守るべきもの
領主館の会議室に全員が集まっている。セラフィーナ、エミル、ルキウス、ギュンター、ヨハン、ヘルガ。そしてナターリアとリリアーヌ。二人の少女も、もはや蚊帳の外に置くわけにはいかない。リリアーヌの力のことも、教会の脅威のことも、当事者として知る権利がある。
リリアーヌの顔色はまだ蒼白だった。暴走から二日。体力は回復しつつあるが、精神的な疲労は残っている。ナターリアが隣に座り、膝の上でリリアーヌの手を握っていた。
「状況を整理します」
セラフィーナが立ち上がった。前世の会議術が体に染みついている。問題の構造を可視化し、選択肢を提示し、意思決定を促す。経理部主任として何百回もやってきたことだ。
「脅威は三つあります。一つ目、聖光教会の介入。リリアーヌさんの暴走が教会の感知網に捕捉されました。近いうちに教会騎士団が派遣される可能性が高い」
ルキウスが腕を組んだ。包帯を巻いた腕——聖光に灼かれた火傷がまだ治っていない。
「教会騎士団の規模は?」
「フェルディナント殿の情報では、通常は二十名から三十名。神官が指揮を執り、騎士が実力行使を担当する」
「三十名なら、現在の護衛隊十二名では数で劣る。しかし——地の利はこちらにある。辺境の地形を知っているのは我々だけだ。防壁の改修も進んでいる。正面からの突破は容易ではない」
「軍事的な対抗は最後の手段です。ルキウス殿」
「わかっている。しかし備えは必要だ。教会騎士団は儀礼的な武装に見えるが、実戦経験もある。北方の魔獣討伐にも参加している連中だ。甘く見るべきではない」
ルキウスの判断は常に堅実だ。実務的で、感情に左右されない。しかし包帯の下の火傷が示している——この男は、感情で動く時もある。ラウルが隅の席で静かに聞いている。護衛隊の副隊長として、ルキウスの言葉を一つも聞き逃すまいとしている。
「二つ目の脅威。教会が三十年間、この辺境を監視していたことが帳簿から判明しました。送金記録から、教会は辺境の魔力脈と廃坑の封鎖区画を定期的に点検していた。つまり教会は、マルガレーテが来る遥か前から、この場所を把握しています」
ギュンターが渋い顔をした。
「三十年か。我々が知らなかっただけで、教会はずっとここを見ていた。前の領主代官ハルトマンは——教会の協力者だったということだな」
「意図的な協力者というよりは、利用されていた可能性が高いと見ています。ハルトマン殿は教会からの送金を補助金として受け取り、封鎖区画の管理を委託されていただけ。教会の真意は知らなかったのでしょう」
「三つ目の脅威は」
「リリアーヌさんの力そのものです」
リリアーヌがびくりと肩を震わせた。ナターリアが手を握り直した。
「怖がらせるつもりはありません。しかし事実を共有しなければなりません。エリザベート——私の母の研究によれば、聖女の力は使うたびに術者の生命力を消耗します。制御せずに暴走が続けば——体が持ちません」
代償の真実を、初めてリリアーヌの前で口にした。隠し続けることはできないと判断した。迷った。昨夜、眠れないまま天井を見つめて考えた。この子は自分の力と向き合う権利がある。隠されたまま知らずに壊れていくより、真実を知った上で選ぶ方がいい。前世の自分は——過労の危険を誰にも言われないまま、気づいた時には手遅れだった。同じことは繰り返させない。
リリアーヌの顔から血の気が引いた。ナターリアの手を握る力が強くなったのが分かった。しかし——目を逸らさなかった。
「……わかりました。つまり、力を使わなければいいのですか」
「使わないことが理想ですが、覚醒が進んでいる以上、完全に抑えることは難しい。エミル殿」
エミルが頷いた。
「聖光草を緩衝材として使う方法を研究中です。力を直接放出するのではなく、聖光草を介して緩やかに放出すれば、体への負荷を軽減できる可能性がある。母上の仮説ですが——検証が必要です」
「オルガさんに聖光草の煎じ薬を作ってもらっています。暴走の後に飲んでいただいたものです。あの薬が効いたかどうか——リリアーヌさん、体調はいかがですか」
「薬を飲んだ後は……楽になりました。体の中の圧力が、少し下がったような感じがしました」
エミルがメモを取った。煎じ薬に効果がある可能性。まだ一例だけだが、母の仮説を裏付ける最初の証拠だ。
「対策をまとめます。第一に、教会騎士団への法的防壁。辺境条例の正式施行と、近隣領主との連携」
「ザールフェルトのリントベルク領主には既に打診している。条件付きだが、協力の意思を示している」
ギュンターが報告した。
