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処刑エンドの悪役令嬢に転生したので攻略対象を全員回避して辺境で起業したら、なぜか王太子が追いかけてくるんですが  作者: ぽんぽこライフ


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悪役令嬢の反撃

 エミルの「物語の書き換え」戦略を実行に移す。教会の調査団が到着する前に——悪役令嬢が聖女を救った実績を、誰の目にも明らかにする。時間は有限だ。しかしセラフィーナの頭の中には——前世の経理部で培った工程管理の技術がある。三つの作業を並行して進め、期日までに全てを完了させる。四半期決算の締めと同じだ。ただし、今回の帳簿に記される数字は——命の重さだ。


 第一の方面。リリアーヌの制御訓練の加速。


 地下室での訓練は毎日続いている。リリアーヌは聖光草を緩衝材として使う技術を少しずつ身につけていた。しかし「少しずつ」では間に合わない。教会が来る前に、完全な制御を実証しなければならない。


「エミル殿。訓練のペースを上げられますか」


「可能ですが、リスクがあります。力の流量を増やせば、暴走の危険性も上がる。聖光草の緩衝能力を超えれば——あの日の再現になります」


「リリアーヌさんの判断は」


「彼女に聞くべきです」


 リリアーヌに聞いた。リリアーヌは少し考えてから答えた。


「やります。怖いけど——待っている時間はないんですよね。セラフィーナ様が教会に狙われているなら——私が制御できることを証明して、セラフィーナ様を守りたい」


 守りたい。リリアーヌがセラフィーナを守りたいと言っている。ゲームでは、聖女が悪役令嬢を断罪する側だった。しかしこの世界では——聖女が悪役令嬢を守ろうとしている。物語が、既に書き変わっている。


 訓練のペースを上げた。一日一回だった訓練を、朝と夕方の二回に増やした。リリアーヌの集中力は驚くほど持続する。商人としての粘り強さが、制御訓練にも活きている。


 三日目の夕方の訓練で、リリアーヌは聖光草三枚を同時に制御することに成功した。手のひらの上で三枚の葉が均等に光っている。力の分配を自在にコントロールしている証拠だ。エミルの計測器は安定した波形を記録した。


「素晴らしい。この波形なら——暴走のリスクは大幅に下がっています」


「……まだ怖いです。でも——前より上手になった気がします」


「確実に上達しています。数値が証明しています」


 エミルがオルガと共同で聖光草の精製エッセンスを作り始めた。通常の煎じ薬より濃度が高く、緩衝効果も強い。しかし調合に時間がかかる。聖光草の葉を乾燥させ、特定の温度で抽出し、他の薬草と配合する。工程ごとにエミルが温度と時間を記録し、オルガが薬草師の経験で微調整を加える。オルガのフリードリヒのレシピを元に、エミルが学術的な改良を加えた。二人の協力体制は——研究者同士の敬意に支えられている。


「フリードリヒさんが生きていたら、もっといいものが作れたわ。でも——私たちにできることをやるしかないわね」


 オルガが穏やかに言った。この女性は——いつも「できることをやる」という姿勢だ。理想を語らず、手の届く範囲で最善を尽くす。辺境の薬草師としての四十年がそうさせた。


 第二の方面。政治的な根回し。


 ギュンターがフェルディナント経由で近隣領主たちに書簡を送った。内容は——「辺境の聖女が教会に連れ去られれば、北方防衛が崩壊する」。リリアーヌの感情読み取り能力が、北方の魔獣の接近を事前に察知できること。つまり聖女の力は、辺境の防衛に不可欠であること。聖女を教会に渡すことは、北方の安全を犠牲にすることだ、と。


 ザールフェルトのリントベルク領主、ヴォルフスハイムのクラウス領主、そして港町エーリヒスハーフェンの市長にも書簡を送った。


「この論法には弱点がある」


 ギュンターが渋い顔で言った。


「教会は『聖女の力は神のものであり、世俗の防衛に使うべきではない』と反論するだろう。信仰と安全保障の対立になる。近隣領主が世俗側に立ってくれるかどうかは——彼らの利害次第だ」


「利害なら計算できます。北方の魔獣が侵入すれば、辺境だけでなく近隣領地も被害を受ける。ザールフェルトもヴォルフスハイムも、北方防衛線の後方にいる。辺境が崩れれば、次は彼らの番です」


「その計算を、領主たちに突きつけるのか」


「はい。帳簿と同じです。数字を見せれば、結論は自ずと出る」


 ギュンターが微かに笑った。「お嬢さんらしい」と呟いた。


 ルキウスも動いた。騎士団の立場から「辺境防衛に聖女の力が不可欠」という報告書を作成した。ルキウスの報告書は簡潔で、事実だけが並んでいた。しかし——その事実の積み上げが、圧倒的な説得力を持っている。北方の魔獣目撃情報。リリアーヌによる事前察知の実績。防壁の現状と増援の必要性。数字と事実だけで、聖女の辺境残留が安全保障上の合理的判断であることを証明している。


