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15 目覚め

先ほどまでの魔法とは違う、より濃く純白の光がルーシャを包み込む。やがてその光に反応する様に、ルーシャの体内から黒い霧の様なものがじんわりと浮かんできた。


「これは……」

傍らにいた宮廷医師が息を呑む。

「これが殿下の中に蓄積されていた瘴気です」

魔導士は静かに告げた。その額にはじんわりと汗が滲む。


セイレンは漂う黒い霧を鋭い目で見つめる。

———あの襲撃からまだ半日も経っていない。その場にいた騎士達も同様に瘴気を浴びていた。ましてや自分も同じ場所にいた。


それなのに何故殿下だけがこれほど濃く侵されている?戦場での経験の差か?

セイレンの胸に嫌な予感が広がっていた。


そと時だった

「瘴気の量が減っています……」

魔導士は額の汗を拭いながらそう呟いた。純白の光に押し出されるように、ルーシャの身体から溢れていた黒い靄は徐々に薄くなっていく。


「ならば峠は越えたのでしょうか?」

宮廷医師も安堵した様に呟く。


「……」

魔導士は変わらずルーシャへ光を送り続ける。


「……?」セイレンの眉が僅かに動く。


消えたはずの黒い靄———だが完全ではなかった。


ルーシャの胸元付近。まるで心臓を守るように、小さな黒い影だけがそこに残っている。


「どうですか?」

セイレンの低い声に魔導士は答えない。その顔からは血の気が引いていた。


「おい」

再び呼ばれて魔導士はようやく我に返る。

「ありえません……」

掠れた声だった。


「何がですか」


「消えないんです」

魔導士は震える指で黒い影を指した。

「普通の瘴気なら浄化できるはずです。ですが、あれだけは違う」

部屋の空気が張り詰める。

「違うとは?」

魔導士はしばらく言葉を探し、苦しげに口を開いた。

「瘴気を浴びただけではないということです。あれだけは外から入り込んだものではありません。」

「……何?」

セイレンの目が細くなる。

「正確には外から紛れ込んだ瘴気と殿下の中にあったものが混ざり合ったものでしょう……。ですが根本にあるものが違う。」

焦る様にそして恐る様に魔導士は呟いた。

「これは……おそらくですが、以前から殿下の中に存在していた痕跡です。」


その場にいたもの一同が目を見開いた。

「馬鹿な」

「私も信じられません」

魔導士は首を横に振る。

「人間の体内に瘴気が定着するなど聞いたことがありません。ましてや瘴気や死の世界とは無縁の場所にいた方です。」


その言葉にセイレンの表情が僅かに強張る。

……以前からあった。

その言葉が胸に重く沈む。


———だからか…だから襲撃の時。

魔導士は真っ直ぐルーシャだけを狙った。

浴びた瘴気もまた、彼女だけに異常な反応を示した。


偶然ではなかった。


まるでこのことを知っていたものによる襲撃。皇后なのか……?だが皇后が本気で殿下の死を望むのならば確実に殺しにきたはずだ。だが魔導士は”十分だ”と呟き消えた。

考えても考えてもハッキリとしないモヤの様なものがセイレンの脳内を錯綜する。


「治せるものでしょうか?」

「今はなんとも……。ただ現時点では命に関わる状態ではありません」


「確かなのですか?」


「はい。ただし———」

言葉が途切れ、嫌な予感がした。

「ただし何ですか?」

「再び強い瘴気に触れれば、この影がどう変化するか私にも分かりません」


誰も言葉を発せなかった。たった一度の瘴気でここまで苦しむとなると次はどうなるのか……想像するのは簡単だった。


その時

寝台から小さな声が漏れる。


「…う……」

ルーシャの指先が僅かに動いた。セイレンは即座に寝台へ近寄る。


「殿下」

その声に反応する様にゆっくりと青い瞳が開く。

ルーシャの瞳にはぼやけた視界、見慣れない天井、そして白銀の髪だった。


「セイ…レン…?」

弱々しい声だが意識は戻っている。その声を聞いたセイレンは僅かに肩の力を抜いた。


「気分はいかがですか?」

ルーシャはしばらく考え

「……最悪」

考えてもいなかった返答に周りの皆が目を見開き口元が緩む。魔導士や医師その場にいた皆の空気が少しだけ和らぐ。

「熱はまだ少しありますが命に別状はありません。今は安静になさってください。」

魔導士は胸に手を当てルーシャへ頭を下げる。ルーシャはあまり状況を読み込めておらず少し困惑した表情を見せたが、小さく頷いた。

だがすぐに周囲を見回した。


「襲撃……」

「終わりました。ここは宿です。」

セイレンは淡々と答えた。

「ここは安全です。」

「そうなのね…」

ルーシャは安堵の息を吐く。


「殿下今はひとまず休めることだけを考えてください。私共が殿下の様子を診ております」

魔導士はハッキリとそう告げた後にセイレンのことをチラッと見た。その一瞬の動きをセイレンはすぐに理解し

「私共は宿使いのものを読んで参ります。解熱に聞く薬を宮廷医師から処方してください」

そういうとセイレンと宮廷魔法使いは扉へと向かった。


「———話があるのでしょう」

セイレンは扉を閉めたと同時にそう宮廷魔法使いに小声で問う。その問いに魔導士は深く頷く。

「殿下の前では言えない内容なのでしょう」

セイレンの声は落ち着いていた。

魔導士は小さく息を吐いた。

「えぇ」

廊下には誰もおらず、遠くの部屋から愉快な声が響くだけだった。

「先ほど申し上げた通り、命に別状はありません。」

魔導士は一度言葉を切った。


「ですが問題が残っています」


「あの黒い影ですか」

セイレンが静かに問う。


「えぇ」

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