3
3
殺伐な気配と扉のあける音が、同時に聞こえた。
もしや村井が入り込んできた?
ユリは慌てて着がえを済ますと、玄関に目をやった。
ドアが開け放たれ、夕闇を背景にぎらぎらした目が四つ光っていた。ノブとテツだ。しっかり足で扉を押さえている。
なぜ? 彼らは昨夜、完膚なきまでに叩きのめされたはずなのに。
考えられなかった。いったい、どういう神経をしているのだろうか。また、母の入院費に苦心していた村井はどうしたのだろう。ノブとテツがやってきたから、怖くなって逃げ出してしまったのか。それにしても、こうまでしてつきまとう二人に感情を抑え切れなかった。
「人のくず! 一歩でも入り込んだら警察を呼ぶ!」
叫ぶと、目で動きを牽制しながら携帯の入っているバッグへ駆けよった。
だがその牽制も、叫びも、効果はないようだった。臆するどころかしたたかなノブは土足のまま廊下を走り込んできた。
「人をくず呼ばわりする前に、鍵を閉めるべきだったな」
ノブが背中を蹴とばしてきた。「ボタンを押さなきゃ繋がらないんだぜ、お嬢さま」
バッグから携帯を取り出すと靴で踏みつけ、倒れたユリを見下ろしたままテツに言った。「これからショータイムのはじまりだ。鍵を閉めろ」
ノブは携帯を拾い上げ、ゴミ入れに投げすてた。ついでカーテンを閉め、テレビの電源をオンにする。痙攣さながら口を歪めて笑い、音量を上げていく。
「ベッドへ運ぶんだ、テツ」
ノブは、隣の部屋にあるベッドを見つけると掛け布団をはぐ。履きっ放しだった靴を脱いだ。ジャンパーを床に投げすて、ベルトを緩めていく。「俺が先にやる」
「待てよ、それだけは嫌だ。絶対に譲らないぞ」
テツが、顔を真っ赤にして反論した。
「何を今さら言ってんだ。共有を了解したんじゃないのか」
「したよ。だけど順番を納得したわけじゃない」
テツが、ユリのそばへ近づいてきた。「俺が行きたくもない高校生活を続けられたのも、みんなこいつがいたからだ。それを先にやらないで譲ったとして、その間、俺はどう対処すればいい。横どりされたのと一緒だろ、惨めだと思わねえか」
「嫉妬か」
ノブが部屋の中に唾を吐いた。「俺だって一緒だ。こんな艶めかしい獲物を目の前にして、二番煎じはごめんだ。どけよ、ベッドへ俺が運ぶ」
ノブとテツが、ユリを料理扱いにして言いたい放題熱くなっている。
冗談じゃない。私の身体は、二人の料理でも道具でもない。ユリは、腹の底から噴き上がる怒りを覚えた。
まだ突き倒されただけで、どこも怪我しているわけじゃなかった。頭もしっかりしている。大の男二人相手に、素手で立ち向かっても敵うと思えなかったけど、捜せばどこかにきっと逃げ道があるはずだ。
それに真の愛を知って、他人に身体を征服させられるなんて死んでも耐えられなかった。ユリは懸命に打開策を考えた。
とノブが、ユリの心を読んだかに言った。
「俺が済ませたら、お前には好きなだけ時間をやる。それで文句はないだろ」
「好きなだけ? いいのか」
「ああ、溜まってんだろ。思いも欲求もな。だったら気にしないで十分楽しめ。俺はその間、ワインでも飲んでテレビを見てるから」
「分かった」
テツが、低次元の妥協案であっさり和解する。
すぐさまノブが動く。腰を屈めてユリの髪を掴んできた。引きずってベッドへ連れて行こうとする魂胆だ。テツと違って小男の部類、抱え上げる力はない。
打開策を考える間もなかった。ユリの思考は飛ばされた。それでも身体が反応していた。すくっと立ち上がると、無警戒のノブの股間めがけて右足を蹴り上げた。
が、いかんせん非力な女のキック。致命傷を与えるどころか、逆に脹脛を掴まれてしまった。
「ばかな女だ。動作が鈍くて、見え見えなんだよ」
残った左足を掬われると、あっというまに押し倒された。ぐいっと腰を引きよせられて圧しかかられた。
「ユリちゃんは、ここでテツに見られてしたほうが興奮するらしい」
ノブが、鼻を押しつけて耳に臭い息を吹きかけてきた。
ここで心を折ったら負ける。なおもユリは自由のきく両手でノブを殴りつけた。数発に手応えを感じたが、返されたノブの、たった一発の平手打ちで頭が朦朧として反撃ができなくなった。
「テツ、ぼさっとしてないで手を押えるんだ」
かすむ意識の中、テツによって両手の自由が奪われていく。