「報告書、拝見しました。見事ですわ、ルキウス殿」


「事実を書いただけだ。飾る必要はない」


 飾る必要はない。ルキウスらしい言葉だった。この男の強さは——飾りのない事実の重みだ。


 第三の方面。レオンハルトへの連携要請。


 セラフィーナは追加の書状をレオンハルトに送った。エミルの「物語の書き換え」戦略を簡潔に説明し、レオンハルト側で必要な行動を列挙した。王権による教会裁判の拒否宣言の準備。議会での辺境の安全保障議論の提起。そして——もし最悪の場合、教会が強行手段に出た時の軍事的な牽制。


 最後の一項を書く時、手が震えた。教会との軍事的衝突を想定する——それは、王国を二分する事態だ。レオンハルトにとっても、王太子としての立場を危うくする要請だ。しかしエミルが言った。「最悪のケースを想定しない戦略は、戦略ではなく願望です」と。正しい。帳簿に損失見込みを計上しないのは、粉飾と同じだ。


 しかし書いた。必要なことだから。手紙の最後に一文を加えた。「あなたを巻き込むことを、心苦しく思います。しかし——あなたなら、この苦しさを理解してくれると信じています」。


 レオンハルトは——理解するだろう。この男は、セラフィーナの弱さを知っている。転生の秘密を知り、処刑の未来を聞いた上で「余が許さない」と言った男だ。今度の要請も——受け止めてくれるはずだ。


 ナターリアも動いていた。父アルベルトへの手紙の返事がまだ届いていないが、ナターリアは別の手を打っていた。公爵家の名前を使って、王都の社交界に情報を流し始めた。「辺境で聖女候補の少女が、領主の保護の下で穏やかに暮らしている」という情報を。教会が聖女を連れ去ろうとすれば——社交界の注目が集まる。世論という名の圧力だ。


「ナターリア。あなた、いつの間にこんな策を」


「姉上が帳簿で戦うなら、私は言葉で戦います。社交界の噂は——正しく使えば、帳簿より速く広がりますわ」


 妹が頼もしい。公爵家の教育を受けた少女の本領が、辺境で発揮されている。帳簿の「借方と貸方」を外交に応用すると言った妹だ。社交界の噂も——ナターリアにとっては、流通させるべき「商品」なのだろう。


「ただし、嘘は書きません。事実だけを流します。リリアーヌさんが穏やかに暮らしていること。辺境の人々に愛されていること。蜂蜜菓子を焼いていること。それだけで十分です」


「事実だけで足りるの?」


「事実こそが、最も強い噂ですわ。嘘は崩れるけれど、事実は崩れません」


 セラフィーナは微笑んだ。妹の言葉は——前世の自分にも響く。帳簿も同じだ。数字の裏付けのない報告は、いつか崩れる。事実に基づいた帳簿だけが、長く持つ。


 三つの方面が同時に動いている。制御訓練。政治的根回し。王権との連携。そして第四の方面——ナターリアの世論操作。四つの歯車が同時に回っている。全てが噛み合えば——物語の書き換えは完成する。しかし一つでも欠ければ——構造の引力に負ける。


 マルクスも協力を申し出た。「何かできることがあるか」と聞いてきた。鍛冶師にできることは限られている。しかしマルクスは——聖光草のエッセンスを保存するための特殊な容器を鍛造した。魔力を遮断するヘルムガルド鋼の小瓶だ。エミルが「これは素晴らしい。魔力が漏れない」と感嘆した。


 全員が——自分の得意分野で戦っている。鍛冶師は鉄を打ち、薬草師は薬を作り、学者は分析し、従者は茶を淹れ、騎士は剣を構え、商人は噂を流す。そして領主代行は——全てを束ねる。


 夕方、ギュンターが急ぎ足で執務室に来た。


「王都から正式な通達が届いた」


 封蝋を切る。聖光教会の紋章が押された公式文書だ。


「聖光教会枢機卿の名において——『異端調査団』の辺境派遣を決定する。調査団は枢機卿直属の高位神官および聖騎士で構成される。到着まで二週間」


 二週間。時間が決まった。期限が見えた。


 セラフィーナは通達を机に置いた。手が震えていたが——顔は笑っていた。不思議な笑みだった。恐怖の中で笑う自分に気づいた。前世の佐藤凛は、こんな顔で笑ったことはなかった。追い詰められた時は泣くか黙るかだった。しかしこの世界では——追い詰められた時に笑える。仲間がいるから。支えてくれる人がいるから。


 期限があるなら、計画が立てられる。締め切りのある仕事は、締め切りのない仕事より扱いやすい。前世の経理部で学んだことだ。決算期の締め切りは、不安ではなく行動の指針になる。


「二週間あれば——できます。全員で動けば」


 全員の顔を見回した。エミルは頷いた。ルキウスは腕を組んだまま「やるしかないな」と呟いた。ギュンターは不敵に笑った。ヨハンは黙って茶を淹れた。ナターリアはリリアーヌの手を握った。リリアーヌは——震えながらも、頷いた。


 全員がいる。全員が、自分の持ち場で戦う覚悟がある。


 反撃の時計が、動き始めた。

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