第十三話 蘭ちゃん争奪戦
「じゃあ……、その……、遠慮なく――」
蘭は三人の顔を見渡し、両手を合わせて合掌する。
「いただきます!」
四人の配膳を終え、琥珀の演説から一部始終をニコニコと傍観していた刻藤は、蘭の口元に注視する。
まず、スプーンで掬ったのは“ケチャップ”。
トロトロの玉子とチキンライス。
その上にかかった最高級のケチャップに、蘭は悶絶した。
「ん〜〜〜!! なんだこれ! 美味すぎる!!」
菫色の瞳がキラキラと輝く。
ケチャップの次は“ホワイトソース”。
その次は“ドミグラス”。
最後に“マデラソース”を口に運ぶ。
「……さあ、お味どうかな?」
「……全部美味い!!
なんだこれ! “ほっぺが落ちる”ってこういうことか!!」
刻藤の問いかけに、蘭はトロンとした笑みを浮かべた。
その瞬間、白銀の時間が停止した。
白銀の僅かな変化に琥珀は目を光らせる。
「この“ほわいとそーす”はなんだか優しくて甘い味がするし、“どみぐらす”は酸味の中にある濃厚なコク? が凄いし、“までらそーす”はブドウの匂いの中に“ほわいとそーす”とは違った甘みと酸味があるな!」
「どれも美味しすぎて、食べるのが勿体ない!」
「あはは。気に入っていただけて何よりです」
刻藤が紳士的なお辞儀をする。
「蘭も食べたことだし、ボクたちも食べようじゃないか」
琥珀の一言で、全員がオムライスを頬張る。
「やっぱり龍一郎の料理は美味い!」
「あはははは。琥珀ちゃん、いつもありがと」
「それにしても蘭ちゃんのオムライス。
ソースを全部載せた贅沢なオムライスになったね」
「今度、店でも出そうかな?」
刻藤は蘭にウィンクしてみせた。
「それがいい! 一皿でこんなに色んなソースが味わえるなんて贅沢の極みだ!」
「これがメニューにあったら毎日通いたくなるな!」
蘭の弾けるような笑顔が刻藤に向けられる。
白銀の眉がピクりと動き、琥珀は「おやおや」と楽しそうに目を細める。
「龍也もほぼ毎日通ってるんだ。
一緒に来なよ」
刻藤が白銀の肩に手を置く。
「え? そうだったのか?
じゃあいつも昼メシはここなのか?」
「ああ、基本的にはな――」
白銀は肩の手を振り払い、蘭を見つめる。
「蘭……。コイツの提案だからあまり受け入れたくはないが、蘭さえよければ毎日連れてきてやるぞ?」
「えっ……。嬉しいけど、毎日はさすがに悪い気がするな――」
(さすがに昼メシもコイツと一緒だと怪しまれる!
すでに怪しまれてるのに……!)
「あはははは!
龍也振られたな!」
琥珀は清野の腕をバシバシ叩き、喜びを表現する。
「……琥珀。食事中に叩くな。
オムライスが食えん――」
「あはははは!
そう言うなよ龍司! こんなに面白いことが目の前で起きて、ボクは興奮が収まらないよ」
(清野海軍大将って意外と苦労人なんだな……)
「じゃあ蘭。毎日ボクとランチをしよう!」
「えっ! さすがにそれは――っ!」
「姉上、先ほども伝えたが、蘭は俺の部下だ。
海軍の嫁になど渡さぬ」
「だからさっき言ったじゃないか!
蘭を海軍へ移籍させろと!」
「それはならんと言っている!!」
「じゃあ蘭に決めてもらおう!
蘭は海軍と陸軍どっちがいいんだい?」
急に話題を振られ、困惑する蘭。
「オレは……」
「俺の元で……、陸軍にいるべきだ!」
「何を言う! こんなに面白っ――、じゃなくて可愛い娘はボクの近くにいるべきだ!」
再び、瑠璃色と琥珀色が火花を散らす。
「――亜嵐少尉は陸軍でしか成り立たん」
清野は琥珀の暴走に顔をしかめながら言い放つ。
「龍司!」
「ほう、まさか義兄上の方が話が分かるとは――」
「……海軍の訓練は褌で行われる。
亜嵐少尉が褌姿になれば、男装していることがバレてしまうだろ……」
清野の言葉に、蘭は想像してしまった。
サラシを巻き、褌姿で立つ自分を――。
(……ないな)
白銀も同じ想像をしたようで、隣で顔をしかめている。
「そんな〜! 男装してる蘭だから面白いのに!
男装してない蘭は、ただの可愛い義妹だよぉ!