意識を取り戻したときスカートは脱がされていた。ノブが下着をずらして下腹部を撫でている。指を立てた。
「やめて!」
ユリは身体を捩って淫執な行為を阻止する。顔へ唾を吐きつけた。
その瞬間、すーと冷たいものが頬に張りついた。
「これが見えないようだな。何なら、大切な顔を切り刻んでやろうか」
昨夜目の当たりにした、刃渡り十センチのポケットナイフだった。ぺたぺたと刃の側面で頬を叩いてくる。抵抗する力が抜けた。
「テツ、セーターを脱がせろ」
ノブが命令口調で言い放つと、なぜかテツが素直に言うことを聞く。指先を小刻みに震わせながらセーターを捲る。
「お願いだから、やめて」
テツは哀願しても返答しない。代わりに口をだらしなく開けている。
露わになった紺色のブラジャー。その内側にノブがナイフの刃先を滑り込ませる。上に持ち上げた。命綱を切られたかのように紐が弾け飛んでいく。無防備な裸身、隠そうにもテツに腕を押えられているからそれも儘ならない。
「触っても、いいか」
テツが生唾を飲み込んでノブに聞く。もう完全に下僕同然だ。
「何だ、お前興奮しているのか。いいけど、この女、やたら抵抗してくるぞ」
「平気だ」
テツがユリの腕を、自分の膝の下に引き入れた。体重をかけて抵抗する力を奪うと、息を荒くさせて胸に手を這わしてきた。鳥肌が立った。
押しのけようと、左右に顔を振って暴れるのだが、それがテツをさらに興奮させたようだった。ユリの顔に下腹部を覆い被せる感じで、乳首に口を押し当ててきた。鼻の辺りにテツの硬くなったものが触れる。
けどそれは、すぐに痙攣するかに脈打った。テツが股間を押えて部屋の隅に走っていく。
「く、情けない野郎だ」
ノブが笑った。が、すぐに笑みを消して威嚇してくる。「俺を、テツと一緒にすんなよ」
敵が一人減ったと思ったが、ノブがそのぶん存在感を強める。荒々しく下着をはぎ取った。さらに両足を持ち上げ、大きく左右に広げられてしまった。
抵抗しようにも、足を持ち上げられて殴りつけることもできない。ユリは顔を隠すことしかできなかった。それは暴力の前に屈服したということ。慰みものを承諾したと、受けとめられてもしかたのない行為かもしれない。
こうなれば舌を噛みきり、喉に絡みつくことを願って窒息死するしかない。辱めを受けるよりは、そのほうが数倍まし。瞬時に決断した。
口の中で舌を前方へ出した。顎に力を込めた。
そのとき、ノブに異変が起きた。
とつぜんユリの足を投げ出すかに手を離したのだ。自身も膝からくずれ落ちて床に突っ伏した。首の後ろに小さな穴があいて、そこから血が噴き出していた。
何が起きたか分からなかったが、目の前に幽鬼のような村井の姿を見たとき、すべてが理解できた。この行為はユリを救おうとしたのではなく、自らの手で殺そうとしているだけだと。村井は、記憶ばかりか本性まで覚醒させた。
まるで別人。色白だった顔は死人のよう青白く、無表情。それでいて目の奥に怨嗟がこもっているのか、異様に赤い。ユリは竦み、動けなくなった。
硬直して動けなくなっていると、村井は、それまでの村井とは思えない身のこなしでテツの所へ走った。喉元にアイスピックを突きつけ、大音響で流れるテレビを消した。
一方、まだ事態を呑み込めていないのだろう、テツは喉元にアイスピックを突きつけられても尚呆然としていた。
「ノブを殺したのか」と、ゴキブリが床を這いずるような声で、情けなくつぶやいた。
「完全に死んだわけじゃない。が、脳に行くべき栄養が供給されていないから、時間の問題だろう」
村井が、ユリから視線を外さずに答えた。目が、少しでも動いたら容赦なく殺す。と、無言で脅迫していた。
「で、俺も殺すんだな」
「君に恨みはない。殺すつもりなら喋らずに、とっくに殺している」
思っても見ない返答に、死を覚悟していたテツが、恐る恐る首を上げる。
「じゃ、俺は殺されないんだ。生きていられるのか?」
「その通りだ。しかし生きるということは、ノブ殺しの共犯になるが、かまわないのだな」
「平気だ。俺はノブが好きじゃなかった」
「では、君が好きなのは誰だ」
義父が、テツを射すくめる感じでユリに視線を流す。それが何のためなのか理由が分からなかったが、あきらかにテツの答を誘引しようとしている。
