第八話 厄介な護衛
「ハッ!」
教祖の護衛と思われる大柄な男が一度攻撃を止め軽い溜めを行った次の瞬間、教団本部の二階全てが吹き飛んだ。悠江は溜めが行われた時、何か仕掛けるつもりだと追撃を仕掛けたものの護衛の行動の方が一拍ほど早かった。
発生した衝撃によって教団の庭に吹き飛ばされた叶未と悠江の二人はそれぞれ分解した瓦礫や実体のある霧で攻撃を緩和しつつ、地面に着地した。
「無事ッスか、叶未さん?」
ちょうど南側の敷地に投げ出された悠江は自分が無事で叶未が無事でない訳がないと思いつつも、念のために安否を確認する。
「問題はないけど、今の何だろ?直前にちょっとだけ、黒い金属のなにかが見えたけど…」
自分にはほとんど見えなかったのに何で見えてんだこの人、とやや引き気味で叶未を見つめつつ霧で周囲を再度警戒する悠江。
叶未は元々の肉体強度の高さと瓦礫を圧縮して強度を高めて壁にしていたためダメージは最小限だが、悠江は霧で同じく壁を張って防いだものの完全には防ぎきれず叶未よりもダメージを負っている。
身体は十分動くためそういった意味では無事であるが、銃弾でも簡単には破壊できない強度の霧の壁が紙を破くように壊されたことが、悠江にとって問題だった。
(どんな攻撃だよ。久しぶりに貫通したぞ)
言葉に出さずにしかめっ面で心の中で悪態をつきながら、先ほどまで壁があったはずの二階から悠江と叶未を見下ろしている護衛と教祖を睨み付ける。
叶未は大鎌を構えて追撃を警戒している。
教団の南側にいる自分たちの背後から教団員が大勢迫って来ていることを悠江は察知し、背後を警戒しながらも高速で東から接近するもう一人の存在に安心して前方に集中する。
「やれやれ。肝が冷えましたよ。まさかあれほど接近を許すとはね。失態ですよ、鎧南君」
「よもや、これほどの手練れが殺しに来るとは思わなかった。一流の暗殺者でももう少し結界に手間取るぞ。よほど得物が良いのか」
教祖が気楽そうに話しかけた鎧南と呼ばれた大柄のスーツ姿の護衛の男は、下から出てきたことよりも守り切れないかもしれないと自分に一瞬でも感じさせた二人の力量に驚いていた。
結界も彼が用意した封武で、生物が触れれば感知可能であるはずだが結界に触れたと封武からアラート音が鳴った直後、叶未と悠江が立て続けに現れ、奥の手を使わざるを得なかった。
下から出てきたことについては穴でも掘ったのかと、まさかの正解を頭に思い浮かべていたがそんなものより相手の戦力が高そうだと憂鬱になりながら首を左右に揺らし、骨を鳴らす。
「四方の教団員達が攻撃を受けています。先ほど彼らが襲撃してきた時と同時に攻撃が始まりました。お仲間でしょう。下手に逃げるより君の近くにいる方が安全ですね。ということで私の安全のために迅速に彼らを片付けてください」
「人使いが荒いな。仕事じゃなきゃ差し出してる」
「私の能力に利用価値がある以上守ってもらえることはわかっていますので」
「嫌な護衛対象だ。さっさと済ませて逃げるとしよう」
「ええ、そうしましょう」
大柄の護衛、鎧南は教祖との会話を終えると二階から跳躍して降り叶未と悠江の前に着地する。
互いの距離は10メートルほど離れていたが鎧南の放つ威圧感に二人は気圧されていた。
そんな二人にお構いなく、鎧南はネクタイを緩めながら息を吐く。
「ふぅ。ガキども、仕事を増やしやがって。楽な仕事で済むはずだったのによ」
二人は自然と叶未が前衛に、悠江が後衛の形で位置を取り武器を持つ手に力が入りながら鎧南の動きを注視する。
「殺すぞ?」
鎧南の殺意を孕んだ一言を合図に二人は動き出した。叶未は勢いよく踏み込み、一気に間合いを詰め鎌を振るう。
悠江も射線に叶未が入らないように動きながら、圧縮した霧を銃弾として撃ち出す。
悠江の能力は実体のある霧を生み出し操るもので触れたものの感知や実体のオンオフも自在な上に、圧縮すれば強度を上げることも可能である。彼の銃も悠江自身が出来ない圧縮率で霧を圧縮し、攻撃手段とするためのもので、彼の重要な攻撃手段の一つである。
実質、リロードなしで無限に銃弾を放てるため残弾数の考慮は意味を為さない。
威力のほども通常の拳銃より高く、それが容赦なく鎧南へと放たれる。
そんな二人の同時攻撃を鎧南は一切動かず、対応した。
顔に向かって撃たれた弾丸と右肩から袈裟斬りの形で振るわれた鎌を、黒い鎧を出現させて防御しきる。
攻撃を放った二人は驚愕の表情を浮かべるが、叶未に対して容赦なく鎧を纏った左腕で拳が飛来すると、即座に叶未は後ろに飛んで攻撃を躱した。
悠江は間髪入れず霧でナイフを作り宙を舞うように操りながら、鎧のない部分を狙って飛ばすがすぐに全身が鎧で覆われ、霧製ナイフは簡単に弾かれた。
「やっぱ通らねぇか」
封武のサポートありきで霧の銃弾を圧縮、生成出来ているため牽制程度の圧縮率が低いナイフを放ったところで攻撃が通らないことは分かっていたものの、隙間を縫ってナイフを放ったというのに相手の反応速度が上回っている事実が彼を辟易させていた。
