?」
(……さすがの琥珀様も、こんなことを急に言われてもにわかに信じてくださらんか――)
「はい。龍也様のお屋敷に出入りしている使用人の話では、今朝、“お二人”で食事をなさった形跡があり、奥様はその料理を作った女に騙されただの、実は女ではなく男なのではないかという疑惑もあり――!!」
「……………………。
稜とは連絡がつかないのかい?」
「ええ、何度電話をかけても繋がらず……!
もしかしたら、我が愚息もその男に骨抜きにされているのではないかと心配になり――!
こうして琥珀様を頼るしかなく――」
「………………ふ、ふふふふふ」
「……琥珀……様?」
「あはははははははは!!」
「なんだい、そのとびきり面白い話は!!
そういうことならツテがあるっ」
「今からノワールの店主・龍一郎に探らせよう。
真相が分かったら、ボクが本家に出向く」
「いえいえ! 琥珀様自らお越しいただくなんてもっての外!
この征十郎が清野家に参ります!」
「心配しなくても大丈夫だよ。
何かあればボクには愛しの旦那様――龍司がいる――」
「し、しかし――」
「ふふふふふ。
こんなにワクワクしたのは何年ぶりだろうか!」
「さっそく始めようじゃないか――。
また、本邸で会おう」
――ブチッ! ツー、ツー、ツー。
電話が切れる音。
(琥珀様……、本当に大丈夫だろうか――)
✕✕✕
一刻後――。
白銀侯爵邸に騒がしい馬車の音が響く。
「清野海軍大将夫人・清野 琥珀様が到着なされました!」
優雅に馬車から降りる琥珀を征十郎が迎え入れる。
「琥珀様……! 何か分かりましたか?」
琥珀は目を細め、ニヤリと口元を歪める。
「ああ! とびきりの情報を仕入れてきたよ。
お父様とお母様の所へ案内しておくれ――」
「かしこまりました……!」
征十郎は深々と頭を下げ、琥珀を本邸に迎え入れた。
琥珀が案内された場所は、母・瑠璃の寝室だった。
「お父様、お母様。ご機嫌麗しゅう御座います。
琥珀が帰って参りました――」
琥珀は水色のワンピースの裾を持ち、膝を曲げる。
「琥珀! 征十郎から聞きました。
何か分かりましたか?」
瑠璃はベッドから上半身を起こす。
「ええ、お母様。とびきりの情報を持ってまいりましたわ」
「琥珀よ、そう勿体ぶらずに教えてはくれんか?」
「お父様。
ええ、喜んで! この琥珀が、真実を暴いてまいりました!」
琥珀は胸に手をあて、堂々と言いきる。
「……なんと龍也は、昨日お見合いをしたそうですわ」
「お見合い……?」
「あ、相手は、女性なのですか? それともやはり男性――?」
「お母様。ご心配は入りませんわ。
龍也は女性の……、子爵家のご令嬢とお見合いをしたそうですわ」
「じょ、女性……。
よかった――」
瑠璃は枕に背中を預ける。
「子爵家か。
龍也の肩書ではもう少し上位のご令嬢でもよかったが、ひとまずは安心だな――」
「いえ、待って!
その子爵家のご令嬢が、龍也に十五万をせがんだのかもしれないわ!」
「ふふふ。
お父様もお母さんももう少し琥珀の話を聞いて下さいな」
「おお、すまない。続けてくれ――」
琥珀はまた一礼をし、話し始める。
「龍也はなんと、お見合い当日にそのご令嬢を自分のお屋敷に連れ込んで一夜を共にしたそうよ」
「なっ!!」
「龍也……! なんてはしたないの……」
瑠璃は、再び気を失いそうになるのを征十郎に支えられる。
「もしかしたら、今朝一緒に食事をとったという女性に口止め料として脅されて……」
「いや、待て。口止め料を払うほどひどいことをしたのなら、その女性は朝食など作るかね?」
「確かに……、ではなぜ?」
「それに、使用人の話では一夜を共にしたのは軍の将校の可能性が高い――!」
「龍也は男の方にひどいことをして――」
「ああ、龍之介様! それ以上はおやめください!
