第六十話 炎は燃ゆる
「この国最強の部隊。そこそこ楽しめたぜ」
焔に身を包んだ一人の男が積み上がった屍の山に目を向けながらただ一言呟いた。
高級料理店の料理の味がその店のホームページに載っている写真のイメージ通りであったかのような、そんな予想を超えなかったという感想を抱きながら。
男は負傷を負っていないわけではなかった。
天空護城騎士の上位数名の騎士達によって乗り込んだ者たちは掠り傷程度は受けて、所々に流血が見られた。
それでも、動きに支障をきたすほどではなく、むしろ適度な手傷が運動能力を活性化させるほどであった。
「ボス、流石に手強かったな」
パンダ帽子が油断ならないといった顔で声をかけた。
「ああ、前菜以上にはなった。だが、まだまだだ。蹂躙する価値まではなかった」
「そうかい。まあ、最後の守りがこれなら後は消化試合になりそうだな。ボスが次に満足できるタイミングは日本の国軍どもぐらいか?」
「まだこの国の王もいんだろ。噂じゃ、少数で一国を相手取ったって話…」
言葉が途切れた。
いや、途切れざるを得なかった。
彼らが騎士達を迎え撃った城の長く広い廊下の奥から何かが歩んできた。
「おいおいおいおい。なんだよこれ!」
血気盛んなはずのモヒカン頭の男も思わず冷や汗を流した。
背筋に走ったのは寒気どころではなかった。
全員が首に両手をかけられて絞められる幻覚を見た。
甘く囁く江戸の花魁のようであり、死刑執行を執り行う中世の処刑人のようでもあった。
「お取り込み中失礼致します」
至極丁寧な言葉遣いで異質な気配を感じさせる方角から来た人間とは思えなかった。
もしかしたら、その人物の奥に怪物が潜んでいて、話しかけてきたのは調教師か何かではないかと錯覚させた。
しかし、すぐにその思い違いは訂正される。
「侵入者の皆様方、どうかお帰りくださいませ。道が分からないようでしたら、僭越ながら、道先案内人は私めが務めさせていただきましょう」
「へぇ?地獄への、かい?」
デオルグは挑発的に唱えた。
ゆったりとした足取りで歩いてきた人物にようやく光が当たり、姿が窺えた。
それは、老紳士のゲオルムであった。
「こんなじいさんが?」
恐ろしいまでの気配の正体が線の細い老体であったことは、驚きの対象であってパンダ帽子も見間違いであろうと思い直そうとした。
だが、依然として漂う異質な空気は変わらず、むしろ老人が一歩進む度に強まっているようであった。
「お前ら、油断するな。数の優位なんて頭から追い出せ。死ぬどころじゃ済まないかもしれねぇぞ」
デオルグが警告した次の瞬間、並んで立ち竦んでいたモヒカン頭とパンダ帽子はそれぞれ左右に吹き飛ばされた。
「ふむ、私も些か衰えが過ぎますな。速度がなかなか乗りませぬ」
「化け物が!」
炎の出力を一段階上げたデオルグは相対す老紳士に言葉を吐き捨てた。
「失礼な方ですね。私は私よりも化け物を少なくとも二人は知っておりますぞ」
「ああ、そうかよ!」
無作為に炎を振りまいて牽制とする。
一帯が熱を帯びて景色が揺らぎを覚える。
炎に包まれた廊下だが、焼けた人間の身体が見受けられなかった。
床を蹴り、壁を蹴り跳躍した先が天井でデオルグの頭上で天地逆さに彼を見上げながら、そのまま更に天井までも蹴り、音もなく接近する。
その僅かな移動の時間に服の内側からナイフを二本一対で両手に構え、首を刈り取ろうとする。
一撃の内に敵を葬らんとする無慈悲な刃であった。
「ッ!」
首筋に刃の煌めきが迫り来る直前、デオルグはゲオルムの方へ振り向いた。
確かに音はなかった。それでも、デオルグが備えた強敵へのセンサーや熱への感知能力、そして図らずも本来なら虫のような繊細な感覚を有していても気付かぬほどに隠された異質な気配を、デオルグは戦への渇望という名の本能で察知した。
そして、炎を身体から全方位に向けて勢いよく発散させることでナイフを防いだ。
「ふう。危ないですな。その炎、並の炎使いと比べても見事に出力もその威力を操る能力も流石に高いですな。しかし、それだけでは私を倒すことは出来ませぬ。それはお分かりでしょう?」
デオルグは黙することを肯定の意として、今までの戦いとは比較にならないほどに全身から警戒をにじみ出している。
「まあ、私も炎に阻まれていることには変わりません。膠着状態ですな」
「なら大人しく回れ右しやがれ」
「本当はそうしたいところですが、我が主がそれを許してくれそうにもないもので」
「じゃあ、死ね」
