04 セイレン・アークライト
扉の先には1人の青年が立っていた。
月夜に照らされた雪のような———
どこか冷たい白銀の髪に海のように深い青い瞳をもつ青年がいた。
青年は静かに光の間へと足を踏み入れた。
響く足音は不思議と重くない。
まるで雪の上を歩くように静かで、けれど確かな存在感だけが静寂の広間に広がる。
白銀の髪は肩口で揺れ、外から差し込む光を受けるたび淡く輝く。
その姿を見た瞬間、ルーシャは息を呑んだ。
———綺麗
思わずそう感じてしまった自分に驚く。
青年はまっすぐ玉座の前まで進むと、片膝をつき胸元へ手を当てた。
「皇帝陛下」
低く落ち着いた声だった。
若い。おそらく自分とそう歳は変わらないはずなのに、その声音には長年剣を握ってきた者特有の静かな重みがあった。
「面を上げよ」
皇帝の言葉に従い、青年はゆっくりと顔を上げる。その綺麗な青い瞳が、ルーシャを映した。
心臓が小さく跳ねる。
感情の読めない目だった。
冷たいわけではない。けれど、簡単に他者を近づけないような深い海の青い色。
「紹介しよう。北部騎士団所属、セイレン・アークライトだ」
その名を聞いた瞬間、後方にいた数人の騎士たちがわずかにざわめいた。
アークライト。
帝国北部で代々剣を握り続ける名門。
特に現当主は“氷狼”と呼ばれる武人として有名だったはずだ。
けれど――。
ルーシャは青年を見つめたまま小さく眉を寄せる。
北部騎士団?
なぜ北部の騎士が今ここに?
「セイレンはミエルタをよく知っている。お前の護衛として適任だろう」
皇帝は淡々と告げた。
「……」
セイレンと呼ばれた青年は何も言わない。
ただ静かにルーシャを見ていた。
その視線に、ルーシャは奇妙な違和感を覚える。
初めて会ったはずなのに。
まるで――ずっと前から私を知っているような目。
「皇女殿下」
セイレンは頭を下げた。
「本日付であなた様の護衛騎士を拝命しました。セイレン・アークライトです」
何か言わなければ…
そう思うルーシャを皇后が遮った。
「セイレン」
皇后がゆるやかに唇を持ち上げた。
「あなたが命を賭してでも守るべき方は誰か、理解しているわね?」
その瞬間だった。
空気が変わった。
先ほどまで静かだった青年の瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿る。
だがそれはほんの刹那で消え、彼は再び感情を閉ざした。
「……御意」
短い返答。
けれどルーシャは見逃さなかった。
皇后を見た瞬間だけ、彼の目に確かな冷たさが宿ったことを。
「ルーシャ」
再び父の声。
「出立は三日後だ」
あまりにも急な話だった。
準備の時間すらほとんど与えないつもりなのか。
それとも、一刻も早く自分を帝都から遠ざけたいのか。
やはり先ほどの笑みは、気のせいだったのだろうか。
父の感情が全く読めない。
「……承知いたしました」
ルーシャは静かに答える。
すると皇帝はわずかに目を伏せ、小さく息を吐いた。
その顔はひどく疲れて見えた。
まるで何かに追い詰められているように。
「今日はもう下がれ」
その言葉を合図に、謁見は終わった。
ルーシャは深く一礼し、後ろへ下がる。
その隣に、いつの間にかセイレンが立っていた。
近くで見ると、息を呑むほど整った顔立ちだった。
白銀の睫毛。
整いすぎた横顔。
けれど、その美しさにはどこか刃物のような危うさがあった。
光の間を出る直前。
ルーシャは耐えきれず小さな声で問いかけた。
「……あなた、本当に私の護衛なの?」
青年は少しだけ目を見開いた。
だがすぐに静かな表情へ戻る。
「えぇ」
たったそれだけの短い返事。
「貴女を死なせないために来ました」
その言葉に、ルーシャの背筋がぞくりと震えた。




