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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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どうもいいことないって話の真相・・・かな?

ほんとかどうかは知らない。

あくまで矢久の仮説です。

 向かい風をジョギングすると、すげーきつい。

 だからといって、回れ右して、追い風側にジョギングをしても、別に楽なわけじゃない。押されている風に気付かない場合がほとんどだ。


 理系偏差値二十五の矢久でもその理由は分かる。

 向かい風に時速十キロで走って仮に風速が時速十キロなら、時速二十キロで走ってるのと同じ風が来るが、追い風で同じ事が起きても、相殺されて無風になるということだろ?

 分かるさ。分かる。だけど、追い風を走ってて得した気はしない。

 追い風を走ったことにある人なら、きっと分かってくれる話だ。

 ちなみに時速十キロについてツッコミ入れたい理系脳は「コイツは馬鹿だな」と思いながら黙って読んでくれればいいと思うよ?

 そういう話がしたいんじゃない。


 幸不幸もこの、風の中のジョギングに似ていると思う。

 自分の人生を振り返る時、「全然いいことねぇな」って思うとすれば、それはきっと、自分を押した追い風には気付かないからだ。

 時速十キロの風がたとえ一年の半分均等に追い風と向かい風として吹いていても、向かい風にしか気づかないのだとしたら、そりゃ「全然いいことねぇな」にもなるだろう。


 そもそも、人間は手元にある幸せには気付けない。なぜなら、自分の生まれ育っている境遇の中に当たり前のように存在しているからだ。

 例えば毎日テレビやインターネットが見られる事などは百年前はなかったわけだが、「便利な世の中になった」とか口にしても、それを幸運に感じたり幸せに感じたり、日々感謝する人間なんてなかなかいないと思う。

 それと同じように、当たり前のことは幸せにカウントされない。

 始めから金を持ってる奴は金を持っていることのありがたみに気付かないし、いい女と付き合えている奴はその幸運に普段気付かない。


 まったく贅沢なハナシで、そりゃぁ幸せに気付かなければ、不幸ばかりがクローズアップされるのも無理はあるまいって事なのだが、それとは別に、むやみに不幸の方が目立つように思える心理っていうものが、最近、人間の防衛本能に関係しているんじゃないかと思い始めたっていうのが、今日の話。


 例えば、過去を振り返ってみた時、"嫌だったこと"というのは具体的に覚えていないだろうか。逆にもう一度振り返ってもらった時、"うれしかったこと"というのは漠然としていないだろうか。

 いや、もちろんうれしかったことも鮮明にその時の状況を説明できることはあるかもしれないが、具体的に説明できる過去を並べた時、"嫌だったこと"の方が多くはないだろうか。


 実は、人間は"嫌だったこと"の方が、覚えておくべきことだってことなのかもしれない。それはなぜかといえば、嫌だったことを覚えておかないと、また同じ目に遭うかもしれないからだ。

 よかったことはいい。うれしいことなんだから。うれしかった記憶だけを残せば、それで人間は気持ちがいい。だけど嫌なことというのは「二度と嫌」だから「嫌だ」と思うわけで、二ノ轍を踏まないようにするために脳が具体的に覚えておくよう、働くのではないか。

 それはとりもなおさず、自分が自分を守るためだ。


 一方で、人間はよく、過去を美化する心理もあるらしい。

 つらかったこととか、そういうことは忘れて「あの頃はよかった」と思える印象を残そうと、脳が思うということなのだろう。

 実はこれも防衛本能で、つらかった、大変だったことを忘れることで、人間はまたチャレンジができ、それを「楽しい思い出」とするようだ。

 でもその「楽しさ」は、具体的ではない。漠然とした気持ちなのだ。理由は取りもなおさず、ちゃんと覚えておく必要がないからなのだろう。


 要するに、人は自分を守るため、

(強制的な不当)嫌だったことを、次は回避できるように覚えておいて、

(自分が望んだ困難)辛いことや大変だったことを忘れて、繰り返しができるようにし、

 できる限り、楽しかった記憶として残す。

 ……脳ってすごい。


 ともあれ脳の防衛本能が関係している気がする。

 実は、キラワレ者が、自分の嫌われている部分に自分で気づけないのも防衛本能なんじゃないかと思ったりするが、それはまぁ、またいつか別の機会に話をするとして、つまり、

「昔はよかった。最近いいことないなー」

 というのは、脳が作り出している記憶操作なんじゃないか。というのが今日の結論となる。脳が自分を守るために作り出す記憶の物語。自分の脳みそなんて完璧なわけがないから、ちょっと勘違いもしてしまう、自分だけのストーリー。

 それはある意味で、自分をハッピーエンドへと繋げていくための道筋を自分で造っていくことなんじゃないかとも思う。

 後は考え方次第で、幸せになるために、嫌なことを忘れないとも言えるわけだから、人間はその、嫌な記憶を自分を守るための武器なのだと思いながら、あまりそれに囚われず、未来に向かっていかなければ、せっかく脳みそがしてくれている配慮を無にしてしまうのかもしれない。


 いいことも実は結構起きてるんだ。自分が気づかないだけで。

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