第十二話 オムライス戦争
テーブルに座り、清野夫妻を待つ白銀と蘭。
(昨日は向かい合って座ったのに今日は隣にいる……。変な感じだ――)
ソワソワする蘭に白銀の熱い視線が注がれる。
「おい、そんなに見るなよ――」
(そんなに見られると、恥ずかしい――)
「……蘭。お前の睫毛、こんなに長かったんだな――」
「はぁ!? いきなり何いってんだよ!!」
「睫毛だったらお前の方が――」
――カラン、カラン、カラン。
「やあやあ、遅れてすまないね」
蘭の言葉が言い終わらないうちに、呼び鈴と、鈴を転がすような軽やかな声が聞こえた。
「待ってたよ、琥珀ちゃん。
それに、龍司」
刻藤の声。
「ようやく来たようだな――」
白銀が盛大にため息をつく。
(ついに清野夫妻と対面か……。
――“琥珀さん”っていったいどんな女性なんだ――?)
――コツン。
ヒールの音が一歩一歩近づいてくる。
ヒールの音とともに、爽やかで神秘的な南蛮渡来の香水の匂いが近づく。
――コツン。
「やあやあ、久方ぶりだね龍也。
――それに、はじめまして。我が義妹」
蘭の前に現れたのは、白銀の髪を後ろで綺麗に結い上げた、琥珀色の瞳を持つ絶世の美女。
「――“亜嵐少尉”と呼んだほうがいいかい?
それとも“蘭”?」
全てを見透かす琥珀色の瞳が蘭の菫色の瞳を捕らえる。
「そうそう、ボクのことは“琥珀お義姉様”か“琥珀様”と呼んでおくれ」
薄い水色のワンピースに、花飾りをあしらった水色のクロッシェ帽。
細いステッキ型の日傘を持った女性。
「……どうしたんだい? あまりのボクの美しさに声も出ないかい?」
無言のまま琥珀を見つめる蘭。
そんな蘭に琥珀が詰め寄る。
「……も……」
「も?」
「モダンガール!!!」
蘭は立ち上がり、急に大声を出した。
「オレ! こんなに綺麗なモダンガール、はじめて見ました!!」
「……おや?」
「感動で、胸がいっぱいで――!!
失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
「失礼なのは姉上の方だ。
初対面の――、それも俺の婚約者に対して、口の聞き方を弁えていただきたい」
「おやおや。言うようになったじゃないか、龍也――」
琥珀色の瞳と、瑠璃色の瞳が火花を散らす。
「ごほん。琥珀、今日は無理を言って二人のディナーに割り込んだんだ。
まずは礼を言うのが先決ではないのか?」
清野が咳払いをし、琥珀をたしなめる。
「龍司――!
久しぶりにこんなに面白いことがおきたんだ!
もう少し、遊ばせておくれよ」
「ならん。
それに、十分遊んだだろ――」
清野は琥珀の肩に手を置き、無理やり椅子に座らせる。
(あっ……! 興奮のあまりオレも立ったままだった……)
清野夫妻が席に着くのと同時に、蘭も恥ずかしそうに座り直した。
「龍司のケチ!
最高のご馳走を目の前にして指をくわえて見ていろというのかい?」
「琥珀ちゃん、最高のご馳走というのは、こーゆーのを言うんだよ」
清野夫妻の会話に割り込んで入ってきたのはオムライスを運んできた刻藤。
腕には四皿のオムライスがのっている。
「琥珀ちゃんにはこれ!
いつものホワイトソース」
「ありがとう。龍一郎」
(ん? ほわいと、そーす??)
「龍司はいつもこれだよね?
はい、マデラソース」
「ああ」
(までら……そーす??)
「龍也はドミグラスでよかった??」
「……俺は何でもいい――」
(どみぐらす??)
「はい、最後は蘭ちゃん。
まだ好みが分からないから取り敢えずケチャップにしちゃったけどいいかな?」
「あ、ああ!」
(ケチャップなら、分かる!)
