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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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「愛」だろ? 「愛」

 最近、こんなことを言ってる人がいた。

「アマゾンプライムの個人番組がとにかく面白いんですよ。今、民放の視聴率ってどんどん下がってるみたいですけどしかたないと思います」

 民放は公共電波の意味合いが強いから、ヘタなことをするとすぐに大炎上を起こし叩かれてしまう。

「だから、遠慮ばっかりでつまんないんですよ。民放ってそのうちなくなっちゃうんじゃないですか?」

 これって、そういう主張自体はすでにかなり昔からあったものだと思う。「何を今さら……」かもしれないが、とはいえ、民放がこれから四半世紀くらいのスパンでも「なくなる」ってことを前提に生きられる人ってどれほどいるだろうか。


 現在、わたしは新撰組を題材に物語を提供している。

 いや、作品自体はもうずっと前に完成したものを改めて推敲してアップしているだけなのだが、彼らにもう一度触れる機会を得ているわけだ。

 新撰組と戦艦大和っていうのは実は似ていて、共に時代が大きく移り変わる時、過去の遺物を象徴し君臨した強力な武力であった。

 刀槍の時代が終わる朝に刀を頼みに戦った剣客集団と、大砲の時代が終わる夜に、世界最大の砲門を抱えて誕生した戦艦大和。……どうもこういう存在はいつの時代にもあるらしい。


 とにかく、常識というモノ、それ自体が、時代の向こうに追いやられていく瞬間というのは厳然と存在する。

 矢久は、小説家を目指している。小説で飯を食っていければと日々願い、そのため、現在は時間の許す限り、活字にまみれた生活を行っているし、「文学賞をとって名を売り、文章の仕事がえられるようにする」という、筋道としては正攻法を歩まんと努力しているつもりだ。


 しかしだ、しかし……小説の斜陽は、今や語るまでもない。

「え、そんなのしらねーよ」と思う方は、自分が触れているすべての娯楽に、活字が何パーセント含まれるかを考えれば、答えは自ずと出てくるんじゃないか。

 しかも、こんなところでこんなエッセイに巡り合うような方は、まだ活字に触れている方で、世間一般の方を平均した場合、そのパーセンテージはさらに大きく下がることは間違いない。


 そんな世の中。……民放さえ「潰れるんじゃね?」と囁かれるヨノナカだ。

 エンターテイメントが氾濫する昨今、小説が置いてきぼりを食らっている今の世で、出版社を頼みにする文筆活動は、本当に時代に合致するのか。


「言うても天下の出版社。まだまだ親方日の丸よ」

 という見方が大勢なんじゃないかと思う。

 しかし、新撰組が京都で誠の旗を掲げた時、だれが徳川幕府の瓦解を予想したか。剣客と言える新撰組幹部らが毎日鍛錬を行っていた頃、だれが「近代戦闘に刀はまったくの無力だ」と思ったか。

 ……時代の変遷というものは、突如、残酷に、努力を踏みにじっていくものだ。


「これからは銃器の時代です。刀剣では埒が明きませんよ」

 と言ったのは土方先生だ。彼はあっさり刀を捨てて、近代戦術を身につけて戦った。

 その柔軟さが矢久にはないが、しかし、文章を武器にするでも、戦い方というモノがあるんじゃないか。……そんなことを思ってしまう。

 アマゾンプライムの個人企画が評価される時代なのだ。「寄らば大樹の陰」ではない方法で自分の文章を広めていく方法があるんじゃないか。


「だから、こういうサイトがあるんでしょ?」

 と、今さら感ありありにため息をつく人もいるかもしれないが、youtubeにyoutuberはいても、このサイトに、なろうわー(謎)がいないところからも、サイトのシステムがそれを意図してないことはわかるはずだ。

 まぁ、市場も日本に限定されるし、小説じゃそんなに市場規模も大きくないのかもしれないが、何かそういう方法を探っていかないことには、矢久のような馬鹿は生き残れないような気がしてならない。


 ところで、日経新聞に、「カランコエの花」「カメラを止めるな!」という二作の映画が紹介されていた。

 共に小規模の公開から口コミとリピーターが人を呼び、館数も増やしつつロングラン上映に至ったそうだ。

 そのコラムの締めくくりに

『ネット社会の売り方の鍵は「愛」です』(日本経済新聞9月24日朝刊、春秋)

 とある。

 「愛」か。

 「愛」に、わたしがどれほどのご縁があるかは分からないが、とにかくわたしも執筆家として生き残りたいと願う以上、模索していかなければならない部分なのだろう。


 カシコイ生き方なんてもともとできないんだけど、このままだと新撰組になっちゃうかもしれないという危機感は、たえず絶えず……。

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