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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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俺に感激をくれ

 「作品の"面白い"は夢中になることだ」と前々稿『迷子の最中に拾ったもの』で述べたが、「じゃあ私はどんなものなら夢中になるか」ということが、私の中での次のテーマとなった。

 人がなにを面白いと思うか。……前回の結論は『その物語を如何に信じられるか』だったが、これは"面白い"の分析としては根底にあるものでしかない。

 『いずれにせよ、その個人基準をクリアして、その物語の信者となった時、そこから初めて『面白いかどうか』が決まるわけだ。』と述べたとおり、そこから先が、本当の"面白い"に関わってくる要素なのだと思う。それは何かと自問する日々だ。


 これも前回、書き連ねた部分にヒントがあるとは思う。

『読者ごとに持つ趣味(好きな世界観)だったり、気を引く展開だったり、リズム感だったり、気の効いたセリフだったり、文章力だったり、薀蓄の量だったり、奇抜で愉快な設定だったり……』

 他方、とあるブログには

『物語の面白いとは、読者の思い通りになることだ』

 というニュアンスの内容を見つけた。

 これはこれだけを聞けばまったく釈然としない結論だが、書き連ねてあった読み下せば、それは確かに"面白い"のための一つの要素なのだろうと思う。

 てか、興味があれば見てみればいい。これ、リンク張ってもいいんだよな?

https://monosai.com/main/1-omosiroi-toha


 物語を読むことによって胸が透いた。その世界に浸ることによって普段の自分を遠くから眺めることができた。さまざまな知識が身につき有意義に思えた。

 流行りモノやそれに準じた世界は読んでいる読者が多いから、ファン同士で熱く語れるのがいい。自分の欲を主人公が実現することによって疑似体験できる部分が興奮する。

 たぶん、読後の読者の心理で、面白いというものに当てはまる理由はこういうところなんじゃないか。


 あるいはもっといっぱいあるのかなとも思う。

 例えばカクヨムには自主企画というちょっとユニークで、それでいて不毛なシステムがある。

 ユーザーが自分の読みたい作品をリクエストするのが本来だと思うのだが、半分くらい自作のアピールやアクセスアップを目的として収拾のつかない無法地帯だ。

 それを見てると、「タグやジャンルで検索すればいいんじゃね?」というものも多いが、中には『中学生が主人公の作品』とか『エルフが出てくる話』とかを募集しているものもある。

 彼らは魔法を使って魔王を倒そうがいじめられて自殺してようが、中学生が主人公ならOKということなのだろうか。とすれば、その投稿者にとっての面白さは『主人公が中学生である』ということになるだろう。


 ともあれ、そういうさまざまな要素を並べながら、「じゃあ俺が面白いと思う要素って何さ」と思う。それを考え続けた挙句、最近気づき始めたのだ。

 私は、物語が自分の魂を揺らしてくれることを求めている。感激したい。迫力に押されたい。であれば、主人公が中学生だろうがエルフだろうが、ジャンルが異世界だろうが現代恋愛であろうがどうでもいい。物語を通じて何かに興味が沸かなくても、身につく薀蓄なんかカケラもなくていい。メッセージ性も必須ではない。

 ただ、魂と魂のぶつかり合いが見たいのだ……と。


 だからだ。とも思う。

 ナルシズムを承知で言わせてもらえば、自作品が好きだ。

 その好きな自作品は対外的に認められたことはないし、web小説投稿サイト内でも賛否の分かれる作品をたくさん描いてきた。

 でも私は、それらの作品のほとんどが、例え駄作と言われても好きだと思える理由が、そこにあることが分かったのだ。

 つまり、前稿『迷子』でも述べたが、自作品は自分のツボを押さえている。そしてその自分のツボとは私の場合、『魂と魂のぶつかり合い』であり、主だった作品にはほとんどにその要素が盛り込まれているのである。

 私が作品に感激する基準はまさにそこにあり、だから自作品の評価を甘く見積もり、他の意図を持って描かれた他作品に『面白いと思えない(前稿『迷子』より)』という判断をくだすのだ。

 ……そういうことに気がつき始めた。


 そして、私が最近の作品を『面白いと思えない』のなら、最近は魂がぶつかり合う作品というのがあるいは少ないのかもしれない。

 少ないというのはつまり、『皆の関心はそこにはない』ということが言えるのかもしれない。

 だから、私の作品がコンテストでは評価されない……いやもっと言えば、現代社会では面白くない作品なのかもしれない。

 翻って言えば、だから私に言わせると、コンテストの大賞作品が「なぜ大賞なのか分からない」。


 このギャップである。このギャップを認識した時、「じゃあグルメ系薀蓄モノ」にテーマを置いて描きたいか……と言われれば、私の食指は伸びそうにない。

 流行を追う(つまり、今の世の"面白い"の傾向を追う)のが、プロの作家に必須なら、『今の傾向が面白いと思えない私』はまた、自分がプロに向いていそうにない結論を導き出してしまって、途方にくれるしかないわな。


 ただ、せめて、言いたい。

「俺を感激させてくれ。技術とか演出とかそんな小細工じゃない。ジャンルとかキャラとか知識とかそんな表面的なものじゃない。俺の魂をぶん殴ってくれる、生きた作品を、俺にくれ」

 ……そういうのがなかなか見つからないから、私のような馬鹿が「最近の作品はうすっぺらい」と言い出すのだ。

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