テーブルの上に並べられた色とりどりのソース。
「……全部美味しそうだな!」
蘭の顔が自然とほころぶ。
その笑顔に、この場にいる全員が目を細める。
「蘭。よかったら俺のドミグラスを食べてみるか?」
「え、いいのか!? お前実はいいヤツなのか!?」
「ちょっと待て龍也。
お前にばかり我が義妹にいい顔させるわけにはいかないね」
「蘭。ボクのホワイトソースも食べるといい」
「えっ! いいんですか?
琥珀お義姉様……!」
「もちろん」
琥珀は口元を吊り上げる。
「おい、龍司。
お前の分も蘭に食べさせろ」
「なぜ?」
「ボクの可愛い妹分に優しくしてあげるのも、我が夫の勤めだとは思わないのかい?」
「………………はぁー。
分かった。一口くれてやる」
「龍司のケチ!
一口じゃなくて全部あげるんだよ」
「いやいや! 琥珀お義姉様!
一口で! 一口ずつで結構です!!」
「オレにはこの後、“ぱふぇ”も待ってるんだ!」
「そんなに食べたら“ぱふぇ”が食べられない!」
蘭のキラキラした菫色の瞳に、琥珀はウットリする。
「龍司、蘭を海軍に入れよう。
そうすれば、ボクの警護という名目で手元に置ける」
「ならん!
蘭は俺の部下だ! 勝手に移籍させられては困る!」
「ほう? お前の部下ならあの龍生の息子がいるじゃないか。
知ってるかい? 今日の白銀本家は大騒ぎで、今頃龍生の息子がお前の尻拭いで駆けずり回ってるはずだ」
「何を――?」
「“十五万円結納金テロ”だったか?
龍司から聞いたよ? 龍也も大胆なことをするんだね」
「十五万など、俺にとっては端金だ――。
何に使おうと、俺の勝手だろう――?」
「それも、そうとはいかない。
龍也にとっては端金かもしれないが、世間一般から見たら、家が何軒も建てられるそれはもう大金だ――」
琥珀の台詞に蘭が「うんうん」と首を縦に振る。
「そんな大金が一瞬で消えたんだ――」
「金庫を預かる家令の龍生は大慌て!
頼りの息子に電話しても繋がらないし、当主のお前に直接聞くわけにはいかない――。
だからボクに連絡が来た」
琥珀は目を細め、舌舐めずりをする。
「こんなに面白い話があるかい?
龍一郎に調べさせたら、十五万は結納金として龍ヶ崎子爵家に渡したそうじゃないか!」
「十五万で買われた娘はどんなモノかと思っていたら、これまた男装して少尉になっていると!」
「最高だよ! ボクの期待をどんどん裏切ってくれる! こんなに素敵で面白いことなんてそうそうない!」
カフェ・ノワールは、すっかり琥珀の独壇場となっていた。
その時。
――ぐぅ~。
お腹が鳴る音。
音の方を見ると、蘭が真っ赤な顔をしていた。
「すみません。お腹がなっちゃいました……」
「あははははは!!
最高だよ!! ごめんね、蘭。そら、ボクの分をお食べ――」
琥珀がホワイトソースのかかったオムライスを一口、蘭のお皿に乗せる。
それを見て、負けじとドミグラスのかかったオムライスを白銀が、最後に諦めたようにマデラソースを清野がのせる。
「あ、あの……」
「蘭。足りなかったらいつでも俺の分を分けてやる――」
白銀の優しい眼差しが降り注ぐ。
「さぁ、思う存分食べてくれ――」
12話をお読みいただきありがとうございました!
白銀家最強の台風・琥珀お姉様が降臨し、ノワールは一気にオムライス戦争へ突入しました笑
4色のソースが並ぶ贅沢なテーブルですが、蘭ちゃんのピュアな食いしん坊っぷりに、その場の全員がほっこりしております。
……ですが!
その裏で、龍也の「十五万円結納金テロ」の尻拭いをさせられている龍生副官が不憫でなりません。がんばれ龍生……!
次回、第13話のタイトルは『蘭ちゃん争奪戦』
早くも琥珀お姉様vs龍也のバトルが勃発します!
陸軍vs海軍の、ちょっとおかしな(?)争奪戦の行方をぜひ見届けてください。
次回も美味しいスイーツと共に、賑やかにお届けします。お楽しみに!
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