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13 傷痕

宿場へ到着した頃には、空はすっかり夜の色に染まっていた。


「道を開けろ!」

先頭を走る騎士の声が響く。交易宿の主人は先導隊からの事情を事前に聞いていたこともあり一番奥の静かな部屋を用意していた。


荷馬車が止まるとセイレンは迷うことなくルーシャを抱き上げた。


「こちらの部屋をお使いください」

セイレンはルーシャをゆっくりと寝台へ運ぶ。荷物から水桶を持って来させ、再びルーシャの汗を拭う。


宮廷からの使いはいつ到着するのだろうか……。


「……」

セイレンは熱に浮かされ苦しむルーシャを見ることしかできなかった。


「魔導士…」

先ほどの襲撃……あれはただの賊ではなかった。明らかに魔導士との繋がりのある奴ら。

「…ッ」

変え布を握りしめる拳に力が入る。常に冷静だった男の感情が次第に苛立ちへと変わっていく。


自分がもっと早く異変に気付いていれば……襲撃を未然に防げていれば。そんな考えが脳裏を過ぎる。だが今は後悔している場合ではない。


セイレンは静かに息を吐くと椅子から立ち上がった。濡れた布を新しいものへ取り替え、ルーシャの額へ乗せる。


ルーシャの呼吸は荒いものの先ほどよりは落ち着いてきていた。


「少し失礼します」

眠るルーシャへ小さく告げると、部屋の隅へ移動し、上着を脱ぐ。肩口のシャツは血で赤く染まっていた。襲撃の最中は気にも留めなかったが、改めて見ると思った以上に深い。裂けた傷口から鈍い痛みが走る。


だが眉一つ動かさない。


近くに置かれていた薬箱から消毒用の薬草を取り出し、慣れた手つきで傷へ塗り込む。鈍く染みる様な痛み。それでも手は止まらなかった。

包帯を巻き替えたその時だった。


「……セイ…レン……」


微かな声が聞こえ、セイレンは振り返る。寝台の上でルーシャが薄く目を開けていた。


熱に潤んだ瞳がこちらを見ている。焦点は定まっていないが、その視線は包帯を巻く自分の肩へと向けられていた。


「起こしてしまいましたか」

その問いにルーシャは答えない。しばらく瞬きを繰り返してやがて小さく呟いた。

「…怪我してる」

「大したことはありません」

いつもの返答。だがルーシャは密かに眉を寄せた。

「…うそ」「私を…守った時…?」

思わぬ言葉にセイレンは動きを止めた。熱に浮かされ記憶は曖昧かと思っていたが、襲撃の時の記憶が残っているらしい。

話を聞きながらもセイレンは包帯を結び終えた。

「護衛として当然のことです」

その答えに苦しそうな表情を浮かべながらも、その瞳だけは不思議なほど真っ直ぐだった。


「……ありがとう」


馬車で聞いた時と同じく小さな声だった。

聞き逃してしまいそうなほど。その声にセイレンは一瞬だけ目を伏せる。


誰かを守ることに礼を言われるなど珍しいことではない。

だがなぜか、その言葉は妙に胸に残った。

「礼にはおよびません」


ルーシャは何か言いたげだったが、再び熱が上がってきたのだろう。苦しそうに眉を寄せ、呼吸も少し荒くなった。


「失礼…」

セイレンはすぐに立ち上がり彼女の額にそっと手を触れる。火照った肌から熱が伝わってきた。


やはり異常だ。


旅立つ前までは何の異変もなかったのに、襲撃の直後から急激に悪化している。やはりあの瘴気と関係が……


ルーシャの手が不安そうに毛布を握り締めている。


「……母さま……」


その寝言にルーシャの額に触れたセイレンの手が密かにこわばった。セイレンはわずかに視線を落とす。

幼い頃に母を亡くしたことは知っている。

宮廷では決して見せない弱さだった。


「大丈夫です」


ルーシャに聞こえているか分からなかったが、気付けばそう口にしていた。それでも握りしめていた指先から少しだけ力が抜けた。


やがて部屋の中に静かな寝息が戻ったのを確認し、セイレンは寝台横の椅子へ腰掛ける。


窓の外は深い夜だった。

見張りの騎士たちが交代する足音が微かに聞こえる。静寂の中、セイレンは剣を壁へ立て掛けた。


そして無意識に窓の外へ視線を向ける。森の向こうには闇しかない。だが胸騒ぎは消えなかった。


「……必ず突き止める」

その深い青い瞳には冷たい決意が宿っていた。


その時だった。静かな廊下に慌ただしい足音が響くき次第に近付いてくる気配。

やがて部屋の前で止まり、勢いよく扉が叩かれた。


「団長!」


聞き慣れた騎士の声と共に、セイレンは即座に立ち上がった。


「どうした」


「皇城からの使者です!宮廷医師と宮廷魔導士が到着しました!」


その報告に、セイレンの表情が僅かに和らいだ。


ようやく来たか。


彼は眠るルーシャを一度だけ振り返り静かに扉へ向かった。

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