「俺が好きな奴? もちろんユリだけだ」
テツは義父の術中にはまった。ユリの裸身を舐めまわしてきた。
「屈辱を晴らしたいか」
「そ、その気持ちは強い」
「なら望み通りにさせてあげよう。好きなだけ犯せばいい」
「それは、あんたより先にしてもいいと言っているのか」
「そうだ。私はノブとは違う」
その村井の返答で、企みのすべてを読みとることができた。一つは死体遺棄。テツを殺してしまえば、一人で二人ぶんの死体を処理しなくてはならない。だが性衝動を抑圧してテツに協力させれば、二つ目の企み、ユリを拉致することに神経を集中できる。
テツが顔を上気させてユリの所にやってきた。抱え上げてベッドへ連れていこうとする。
ユリは言った。「ちょっと待って、義父に聞きたいことがあるの」
テツが戸惑いを見せる。隣の部屋にいる村井へ視線を当て、答を求めた。
「いいだろう、話してみろ」
村井がソファーに座って悠然と言った。
仕方なくテツは、ユリをベッドに降ろした。それでも、いったん火のついた欲情を消せないのか、待ちきれない様子でそそくさと勝手に服を脱ぎ出した。目も下半身も、爛々といきり立っている。
ユリはそれを横目で流す。
「母は癌なの、ほんとうに入院しているの?」
「単に口実だ。病気も入院もすべて嘘。私とは一ヶ月前に離婚した」
ユリは、ほっと胸を撫でおろした。凄惨な状況の中で、たった一つだけど光明が見つかったからだ。
でもこの後、テツと村井に犯され、純二と圭を誘きよせる道具として、最後には殺されるのだろう。あの薄気味悪いアイスピックで。
「あなたは女子大生を殺した犯人ね。ノブと殺害の仕方がまったく同じだわ。それだけじゃない。あなたは、あの船に乗っていた」
ユリの詰問に、村井は思わせぶりに押し黙る。キッチンへ行って持ってきたのだろう、料理用のワインをグラスに注ぐ。
その沈黙をサインと受けとったテツが、ユリを押し倒してきた。乳房に口を這わせてきた。
ぞっとした。
そこへ、グラスに入ったワインを飲み干した村井が答える。
「質問に答えよう。二つとも推測通りだ」
「なら、あなたは残忍な狼。羊じゃなかったのね」
ユリはテツの行為を無視して、矢つぎばやに応酬した。ところが業を煮やして、もっとも敏感な部分に舌を這わせてきたテツに、ユリはぴくっと反応させてしまう。村井が見透かし、うすら笑いを浮かべる。
「私を臆病者だと、お前は信じきっていたのだな」
「どうして隠していたの」
襲う波をこらえて、冷静に言った。
「私は、いち早く覚醒していた」
村井が立ち上がる。リビングの境まで歩いてきた。やってきた。「薄々気がついていたようだが、四百年前、海難事故にあった船に私は乗っていた。それだけじゃない、お前と涼子が暮らす修道院に、私は出入りしていた。それを思い出したのは、涼子と関係を持ったからだ。そのとき四人に復讐をしなくてはいけない、という強い念に駆られた」
「なら母と再婚したのも、私を犯したのも復讐だったわけ」
「決まっている。ひたすら羊を演出して、油断させていたのだ。そうはいっても、十二歳のお前に溺れたのも事実だがな」
言葉をそこで切ると、村井はテツに耳打ちをした。ユリが喘ぎを我慢し、会話に没頭しているので白け、匙を投げ出していたのだ。
「言葉と身体は別物、本懐を遂げるのだ」
「分かった」
思い直すとテツは舌による愛撫を中断し、強引に挿入してきた。
ユリは村井を睨みつけた。涙が、連続的に頬を伝った。
村井はサディスティックに話を続ける。
「最初の妻を、事故に装い保険金を搾取した。工作資金にも事欠かなかった。何のことか意味が分からなければ詳しく教えよう。まず新田という男をその金で操り、純二を悪の道へ誘い込むよう指示した。あの銀行強盗事件だ。そこに後藤がいたのは偶然だったが、もっけの幸い。貴婦人だった麻美も死んだし、残るはジャンキーのくせに善人ぶる圭一人。あいつと私ではどこが違う。犯罪者にするだけでは飽き足らなかった。けれど、何て金の力は絶大なのだ。ノブをまるめ込んだら、テツがいいように動いた」
まさに衝撃。テツの激しい息づかいと腰を振り狂う動きで、村井の言葉が揺れた。そして揺れながら、一連の事件を演出した張本人の姿が、思いのほかくっきり浮かび上がった。