炎を高圧縮した戦車砲弾をその場で作り上げゲオルムに向かって撃ち込む。
熱は近づいただけで肌を焦がすほどに熱く、受け止めればまず間違いなく火傷では済まないことは目に見えている。
熱に耐性がある炎系統の異線敷く者や肉体を鍛え上げた使い手でもひとたまりもないであろう。
勿論、ゲオルムがそれを正面から受け止めるはずもなく。
「ッ!」
地面をバターのように切り裂いて、床に使われている石材を蹴り飛ばす。
本来ならそれは砲弾でも意に介さない程度の妨害ではあるが、ここに使われている建材はやや特殊であった。
「ただの床が掻き消したのか?」
唖然としているデオルグ。
「ここは主の居城なれば、この程度の炎でどうこうなるはずないでしょう」
「なるほど。道理でこんだけ炎まき散らして溶けもしてねぇはずだ。城も能力の内か」
「想像にお任せします。さて、そろそろ終わらせましょうか」
二本の短剣を再び構えて腰を落とす。
デオルグはそれまでにない背筋が凍るほどの殺気を感じた。
ここが死地になるか、そう予感した次の瞬間には既に自分の最高温度を身体に纏わせ始めていた。
しかし、二人が衝突することにはならなかった。
「ッ!…ほう?」
「行け、ボス!」
「あんたにゃやることがあんだろ!」
最初の接敵で廊下の左右に吹き飛ばされたはずのモヒカン頭とパンダ帽子がゲオルムに襲いかかる。
意識が前方に集中していたゲオルムは咄嗟に短剣で攻撃を受け止める。
その僅かな隙にデオルグは走り出した。
敵に向かってではなく、城の奥地に向かって。
「逃がすと思いますか?」
「それは」
「こっちの台詞だっての!」
モヒカン頭もパンダ帽子もゲオルムの強烈な短剣を躱すのに全力を出しているが、隙を見つければ反撃を行う気概も見せている。
それが油断ならず、ゲオルムは格下二人相手でも剣を振るいはしても倒すには至っていない。
膠着状態に陥った一つの戦場を置いて、デオルグは駆ける。宝物庫に向かって。
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城を走り抜ける中でも兵士は残っていたが、全て蹴散らして先を進む。
目指すは宝物庫。その一点のみ。
蹂躙に必要なのはただ一つの宝。
確信できる情報は何一つ手に入らなかったが、なぜか予感はあった代物。
それさえあれば、彼は最早本国の言うとおりに動く必要は無くなる。自らの能力と組み合わせれば最大限のパフォーマンスを発揮する兵器のために国一つを襲いに来た。
それはもう叶うはずであった。
昨日までなら。
宝物庫は玉座の奥。
王の私室の更に先にある。
命を対価に情報を齎した部下によって位置は割れている。
代わりにその部下は情報を流した後、ローライによって粛正されたが。
厳重な警備を掻い潜ったのは無駄ではなかったということか、デオルグの走る姿に迷いはなかった。
デオルグは足で蹴り強引に巨大な扉を開け放つ。
その先には玉座があった。
「ふむ、賊がここまで入り込んだか。ゲオルムめ、衰えおって」
玉座には確かに誰かが座っていた。
そして、その傍らにはこの国の女王であるはずのリースヘリヤがいた。
「なんじゃ、リース。そんなに強張った顔をしおって」
「だって、敵がそこに」
「お主もまだ子供よの」
「そういう問題じゃ…」
「待て、そこのガキ。なんでそこに座ってる?」
忘却の少女は確かに玉座に座していた。
「己の城のどこに座ろうと妾の勝手であろう?」
「ああ?てめぇ何言ってやがる?」
「理解できぬのならそれでよい。そのまま眠るがよい」
突如、デオルグの両膝が床に付く。少女が行ったのはただ、手をかざしたのみであった。
「これは?!」
「あのおば様、一体何を?」
「この城は妾に呼応する。妾の威圧はそのまま敵への重石にもなるわけよ。…それよりリース、おば様はやめるように昔言ったはずだが?」
「はうっ!」
敵を入り口に侵入されながら、二人の間にはいや正確には少女にはまるで緊張感がない。
唯一、敵を威圧したのみでそれ以外は特に感情を膨れ上がらせることはなかった。
(この俺が、こんなわけのわからねぇモンで)
今まで出会ったどの人間とも異進生物とも違う理不尽な力に怒りを燃やしていた。
それこそ、本国から追放されるように日本に派遣された上、かつての仲間を人質にされ良いように使われてきたとき以上に。
「ふざ、けんな。こんな、とこで!」
「ほう?まだ立とうとするか。少し強めてやろう」
膝が地面から離れ始めたのを見た瞬間、少女は油断なくさらに重圧を強めた。