悠江は火力面については叶未の方が自分より上であることと自分にはできない大質量攻撃も可能であることを理解しているため、叶未の攻撃をサポートすることに専念することを決めた。
二人はアイコンタクトで会話すると叶未も自分がメインの火力を務めることを了承したのか一つ頷く。
とはいえ、言葉を交わす必要もないのは彼女らにとって結局のところいつも通りであるためだ。
無言の会話が終わると同時に鎧南の腕が鎧を継ぎ足しながら、二人に向かって触手のように伸びる。
先端が尖った形状をしている黒い鎧の触手は、弾丸に近い速度で悠江と叶未に迫るが二人は見切っていたのかその場を飛び退きやり過ごす。
途中で触手は角度を変えそれぞれを追尾するが、叶未は地面に触れて分解した岩や土を高密度に固めて防ぐ。
悠江は霧の壁を器用に、斜めに展開しながら身を屈め受け流す。
「ほう、なかなかやるじゃないか」
鎧南は伸ばしていた鎧を引っ込め、全身を黒く染めたまま二人を称える。
言葉の上では褒めているが、教祖を暗殺されかけた際に一戦交えた感触からこの程度はやるだろうと感じていたため、驚きはない。むしろ、仕事を増やされた分多少なりとも楽しませてくれねば困るというのが本心であった。
「叶未さん、あれ分解できないんスか?」
目線で鎧南の纏う鎧を指して尋ねる。
叶未の能力は無生物に限って叶未の理解の及ぶものであれば無制限に分解できるというもので、その補助のために分析能力を持った指環型封武を身につけている。
理解といっても叶未は感覚派なため、感覚的理解を手助けするために構成要素をわかりやすく彼女に伝えるという少々特殊な性能をしている。
また、分解したものは操作することが可能で地面の一部を分解して宙に浮かせてその上に乗ることも可能である。更には分解物を固めてある程度なら硬度を上げることも出来る。
そのため、悠江は叶未が鎧南の纏う鎧を分解していないことが不可解だった。だから、しないのかではなく、できないのかと聞いたのだ。
「さっきから何度か触れて発動してみてはいるんだけど出来ないんだよね」
先ほどから試してはいるとの発言を聞き、嫌な可能性を浮かべる悠江。
「じゃあアレはなんなんだって話なんですけど…」
言葉を言い淀む悠江。もしそうなら純粋な火力で攻める必要が出てくると嫌になってきて溜め息まで出てくる始末。
攻撃の威力なら叶未は分解が出来なくても十分高いが、それでも先ほど鎌が弾かれたことを思い出すと相手の鎧も相当な硬度あることが分かるため簡単には仕留められなさそうだと頭を掻く。
「何で分解出来ないか分かる?」
なんとなく悠江が自分の異線が鎧に通用しない理由に気がついたような顔をしていたような気がして、聞いてみる。
「多分ですけど、あいつの鎧は…」
悠江の発言を遮るように鎧南の攻撃が再び再開される。
今度は鎧を腕に重ね続け、肥大化させた腕を悠長に会話している二人に叩きつける。
大人一人程度なら簡単に握りつぶせそうな大きさの腕が地面に打ち付けられると、地面は大きく割れる。
潰されたかと思われた悠江と叶未だが、悠江があらかじめ霧の鎖を自分たちの後ろに発動させて左右に二人を引き、無傷でいられた。
鎖を消して周囲に霧を霧散させると悠江は苛立たしげに言葉を吐いた。
「軽々と腕を振るって…。鎧の重さはあいつには関係ないのかよ」
「質量も硬さも確かにあるのに本人は重さを無視して使えるって、結構無法だね」
戦いに楽しさを見出している叶未だが、相手の能力が出鱈目なことには同意を示した。ただ、鎌で簡単には斬れない相手は滅多に出会えないため高揚していた。
「重さを感じてないのは事実だが、色々と不便なこともあるんだぜ?」
肥大化した腕を縮小させて、元の腕の大きさまで戻る。
「次は接近戦いってみようか」
鎧南は言葉と同時にその場から、地面が爆ぜたかと勘違いしてしまいそうなほどの踏み込みで悠江に接近する。
「なっ!?」
「油断はいけねぇよ、兄ちゃん」
あまりにも速い接近に反応が遅れた悠江は鎧南から腹部に突き蹴りを放たれ、まともに喰らってしまう。
「トムくん!」
「よそ見すんなよ。寂しいじゃねぇか」
大きく後方に飛ばされた悠江を心配してそちらに視線が行っていると、それを見逃さず鎧南は叶未にラリアットを喰らわせようとするが、首と腕の間に鎌の柄を挟み後ろに飛ばされたものの防ぎきる。
「お前の方が骨がありそうだ」
気怠げな雰囲気は鳴りを潜め、鎧越しにも伝わってくる楽しげな様子を隠そうともせず拳を鳴らす。
対照的に叶未は仲間のダメージを急いで確認したいと感じ、真剣な表情で鎌を携え鎧南に向き直る。
鎧南は叶未から溢れ出る殺気に身震いを起こす。
「とんだ猛獣じゃねぇか」
二人がぶつけ合う殺気は火花さえも飛び散らせるほどに濃密なものへと変貌していた。




