背中を押す悪魔と、決死の誘い
衝撃のイメチェン降臨から、早くもお昼休み。
教室の空気は未だに落ち着く気配を見せていなかった。
「佐藤くん、購買行くの? 一緒に行こーよ!」
「ねえねえ、週末どこの美容室に行ったのー?」
イケメン化した航太の周りには、相変わらず興味津々の女子たちが集まってきている。
当の航太は「あ、ごめん。俺、今日はお弁当持ってきたから……」と申し訳なさそうに対応しているが、遠くからその光景を眺めている結愛の胸は、激しいモヤモヤで張り裂けそうだった。
(うぅ……分かってたけど! 航太がカッコよくなったらこうなるって分かってたけど……っ! なんであんな楽しそうに話してんのよバカ航太……!)
購買で買ってきた焼きそばパンをヤケ食いしながら、自席でガシガシと足を揺らす結愛。
そんな結愛の隣に、いつのまにかお弁当を持ったリオがスルリと腰掛けた。
「ふ〜ん……。結愛ぁ、そんな顔してパン噛みちぎってると、可愛さ半減だよ〜?」
「ぐ、ぐぬぬ……っ! リオ! ウチ別にどんな顔でもいいし! そもそも何にも気にしてないし!」
「へーえ? でもさぁ」
リオはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべると、航太の席を顎でしゃくった。
「ボサッとしてたら、航太きゅん、ホントに他の女子に持ってかれちゃうかもよ〜? ほら、隣のクラスの後輩ちゃんもチラチラ見てるし」
「〜〜〜〜ッッ!?!?」
リオの言葉に、結愛の背筋が跳ね上がった。
見れば確かに、廊下から隣のクラスの女子がモジモジと航太の様子を伺っている。
(やだ……っ! 絶対やだ! 航太はウチの……ウチの……っ!!)
「……悔しかったらさ、放課後、自分から誘ってみなよ。『今日、一緒に帰ろ』って。言える〜? テンパり乙女の結愛ちゃんに〜?」
「なっ……ッ!!」
語尾に煽るような音符を浮かべるリオ。
ギャルのプライドと乙女心が激しく衝突し、結愛の脳内でパチパチと火花が散った。
「い、言えるし! ウチを誰だと思ってんの!? 航太を誘うくらい、赤子の手をひねるより簡単な話だしーーーっ!!」
「お、言ったね〜? 楽しみにしてるよ、結愛ちゃん?」
リオがくすくすと笑いながら自分の席へ戻っていく。
残された結愛は、「言っちゃったぁぁぁぁ……っ!」と心の中で頭を抱えてのたうち回った。
◇
そして迎えた、運命の終礼後。
「じゃあ、日直は鍵閉めて帰るように。以上」
担任が教室を出て行った瞬間、結愛の心臓はBPM200を超える勢いで打ち鳴らされていた。
(どうしようどうしようどうしよう! 誘うって言ったけど、なんて誘えばいいの!? 『一緒に帰ろ』!? 言えるわけないでしょそんな可愛いセリフッ!!)
パニックで知恵熱が出そうな結愛の横で、航太が鞄を肩にかけて立ち上がる。
他の女子が話しかけようと航太に近づこうとした――その時。
(――今行かなきゃ、絶対後悔する……ッ!!)
結愛は机をガタッと鳴らして立ち上がると、猛ダッシュで航太の前に立ちふさがった。
「……っ!? 星野?」
突然目の前に現れた結愛に、航太が目を丸くする。
結愛は真っ赤な顔を極限まで引きつらせ、ぎゅっと両拳を握りしめると、教室中に響き渡る大爆音で叫んだ。
「さ、佐藤航太殿ッ!! 本日放課後、ウチと買い出しに……出かける許可を申請いたしますッ!!」
「……え?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
爆音敬語どころか、もはや出撃許可を求める兵士のようなセリフ吐き出してしまった結愛。
あまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤になり、その場で爆発しそうなほど震えている。
教室中の視線が二人に集まり、静まり返る教室。
(終わった……ウチの高校生活、完全に終わった……っ!!)
結愛が白目を剥いて逃げ出そうとした、次の瞬間。
「……え、本当に!?」
航太の顔が、見たこともないほどパァッと輝いた。
イメチェンした超絶イケメンの顔面で、まるで大きな犬が尻尾をちぎれんばかりに振るような、満面の笑みを浮かべたのだ。
「すごく嬉しい! どこでも行く! 今すぐ行こう!」
「っ……!? あ、ハイ……ッ!?」
周囲の女子たちが「え……佐藤くん、星野さんのお願いだとあんなに嬉しそうなの……?」と騒然となる中、航太は嬉しさを隠しきれない様子で結愛の腕(の袖)をそっと引っ張る。
「じゃあ行こう、星野!」
「あ……う、うん……(昇天)」
自分のためにイメチェンしてくれた無自覚イケメンからの、あまりにピュアでド直球な歓喜の反応。
結愛はもはや反論するキャパシティも残っておらず、真っ赤な顔のまま、航太に引き引かれるように教室を後にするのだった。
教室の隅でそれを見送るリオは、満足そうにジュースを飲み干しながらニヤリと呟く。
(へえ……『佐藤航太殿』ねぇ。ま、ちゃんと誘えたから合格ってことにしてあげようかな!)