「第二に、レオンハルト殿下への書状。教会の動向と、王権による裁判拒否の可能性について相談します。エミル殿の分析では、百五十年前に王権が教会裁判を拒否した先例が一件ある。この先例を活用できるかどうか、フリッツ殿に文献調査を依頼しています」
「第三に、リリアーヌさんの力の制御訓練。エミル殿とオルガさんの指導で、暴走を防ぐ方法を模索します。聖光草の煎じ薬に一定の効果がありました。これを基に、制御訓練のプログラムを組みます」
「第四に、情報戦。教会がこちらの状況をどこまで把握しているかを、逆にこちらも把握する必要がある。ギュンター殿」
「フェルディナント殿の情報網を全力で動かす。教会騎士団の出発日がわかれば、到着までの時間が計算できる」
四つの対策。法的防壁、王権の介入、力の制御、情報戦。どれも完璧ではないが、何もしないよりましだ。
ここまで話した時、ナターリアが手を挙げた。
「姉上。もう一つ、対策があります」
「何ですか」
「私が——父上に手紙を書きます」
会議室が静まった。ナターリアが父に逆らって辺境に来たのは、つい先日のことだ。その父に、自分から手紙を書くという。
「父上は公爵です。教会と直接交渉できる数少ない人間です。私が辺境にいることを——交渉材料にすれば、教会の動きを牽制できるかもしれません」
「ナターリア。あなたを交渉材料にするつもりはありませんわ」
「交渉材料にするのではありません。私の意志で、父上に伝えるのです。私はここにいたいと。リリアーヌさんを守りたいと。父上に頭を下げるのは嫌ですが——頭を下げることで誰かを守れるなら、下げます」
公爵令嬢の矜持と、守りたいものの間で。ナターリアは後者を選んだ。あの控えめな妹が——ここまで強くなった。
「ナターリアさん……」
リリアーヌが目を潤ませた。自分のために、公爵令嬢が父に頭を下げようとしている。その重さを、リリアーヌは理解している。
セラフィーナは少し考えた。ナターリアの提案には戦略的な合理性がある。公爵家の名前は教会に対する盾になり得る。しかし同時に——父との関係を再び開くことは、新たなリスクでもある。
「……わかりました。ただし——ナターリア、手紙の内容は私と相談してから決めましょう。父上に余計な情報を渡さないように」
「はい、姉上」
そしてセラフィーナ自身も——最も避けたかった選択を口にしなければならなかった。
「私も——父上に、手紙を書きます」
会議室が二度目の沈黙に包まれた。セラフィーナが父アルベルトに手紙を書く。婚約破棄以来、一度も自分からは連絡を取っていない相手に。ブレンナーの来訪で正面から拒絶した相手に。
ヨハンが小さく頷いた。この選択を待っていたかのように。ヘルガが目を伏せた。エリザベートの時と同じ光景を見ているのかもしれない。娘が、頼りたくない相手に手を伸ばす姿を。
「姉上……」
「大丈夫です。帳簿の貸方に、借りを作るだけですわ。いつか返します」
軽く言った。しかし声が僅かに揺れた。ギュンターだけがそれに気づき、何も言わなかった。
会議が終わった後、セラフィーナは執務室に戻り、便箋を広げた。ペンを手に取る。白い紙の上に、一文字も書けない。
父に何を書くのか。「助けてください」とは書けない。書きたくない。しかし「助けてください」以外の言葉で、教会への牽制を依頼する方法があるだろうか。
レオンハルトへの手紙は書ける。「共に戦ってほしい」と書ける。しかし父には——何と書けばいい。
ペンを置いた。インクが乾いていく。白い紙の上に、一滴のインクの染みだけが残った。
ヘルガが茶を持ってきた。セラフィーナが便箋の前で固まっているのを見て、何も言わずにカップを置いた。そして——小さな声で言った。
「エリザベート様も、手紙を書くのが苦手でした。特に——本当に大事なことを伝える手紙は」
「……母もですか」
「ええ。修道院を追放された時、家族に事情を説明する手紙を三日かけて書いておられました。何度も書き直して、最終的に——たった二行だけ残したそうです」
「何と書いたのですか」
「『私は間違っていない。しかし許してほしい』と」
間違っていない。しかし許してほしい。相反する二つの言葉が、一つの文に収まっている。母の手紙も——きっと震えていたのだろう。
セラフィーナはペンを取り直した。白い紙を見つめる。父の顔が浮かぶ。冷たい目。しかしブレンナーが言った「愛し方がわからなくなった」という言葉も浮かぶ。
窓の外で、日が傾き始めていた。ナターリアが中庭で、リリアーヌと何か話している。二人の少女が笑っている姿が見えた。この笑顔を守るために——プライドを捨てなければならないなら、捨てる。
ペンが、紙の上を滑り始めた。




