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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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いつか名作を描くその日まで

 きれいな女優が歳をとってもきれいなのは、「いつでもいつでも見られている」という意識があるからだそうだ。

 その意識があるから努力をするし、人前でだらしない態度をとらないよう心がけるのだと思う。


 私の文章暦もいい加減長いが、「本格的にプロになりたい」と思ってから、ずいぶんと文章の程度は変わった。描く時に留意する点も変わった。

 意識も変わった。気にしなかったことを気にして、ずいぶんと臆病になった。

 しかしその臆病は、さっきの女優の例と共通点があると思う。

 見られているから、不安だから、より洗練されるのだ。


 よほどの天才でもない限り、名作を何作も描き続けることは無理だろう。私も、名作を描くまでにいくつもの凡作、駄作を叩き出すに違いない。

 しかし、それも含めてすべてを「見られている」という意識があってこそ、常に自分の最高点を保って、文章を描いていくことができる気がする。


 それは、足が速くなる過程にも似ていると思う。

 足を速くするには関連する筋力アップや、走る姿勢の矯正もそうだが、それ以上に100%で走ることを続けなければならない。

 100%で走らなければ、101%にはならないのだ。

 そして101%は101%になる瞬間、割合という観点では"100%"になるわけで、その100%でまた101%にする作業をくりかえし、足は速くなっていく。


 文章など、自分ひとりで描いていればいくらでも手が抜ける。

 しかし、他人に見られているとなると話は別で、彼らに「コイツの文章はこの程度か」と思われないよう、嫌でも全力を尽くさなければならなくなる。

 その気持ちが今現在での100%を生み出し、その連続が、101%を生み出すのであれば、「いつでもいつでも見られている」という恐怖に怯えながら、走り続けるのも悪くない。


 その上で、自分の100%を尽くした凡作、駄作を逃げずに並べていこう。

 そんなのが続けば人には見限られてしまうかもしれないが、その結果、もっともっと自分がぴかぴかになればいい。


 いつか名作を描くその日まで。

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