返事は鋭意作成中!?
ウチ——星野結愛の人生は、昨日の放課後に完全なキャパオーバーを迎えていた。
(〜〜〜っ! ウチのバカ! なんで逃げちゃったの……っ!?)
朝の通学路。5分おきにスマホを取り出しては画面を点灯させ、溜息をついて通学バッグに突っ込む。148センチの体を小さく縮こまらせ、不審人物そのものの挙動を繰り返しながら、ウチは一人で悶絶していた。
……原因は、昨日の放課後だ。
日誌事件の動揺を隠すため、ギャルのプライドをかけて航太(佐藤航太)に仕掛けた『ストロー越し間接キステクニック』。
照れる航太を「からかい」で上書きするはずだったのに、当の航太は照れるどころか、ウチのリップグロスがついたストローを躊躇なくくわえ、
『うん、甘くて美味しいな』
と、爽やかな笑顔でノータイムで吸い上げたのだ。
(〜〜〜〜〜っっっ!!)
思い出して、通学路のど真ん中で顔が沸騰する。
あの瞬間、脳内ヒューズが完全に飛んだウチは、
『明日の現文の授業のときに返事するからーーーっっっ!!!』
と口頭で叫び、全力疾走で逃げ帰ってしまったのだ。
(……って、そもそも『返事』って何!? 返事することをまだ求められてないのに、ウチ一人で何に対して『返事する』って叫んでんのーーーっ!?)
一人で勝手に仕掛けて、一人で勝手に撃沈して、一人で勝手に自爆して逃げた。恥ずかしすぎて死にたい。
そもそも、ウチがここまで航太を意識して自爆を繰り返すようになった最大の原因は、ウチの親友であり大切なギャル仲間——リオの存在だ。
見た目は派手でノリが軽いギャルなのに、恋愛事に関してだけは警察官並みに目が鋭いリオ。ウチが航太に密かに寄せている想いなんて、最初から完全に透けて見抜かれていた。
そして数ヶ月前、ウチが「航太との距離感が縮まらない〜」と愚痴っていた時に、満面の笑みでこう唆してきたのだ。
『女子から男子のペース握りたいならさ〜、下の名前で呼び捨てにしちゃうのが一番だよ? 今日から“航太”って呼びな!』
その言葉を真に受けて背伸びをし、勢いで『航太!』と呼び捨てにし始めて以降、ウチの心臓は毎回バックバクなのだ。今さら『佐藤くん』に戻したら意識してるのがバレそうで必死にキープしているものの、呼ぶたびにウチ自身がダメージを負うという謎の自傷行為になっている。
しかも恐ろしいことに、あのギャルは航太側にまで手を伸ばしていた。
昔はウチのことを「星野さん」と丁寧すぎる距離感で呼んでいた真面目な航太に対し、リオは陰で『男子から“さん”付けは距離感じるしモテないよ〜。せめて“星野”って呼び捨てにしなよ!』と吹き込んでいたらしい。
結果として、ウチが「航太」、航太が「星野」と呼び合う今の距離感が完成したわけだが……要するに、ウチたちは完全にリオの掌の上で転がされているのだ。
(ああもうっ! ただでさえ呼び捨てにするだけでもドキドキなのに、昨日みたいな間接キスなんて耐えられるわけがないでしょバカ!!)
(え、なんて言えばいいの!? LINEで送る? 直接言う? 正解の返事って何なのーーーーっ!?)
頭の中でぐるぐると不毛なシミュレーションを繰り返しているうちに、足は勝手に学校の昇降口へと辿りついていた。
「……うぅ、とりあえず靴履き替えて……落ち着けウチ……」
自分の下駄箱の前で足を止め、深呼吸をひとつ。
その時だった。
「ほ、……星野、おはよう」
頭上から、すっと聞き慣れた優しい声が降ってきた。
「ひゃいっ!?」
変な悲鳴を上げて飛び上がり、恐る恐る見上げる。
そこには、朝の柔らかい光を浴びながら、少し照れくさそうに微笑む航太が立っていた。身長差のせいで、ウチはかなり首を傾けないと航太の顔が見えない。
逃げ場、なし。
ウチの脳内シミュレーションが一瞬で全崩壊する。
「き、昨日は……その、気をつけて帰れた? 急に走り去っちゃったからさ…」
航太の、気遣いに満ちた気まずそうな苦笑い。
昨日のストローの記憶、逃亡の恥ずかしさ、そして「返事どうしよう」の葛葛藤が一気に頭の中でシェイクされ、ウチの自律神経は完全に崩壊した。
「お、おはよーございますっ! 昨日は大変申し訳ありませんでしたっ!」
「えっ」
直立不動。148センチの体を直角に折り曲げ、就活生並みの爆音敬語でおじぎをかます。
「へ、返事! 返事につきましては現在鋭意作成中ですので、いましばらくお待ちくださいっっ!!」
「えっ……あ、うん? えいいさくせいちゅう……?」
航太が目を丸くしてフリーズする。
言えた。言えたけど、ウチはいま何を口走った……!? お仕事している人へのメールか何かか……!?
あまりの恥ずかしさにその場で爆死しそうになっていると、後ろからヌッと伸びてきた腕が、ウチの首元にガバッと回された。
「お〜う結愛〜? 朝からなんで取引先に頭下げる新入社員みたいな爆音出してんの〜?」
「ひゃうん!?」
ニヤニヤ顔で割り込んできたのは、他でもないギャル仲間——リオだった。
リオはそのままウチの肩を抱き寄せると、至近距離でウチの真っ赤な顔をじーっと覗き込んでくる。
「……っていうか結愛、朝から様子おかしくね? 目泳ぎまくってるし、顔真っ赤だし……なんかあったな〜?」
「なっ……ななな、何にもありませんっ! 通常運転です!」
「へえ〜? 通常運転ねぇ?」
ウチの必死の抗弁をスルーし、リオはニヤニヤと楽しそうな視線の先を航太へとスライドさせた。
「ねえ佐藤〜? アンタ昨日、結愛に何やったの〜? この子、完全にキャパオーバーしてんだけど〜?」
「えっ、俺!? い、いや、俺は何もっていうか……たぶん、何も……」
航太は気まずそうに視線を泳がせ、そっぽを向いて耳の裏をかいた。
……待って、航太までそんなリアクションしたら余計に怪しまれるじゃん!
「ふーん……『何も』ねぇ?」
ふたりのリアクションを見比べたリオの口角が、凶悪なほど吊り上がる。
完全に見抜かれた。このギャル、勘が鋭すぎる……! 恋愛センサーの感度がバグり散らかしている!
「よし分かった。今日の昼休みは結愛を連行して尋問大会ね〜」
「い、言わないし行きませんーーーっ!! リオはあっち行っててくださいっっ!!」
「はいはい、顔真っ赤でかわいいね〜」
ニヤニヤしながらウチの小さな頭をぽんぽんと叩くリオと、それを見て思わず小さく吹き出す航太。
(うぅぅ……絶対に許さない航太のイケメン笑顔……! ていうか、今日の昼休みどうなっちゃうのーーーっ!?)
両思い(仮)になったはずなのに、ウチの平穏な高校生活は、昨日よりも遥かにカオスな音を立てて動き始めていた。




