独りよがり
友達の、友達がガンらしい。
まだ若いのに、ガンはいくつかの転移を見せていて、決して楽観できる状態ではないと、友達は泣く。
僕も、その友達が泣くほどの友達に何かがしてあげたいと思った。
とはいえ、見ず知らずの僕が見舞いに行くのもおかしな話で、第一その人だって別にうれしくもあるまい。それより、なにかその子が元気になる方法はないか。
僕は歌が好きだ。
正直、感銘を受ける小説なんてめったにないが、感銘を受ける歌ならいくつも挙げられる。同じ文字を扱うものとしてこれではまったくダメなんだろうけど、僕は個人的には、日本は小説家よりも作詞家のほうが文章を扱うレベルが高いと思っている。
無知か?……なら、僕に感銘を与えてくれる文章がどこにあるのかを、誰か教えてくれ。
ともあれ歌が好きだ。
とりわけロックバンド『GLAY』が好きだ。歌詞の緻密さは文章家として尊敬に値する。
彼女に、GLAYの歌を送れば、あるいは病室で元気を得られるんじゃないか……僕は思った。
こんなの、独りよがりかもしれないけど、僕は思った。
僕は今日、すべての執筆活動をやめて、選曲をしている。
GLAYの歌ならすべてのCDを持っている。嫁も好きだから最近は自動的に買ってきてくれて助かる。
しかし選曲というものは難しいものだ。だいたい、その人とは会ったこともないわけだから、どんな曲調が好きかもわからないし、精神状態がどんなかもわからない。
何がヒットで、何がタブーかが、全然わからない。
もしかしたら、その人はもう長くないかもしれないのだ。
もちろん本人は生きたいと願っているだろうし、友達だって、その子がいなくなることは世界の終わりくらいに思っている。
そんな子の絶望を取り去って、元気付けて、勇気付けられるモノってなんだ。
……僕は文章を扱うのに、こんなに文章を扱っているのに、まるで無力だ。
僕はGLAYのすべての曲から、二十曲を選んだ。
ここから、CDを一枚にまとめるにはさらに削って、十~十二曲くらいにしなければならない。著作権?知らない。文句なら彼女の無事がわかってから言ってくれ。
GLAYは歌詞がいい。もし病室でCDが聞けないとしても、歌詞をワープロソフトで打って渡せば、きっと感銘を受ける場所もあるんじゃないか。入院というのはとにかく暇だから、きっと全部読みつくすんじゃないか。
まぁそれはあとでやるとして、その二十曲を最後まで聴いて厳選する。
曲順も大事だ。当たり前のことだけど、小説だって同じことが描いてあっても、盛り上げ方によって面白くもつまらなくもなる。
どこにアクセントを置くか。どの部分の歌詞を聴いてほしいか。
GLAYの歌詞で聴いてほしい部分はたくさんある。それを効果的に聴かすためには、きっと、同じ雰囲気をずっと続けちゃいけないのだ。
そして選んだ十二曲。僕が選んだ、亡くなってしまうかもしれないけど、生きたいと願う人に送る歌。十二曲。
そう思いながら、自分がそうであったらどう聴くだろうと思うと、この十二曲はいちいち僕の魂を揺さぶってくる。
きっと、本当にそういう場面に直面している人たちの気持ちなんて僕は全然わかってない。独りよがりで、自己満足の感情が僕を満たしているけど、一曲一曲、涙が止まらない。
人は、自分のために生きているのかもしれない。
他人の気持ちなんて、本当のところはわかってやれないかもしれない。
だけど、夢中になって、僕の知らない友達の友達のために費やした一日で、僕は、きっと、その人のためにできることのすべてを行った。
それは自己満足かもしれないけど、自分のためだけにすごした時間より、有意義だったんじゃないかなと、割と真剣にそう思っている。
そして僕にとっては小説も同じもの。
人が見たいものかは知らない。だけど、僕が一番いいと思うものを送り出して、知らない誰かの胸に響けばいいなと思って描き続けている。
それは独りよがりな感情でも、僕にとっては僕のための小説ではないのだ。
同じことなので、僕の作っているCDを彼女が実際聴いてくれるかは知らない。だけどこれだけは言える。
何でもいいけど生きてくれ。僕の友達を、泣かせないでやってくれ。
そんな祈りを込めて、その友達に、今から記録するCDを渡してみようと思う。




