告発——大司教の論理
傍聴席百二十の全てが埋まっている。教会関係者が左寄り、貴族が右寄り、一般傍聴人が最後列。石造りの壁に声が反響し、ざわめきが渦を巻いている。ステンドグラスから差し込む朝の光が、法廷の中央を照らしている。
セラフィーナは被告席に立った。
左腕を吊ったまま。右手に帳簿を抱えて。隣にヨハンが立っている。従者は被告席に入れないが、柵の外で手の届く距離にいる。
正面の裁判官席に三人の王国裁判官が座っている。中央の裁判長は白髪の老人だ。王国の最高法官ライナルト・フォン・クラウゼヴィッツ。教会にも王権にも与しない中立派として知られる。
原告席に大司教クレメンスが座った。白い法衣に金の刺繍。七十代の痩せた老人だが、目が鋭い。その隣に教会の法律顧問——商務大臣ハインリヒ・ノーヴァル。カーティスの父だ。教会と商人の結託が、席の配置で可視化されている。
弁護側にはレオンハルトが座っている。王太子の正装。金の王冠はない。しかし王家の紋章入りのマントが、彼の立場を示している。その隣にフリッツ。書記官の役割を兼ねている。エミルは証人控え室で待機中だ。
傍聴席を見渡した。昨日、父がいた最後列の席は空いている。いや。中央通路の端に立っている人影がある。父だ。席には座らず、通路に立っている。どちらの側にも属さないという意思表示か。
被告席の柵は腰の高さだ。木製。前世の法廷ドラマで見たものより低い。しかしこの柵の内側に立つだけで——犯罪者になる。まだ判決は出ていない。しかし法廷の視線は既に有罪を前提にしている。教会の関係者は蔑みの目で、貴族たちは好奇心と恐怖が混じった目で、一般傍聴人は不安な目で被告席を見ている。
深呼吸した。肋骨が痛んだ。しかし痛みは覚醒させてくれる。痛みがある限り、自分は生きている。生きている限り、戦える。
裁判長が槌を打った。石の壁に音が反響し、ざわめきが止んだ。
「これより、王国評議会の承認に基づく公開裁判を開廷する。原告、聖光教会。被告、セラフィーナ・フォン・ヴァルトシュタイン。起訴状の読み上げを許可する」
大司教クレメンスが立ち上がった。痩せた体に不釣り合いな、よく通る声だった。
「王国法廷に申し上げる。被告セラフィーナ・フォン・ヴァルトシュタインは、以下の三つの罪を犯している」
法廷が静まり返った。大司教の声だけが響く。
「第一の罪。異端的知識の行使。被告は辺境ヘルムガルドにおいて、この世界に存在しない技術および概念を使用し、領地経営を行った。複式簿記、原価計算、先物取引、品質管理——これらはいずれも、聖光教会の教義書にも王国の学術文献にも記録されていない知識である。その出所は異端の源泉以外にありえない」
傍聴席がざわついた。しかし大司教は続けた。
「第二の罪。聖女の力の私的利用。被告は聖女リリアーヌを教会の正式な管轄から隠匿し、聖女の力を辺境の利益のために利用した。聖女は教会の守護の下にあるべき存在であり、一領主が私的に管理することは教会法に反する」
リリアーヌを「管理」と呼んだ。人を物のように。前世の上司が部下を「リソース」と呼んだ記憶が蘇った。人間を資源として扱う思考。教会も、ブラック企業も同じだ。
「第三の罪。魔獣災害の誘発。被告の辺境における行動、すなわち魔力脈への介入、封印装置への接近、聖女の力の無秩序な使用が、北方の魔獣を刺激し、千体を超える大規模災害を引き起こした。六名の領民が死亡した。この責任は被告にある」
六名の名前が脳裏を過ぎった。ハインツ。ゲルト。フリードリヒ。ベルンハルト。コンラート。ディーター。あの人たちの死を自分のせいだと言うのか。城壁を守り、魔獣と戦い、命を懸けた領民たちの犠牲を——「天罰」と呼ぶのか。
怒りが込み上げた。しかし——堪えた。前世の監査対応で学んだことがある。怒りを見せた瞬間に、相手のペースに嵌まる。冷静に。数字で。事実で。
大司教が着席した。裁判長が原告側の証人を呼んだ。
「第一証人。教会記録官テオドール」
痩せた中年の男が証言台に立った。手に分厚い革表紙の書物を持っている。教会の歴史記録だ。
「証人。証言を」
テオドールが書物を開いた。
「聖光教会の記録によれば、過去三百年間に三名の『異界の魂』が確認されています」
法廷が再び静まった。
「一人目。二百七十年前。南方の行商人カスパール。突然、この世界に存在しない言語を話し始め、異常な知識、金属の精錬法や遠方との通信手段を示した。教会は異端審問の上、火刑に処した」
火刑。その言葉が法廷に落ちた。傍聴席の誰かが小さく息を飲んだ。テオドールは感情を込めずに読み上げている。事実の記録として。しかしその事実は人の命だ。カスパールという名前の人間が、異端という烙印を押されて焼かれた。二百七十年前に。