奥様が……!」
「琥珀様、真相はいかがなものなのでしょうか……?」
征十郎の声に、龍之介と瑠璃は息を呑む。
「ふふふ。
真相は至極簡単ですわ」
琥珀はゆっくりまばたきをする。
「龍也がお見合いをした子爵令嬢が、軍の将校だったのさ!」
「………………はぁ!?」
龍之介、瑠璃、征十郎の三人の開いた口が塞がらない。
「ふふふふふ、あははははははは!!
その顔が見たかった!!」
琥珀は両手でお腹を抱えて一人、爆笑している。
「ひー! 最高だー!!」
「こ、琥珀、お前! 清野くんに嫁いでからは改心して大人しくなったと思っていたら――!!」
龍之介の顔が怒りで真っ赤に染まっていく。
「あははははは!
そんなに怒らないでお父様! 今、ボクが話したことは全て事実さ!」
琥珀は瞳に浮かべた涙を拭いながら答える。
「な、なにを!」
「龍也が男装将校の子爵令嬢とお見合いして、その日の内に同居を始めて、十五万はその子爵家に渡した結納金さ!」
「子爵家も借金があったみたいだけど、この結納金があれば一生遊んで暮らせるね!」
「ちょ、ちょっとお待ちください琥珀様!
稜は、うちの倅はなぜ、電話に出なかったのですか!?」
「あはははは!
そんなの簡単な話さ! 龍也に結納金の十五万を子爵家に運ばされていたんだよ!
タイミングが悪かったね、征十郎」
「結納金を渡し終えた今なら電話が通じるんじゃないかな?」
「なっ……!」
(何かの事件に巻き込まれていなかったことは安心したが――)
「……征十郎!」
「は、はい! 旦那様!」
「今すぐ稜に電話で確認をして来い!
そして、お見合いだの婚約だの大事なことはきちんと本家に報告するようにキツく言っておきなさい!」
「は、はい!
今すぐ! 今すぐに愚息に電話をかけてまいります!!」
征十郎は急いで電話口に向かっていった。
白銀侯爵本邸には、琥珀の楽しそうな高笑いがいつまで響いていたという。
✕✕✕
カフェ・ノワールから白銀の屋敷に到着した二人を待ち受けていたのは、泣き叫びながら二人の帰りを待つ龍生副官であった。
「うわぁぁぁぁん!! やっと帰ってぎだぁぁぁぁぁ!!!」
「龍也のせいで父上に大目玉を食らっちゃったよぉぉぉぉ」
「龍也の馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」
「………………龍生副官、どうしたんだ?」
龍生の必死の形相に、蘭は思わず一歩後ずさる。
「どうしたもこうしたも、龍也が勝手に動き過ぎたせいで僕が父上にどやされたんだよ!!
責任取ってよ! 龍也!!」
「龍也から僕は悪くないって父上に説明してよぉぉぉぉぉぉ!!」
「………………今日は疲れた――。
征十郎には明日、連絡をしよう」
「明日じゃ遅いよ! 今すぐしてよ!」
むせび泣く龍生を蘭がなだめる。
(……明日は一体どんなことが起こるのやら……)
(白銀との生活は、刺激的なモノになりそうだな……)
そうして、白銀家の一大騒動の全貌を知らぬまま、蘭の慌ただしい一日が過ぎていくのだった。
第14話をお読みいただきありがとうございました!
時は少し遡り、白銀本家を揺るがす大混乱の全貌をお届けしました。
物欲ゼロの一途な龍也が、突然動かした「十五万」。瑠璃ママの盛大な勘違い(まさかの男色疑惑!)と、それをノリノリで楽しむ琥珀お姉様、そして一番の被害者である稜くんの叫びが書けて、作者的にも大満足の回です!笑
さて、続く第15話からは、再び蘭ちゃんと龍也の生活へと戻ります!
本家が大騒ぎしている裏で、当の本人たちは「玉子焼き」を巡って何やら甘〜い(?)攻防を繰り広げているようで……?
ですが、陸軍庁舎では「十五万の結納金」の噂が早くも大爆発!
さらに、何やら怪しい影も動き出し――!?
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