なんとかしてくれよ、龍司〜!」
泣き真似をする琥珀。
「ふん。そんな野蛮な場所に蘭を移籍などさせられん」
勝ち誇る白銀。
「あはははは。
早速琥珀ちゃんに気に入られてしまったね、蘭ちゃん」
四人のやり取りを面白そうに観察する刻藤。
「ボクはあきらめない!」
琥珀の宣言に、何と言い返していいか悩む蘭であった。
✕✕✕
「ふぅ〜、お腹いっぱいだー」
オムライスを食べ終えた四人は満足気に微笑む。
「やっぱり龍一郎のオムライスは帝都一だね」
琥珀が伏し目がちに呟き、白銀の長い睫毛の影が顔に落ちる。
(あ、白銀と同じ表情――)
(やっぱり姉弟なんだな……)
「おや、どうしたんだい? 蘭」
「ボクの顔に何かついてるかい?」
「あ、いえ、そのっ……」
(白銀と同じ表情に見惚れた、なんて言えない――)
「こ、琥珀お義姉様も“ぱふぇ”を召し上がるのかな? と思って――」
(な、なんとか誤魔化せたか!?)
「ああ、もちろん。甘い物は別腹さ」
琥珀は微笑みながら答える。
――チリン。
「そろそろだ――」
カウンターの奥から涼やかな音が聞こえる。
刻藤の足音とともに運ばれてきたのは、ガラスの器に高く盛られた白い生クリームとアイスクリーム。
ガラスの器とアイスの間にバナナや桜桃が置かれ、チョコソースがかけられていた。
「なっ、なんだこの食べ物は……!!」
蘭の菫色の瞳が見開かれる。
「カフェ・ノワール特製のチョコバナナパフェだよ」
刻藤が、琥珀と蘭の前にパフェを並べる。
「ちょっ……ちょこばななぱふぇ!?」
蘭が身を乗り出し、ぱふぇを舐め回すように見つめる。
「あはは。蘭、パフェは逃げないよ。
アイスが溶ける前に食べてしまおうじゃないか」
琥珀はスプーンでアイスを掬い、口に運ぶ。
「うん、美味しい」
口元が綺麗な弧を描く。
蘭も琥珀を真似て、スプーンでアイスを掬い、口に運ぶ。
「んんー! “くりーむそーだ”で食べた“あいす”とまた違った味がする!」
「このちょこそーす? も美味い!」
「ふふふ、お口に合ったようで光栄です。マドモアゼル」
「ま、まどもあ……?」
「……“お嬢さん”という意味だな」
「白銀……! お前、南蛮語も分かるのか?」
「……少しな」
蘭の尊敬の眼差しに、視線を逸らす白銀。
「……照れてるな」
「照れてるね」
清野夫妻が白銀をからかう。
「………………言ってろ」
不貞腐れる白銀に、蘭が小さく笑う。
(この鬼上官も、こんな表情するんだな……)
「さぁ! 男性陣は珈琲でいいかな?
今、用意するから待っててね!」
刻藤はカウンターに戻り、カフェ・ノワール特製の珈琲を注ぎ始める。
珈琲のいい匂いが部屋に広がる。
蘭はパフェを頬張りながら、とろけるような笑顔を浮かべる。
(最初はどんな人たちか緊張したけど、清野海軍大将は常識人だったし、琥珀お義姉様は素敵なモダンガールだったし、刻藤さんは落ち着いた大人って感じだった――)
(白銀のおかげで、今まで出会えなかった人たちと出会えた)
(後で、感謝を伝えないとな――)
「蘭、今日は楽しかったか?」
白銀の声。
「そうだな。
色々、胃が痛くなることはあったが、悪くない一日だった!」
「連れてきてくれて、ありがとな。白銀閣下」
蘭の笑顔に、白銀は本日何度目かのフリーズをするのだった。
――だが、蘭たちは知らなかった。
白銀本家がどれだけ大変なことになっているか、龍生がどんな目に遭っているかということを――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
カフェ・ノワール特製の贅沢オムライスにチョコバナナパフェ……蘭ちゃんのオムライスがあまりに美味しそうだったので、私も思わずオムライスを作ってしまいました笑
(四大ソースではなく、普通のケチャップですけど……!笑)
清野閣下のおかげで(?)なんとか陸軍残留が決まり、白銀への感謝を胸にする蘭ちゃん。
――ですが、最後の不穏な引きの通り、帝都の平和な空気はここまでです。
蘭ちゃんたちが美味しくパフェを食べている裏で、白銀の本家は今、とんでもない大パニック(主に勘違い)に陥っております。そして、その巻き添えを食らった可哀想な龍生副官の運命は……!?
次回、白銀家を揺るがす大混乱の全貌が明らかに! 頑張れ龍生副官!
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