2話 辺境の流儀
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
2話 辺境の流儀
入学式の騒動は、瞬く間に学園中へ広まった。
「冷徹公子の妹は、野蛮な辺境の魔女」
そんな根も葉もない噂が飛び交う中、私は寄宿舎の一室で、祖父から贈られた魔導杖を手入れしていた。
「お嬢様、アルマード公爵家(実家)から手紙が届いております。……内容は、学園でのディーン様への従属を命じるものです」
乳母の言葉に、私は鼻で笑った。
今さら父親面をして、私を兄の「飾り」にしようという魂胆らしい。
兄・ディーンは学園の秩序そのもの。彼に従うことは、父の支配下に戻ることを意味する。
「あいにくね。私は風のように自由でいると、祖父様と約束したの」
数日後、実技演習の時間がやってきた。
全校生徒が見守る中、新入生が魔力を披露する恒例の行事だ。教壇には、特別講師として生徒会長であるディーンが、冷ややかな視線を投げ下ろしていた。
「次はケイト・アイゼンガルド。……辺境伯の推薦枠だ、相応の力を見せてもらおう」
ディーンの声が響くと、周囲から失笑が漏れた。
「どうせコネだろう」「辺境の魔法なんて、せいぜい家畜を追う程度じゃないか」
演習用の標的は、最硬度の岩石。
並大抵の魔法では傷一つ付かない。
私はゆっくりと前に出た。視線の先で、ディーンが不敵に口角を上げる。
「ケイト、お前の『水』ではその岩は穿てない。諦めて下がれ」
確かに、普通に水をぶつけるだけでは岩は砕けない。
だが、私は知っている。水は優しくもあり、同時にすべてを断ち切る「刃」にもなることを。
「お兄様、教えて差し上げます。辺境の冬が、どれほど厳しいものかを」
私は杖を構えず、右手をそっと標的に向けた。
練り上げるのは、極限まで圧縮された水。そこに、超高速で回転する風の螺旋を組み込む。
――複合魔術『壊嵐の断層』。
キィィィィィィィン!という鼓膜を突き刺すような高音が響いた直後、標的の巨大な岩石が、まるでお豆腐のように真っ二つに泣き別れた。
切断面は鏡のように滑らかで、さらに背後の防壁までもが深く抉れている。
静まり返る演習場。
教官たちが言葉を失う中、私はディーンを真っ向から見据えた。
「……標的が止まって見えたので、手加減が難しくて。ごめんなさい、お兄様」
ディーンの瞳に、初めて明確な「焦燥」の色が浮かぶ。
彼は座席の肘掛けを粉々になるほど握りしめていた。その周囲では、彼の魔力に呼応したように、床から薄氷が広がり始めている。
「……貴様、その力をどこで」
「言ったはずです。私はアイゼンガルドの女だと。捨てたはずの妹に追い抜かれる気分は、いかがですか?」
氷の仮面の亀裂がはじまったのはその日の放課後。
人気のない廊下で、私はディーンに呼び止められた。
取り巻きもいない、二人きりの空間。
「あんな真似をして、タダで済むと思うな。父上が知れば、お前を連れ戻しに動くぞ」
「あら、心配してくださるの? 嬉しいわ」
「ふざけるな!」
ディーンが壁を叩く。その手は、かすかに震えていた。
私は気づく。彼の冷徹さは、私への憎しみではなく、何か別のものに怯えているようだと。
「……お前は、あの一族の闇を知らない。目立つなと言っているんだ。私の手の届く範囲で、大人しく守られていればいいものを……!」
「守る? 私を捨てたあなたが?」
私は一歩、彼に詰め寄った。
彼が纏う氷の魔力が、私の風に触れて霧散する。
二人の距離が、六年前のあの日以来、最も近くなる。
「お兄様。私はもう、あなたの後ろを泣いてついていく子供ではありません。……あなたが何に縛られているのか、私がその鎖ごと、切り刻んで差し上げましょうか?」
ディーンは絶句し、ただ私を見つめることしかできなかった。
その瞳の奥に、一瞬だけ、あの日の「優しい兄」が寂しそうに笑った気がした。
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