逢いたい気持ち
いや、題名は、大好きなGLAYの歌からお借りしたんだけど……。
ふと振り返ると、自分も長く生きてきたことを知る。
長く生きてくると、自分の中にいろんな出来事が蓄積されてゆく。
楽しかったこと、つらかったこと、思い出したくもないこと、そして別に意味もない一場面。
人間とのつながりもそうだ。あの時にアイツと会って、あの時にアイツと一緒にあんなことをして……。
いろんなやつに出会って、望む望まざるに限らず、奴らは風のように矢久の周りを通り過ぎていった。
今なんてSNSでそんな懐かしい奴らとつながる機会も多くなっているのだろうけど、なんせこちとら"時代の孤児"だ、思い出は思い出のまま、頭の片隅にスナップされたまま、静かに時が過ぎるのを見守っている。
前もどこかで言ったけど、実際に彼らと会ったって、別に話すことなど何もない。
それでも会いたいヤツもいる。どうでもいい奴もいる。会いたくないヤツもいる。ぶっ飛ばしたいという意味で会いたいヤツもいる(笑)。
初恋のヤツとかにも会いたいなとか思う。まだかわいいだろうか。いやいや、『昔はオトメ、今はフトメ(太め)』よろしく、見る影もなくなっているだろうか(笑)。
あの頃言えなかったいろいろなことは、今なら言えるぞ、オマエには興味もないかもしれないが。
世話になった人、俺なんかを尊敬してくれたヤツ、一瞬しか会わなかったのに妙に息の合ったヤツ、絶対俺の事が好きだったヤツ(笑)……。
中にはバイクで死んじゃったヤツとか、冗談抜きに行方知れずとなったヤツもいるから、会いたいといっても物理的に無理なヤツもいるけど、この、「会いたい、どうでもいい、会いたくない」……この感情を持ってるのは何も俺だけではない。
振り返れば、誰もが都心を走る電車の時刻表のように、複雑に絡み合った人間関係をもっているはずだ。
それは俺が「会いたい、どうでもいい、会いたくない」と評価した無数の相手も持っている想いであり、ギャップは当然あってしかるべきなのだ。
俺が「会いたい」と思っていても、相手は「どうでもいい」と思っていることも、むしろ「二度と会いたくない」と思っていることもあると思う。
そういう意味での片思い(?)もいっぱいしているんだろうなと思いつつ、今も「会いたいな」と思える相手が、遠い空のどこかで「矢久に会いたいな」と思ってくれていたらいいなと思う。
同時に、「会いたいヤツ」に「会いたいな」と思われるような人間でありたいとも思う。
さぁどうだろう。どうだっただろう。俺が通った軌跡に、「アイツに会いたいな」はどれくらい転がっているのだろう。
何の得にもならないけど、その数が多いほどに、すこし、嬉しくはならないか?
会いたいなと思ってくれる相手にまた会った時、ガッカリさせる俺でないように……ということも含めて、俺は「会いたい」と思われる人間でありたい。