「二人目。百八十年前。東方の聖女の側近イレーネ。聖女に仕える修道女であったが、聖女の力の制御法について教義にない知識を示した。教会は精霊の憑依と判断し、火刑に処した」
聖女の力の制御法。リリアーヌに教えたことと同じではないか。セラフィーナの背筋が冷えた。百八十年前のイレーネは、自分と同じことをして——焼かれた。
「三人目。百二十年前。北方の学者ゲオルク。王立学術院に所属していたが、『未来の技術』と称する知識を論文に発表した。教会はこれを異端と断じ、学術院から追放の上、火刑に処した」
三名とも火刑。三百年間の前例。法廷の空気が——重くなった。傍聴席の一般人が顔を青くしている。セラフィーナが四人目になるかもしれない。
「以上の記録が示すように、『異界の魂』は教会の教義において禁忌とされています。被告の知識は——これら三名の異界の魂と同質のものであると、教会は判断いたします」
テオドールが着席した。法廷にざわめきが広がる。
裁判長が続けた。
「第二証人。カーティス・ノーヴァル」
カーティスが証言台に立った。仕立ての良い商人の衣装。自信に満ちた笑み。前世の佐藤凛が嫌いだった——「成果を横取りする上司」の顔だ。
「証人。証言を」
「私は商業ギルドの一員として、辺境ヘルムガルドの経営手法を観察してまいりました」
カーティスの声は滑らかだった。商人の弁舌だ。
「セラフィーナ嬢が辺境で使用した手法は、明らかに異常です。第一に、複式簿記。これは王国のどの商人も使用していない記帳法であり、商業ギルドにも王立学術院にも記録がありません。第二に、原価計算。原材料費、加工費、輸送費を分離して計上する手法。これもまた、既存の商慣行には存在しません。第三に、先物取引。将来の価格変動を予測して契約を結ぶ概念。これは王国の法体系にすら定義されていない行為です」
セラフィーナの目がカーティスを見つめた。かつて自分の手法を「辺境の小娘の商売ごっこ」と嘲笑した男が、今度は「異端の証拠」として同じ手法を法廷に持ち出している。攻撃の方向が変わっただけだ。商人として潰せなかったから、教会の力で法的に潰そうとしている。
「これらの知識は、この世界のどこからも学べない。つまりこの世界の外から持ち込まれた知識です。セラフィーナ嬢が異界の魂であるか否かはともかく、その知識が異端の源泉に由来することは疑いようがありません」
カーティスが微笑んだ。自信に満ちた、勝者の笑みだ。前世の上司が部下を追い詰める時の笑みと同じだ。
レオンハルトの拳が膝の上で握りしめられているのが見えた。怒りを堪えている。フリッツが主人の肩に手を置いた。今ではない、と。
しかしセラフィーナは微笑み返した。帳簿を抱えたまま。右手で帳簿の角を撫でた。この帳簿の中に——カーティスの論理を覆す数字がある。北方警備費の不正流用。教会が三十年間辺境に流していた資金の記録。カーティスはその数字を知らない。
裁判長が次の手続きに移ろうとした時、大司教が立ち上がった。
「裁判長。もう一点、最後の証拠を提示いたします」
大司教の目がセラフィーナを射抜いた。
「被告人の母、エリザベート・ローゼンクランツ。この女性は聖光教会の修道院に所属していた元修道女です。聖女候補として認定されながら、教会の教義に反する禁制文献に触れ、追放されました。教会はエリザベートを異端の聖女として記録しています」
法廷が凍った。
「異端の聖女の娘が、異端の知識を持ち、聖女を私的に管理し、魔獣災害を引き起こした。異端は血に宿る。この法廷に立っているのは、二代目の異端者です」
血が異端を証明する。母の愛が娘を殺す根拠になる。
傍聴席がざわめいた。しかしセラフィーナの目は動かなかった。知っていた。エミルから聞いていた。覚悟はできている。
中央通路に立つ父の顔を——見なかった。見れば何かが崩れそうだったから。
帳簿を握りしめた。右手に力を込めた。
ヨハンが柵の向こうから、小さく頷いた。「大丈夫です」と言っているのか、「私はここにいます」と言っているのか。どちらでも同じだ。この男の頷きはいつも、必要な意味を全て含んでいる。
裁判長が閉廷を宣言した。第一日目は原告側の証言で終わった。明日、弁護側の反論が始まる。
法廷を出る時、もう一度だけ中央通路を見た。父の姿はもうなかった。
宿舎に戻る馬車の中で、エミルが眼鏡を外して言った。
「予想通りの展開です。教会は前例と血統で攻めてきた。つまり僕たちが用意した反論が、全て使えるということです」
「明日ですわね」
「明日です。帳簿の出番です」
セラフィーナは懐から蜂蜜菓子を取り出した。最後の一つ。六つ目。帰ってから食べるはずだった。
しかし今、食べた。甘かった。リリアーヌの手で焼いた蜂蜜の味がした。この味をもう一度食べるために、明日、法廷に立つ。
帰る場所がある。帰る場所を守ってくれている人がいる。だから戦える。