それはそのまま城内の重力につながり、再び敵を地に這わせる。
「これで貴様らの目論見も終わりじゃ。下でも何やらやってくれているようじゃが、そっちは妾の仕事ではない。あの坊主が健在ならどうにかするじゃろう」
「まさか、そっちも気付いてやがるのか。だが、どうでも、いい。おれ、は、おれ、のやりたいように、やる、だけだ」
「なんじゃ?」
再び、デオルグの膝が浮き上がる。
ただし、今度は全身に限界まで高めた炎の鎧を纏って。
「お前がどこの誰かは見当が付いた。理屈が合わねぇがそれは今はどうでも良い。伝説に会えて嬉しいぜ!」
全身の骨が軋みながらも立ち上がって玉座の上の少女を睨み付ける。
デオルグの周囲の景色が揺らめいている。
ローライやゲオルムと戦ったときより更に温度を高めた正に切り札。
「面白い!手ずから屠ってやろう!」
玉座から立った少女は拳を握りしめ高らかに笑う。
握られた拳は間違いなく華奢な少女のそれであったが、どんなに鈍い人間でもそこに籠められた力に本能が警鐘を鳴らすほどには危険な力を秘めていた。
生粋の戦人であるデオルグが気づかないはずもないが、それでも足から炎を射出させて少女に向けて突貫する。
(まだだ。ギリギリまで近づく)
高熱の炎は彼の征く軌跡に焦げた跡を付ける。
燃え盛る弾丸の如く迷いのない進みは、かつて愛した国との決別を表しているかのように己の道を進む彼の人生を彷彿とさせた。
玉座にて立ち上がり拳を構えながら迎え撃つ姿勢を見せる少女に対し、王の座から引きずり降ろさんとする炎の魔人が挑む。
互いの距離が近づくにつれて、少女の髪の先端が僅かに焦げる。
けれどそんなことを気にしている者はここにはいない。
ただ、純粋な力の権化のような華奢な拳と生半可な熱耐性では容易に溶かされてしまいそうな炎拳がぶつかり合う。
…そんな結果は訪れない。
「死ね!」
少女の振るった拳は直撃することなく空を切った。
衝突する直前にデオルグが左手から左に向けて炎を噴出して、右に避けたのだ。
そして、そのまま玉座の奥にある扉に向かって進みだした。
「…逃げるのか!貴様!」
少女にとっては久方ぶりの戦にして初陣であったからか、肩透かしを食らって怒りを露わにする。
対して、デオルグの頭は冷水を浴びせられたかのように比較的冷たく理性的だった。
感情の面では彼はもっと戦いを楽しみたいという思いが大きくあった。
しかし、目的達成が最優先であることは忘れておらずここで少女に拘束されているわけにはいかなかった。
少女はすぐさま玉座から足に力を込めてデオルグを追った。
彼女がいなくなった玉座にはその時の衝撃で極小のクレーターが形成されていた。
私室に繋がる扉を開け放ったデオルグは、侵入した部屋がただ広いだけで人の気配のない殺風景なものであることに一瞬違和感を覚えたが、構わず宝物庫への重厚な扉を目指した。
その扉を見てデオルグは異線で強引に破壊することが出来るものではないことを悟った。
そして、この国に纏わる歴史の更に深いところから推察されるある言葉が頭に浮かんで咄嗟に口ずさんだ。
合言葉でしか開かないことは事前に知らされていた。
古い金庫を流用しているため、音声認証や指紋認証はなく言葉さえ合っていればよかった。
それを知るのは本来の王だけであるはずだが、何故かデオルグには理解が出来た。
そこには彼の出自も関連しているが、それを彼が知ることは無い。
『忘れ去られた大地』
かつてたった一人でその地を作り上げた者だけが知る国の由来。
開け放たれた宝物庫の内部は煌びやかな宝から、埃を被った本、使い道のよくわからない家具や、形が歪な花瓶など多くの物が納められていた。
そして、その中央に鎮座するのは一振りの大きな杖。
デオルグは体躯の大きい方ではあるが、そんな彼と比べても杖の方が長いのではと思わせるほどの代物だった。
杖の先端は太陽を模した形状になっており、美術品としての価値を評価するなら少なくとも数百億円程度の価値は付けられるであろう美しさだった。
しかし、本質は芸術としての価値ではなく封武としての力だった。
「これが、永久機関『陽杖クランセルン』…。かつて世界のパワーバランスを変えたとされる兵器か」
「その通り。そして、貴様がそれを手にする未来はない」
扉の前で待ち構えていたのはデオルグに追いついた少女だった。
「お早い到着だな」
「全盛期ほどではないがな。さて、遺言は?」
「そうだな、とりあえず一服してから考えようか」
徐に煙草を取り出しながらゆっくりと歩いて、杖に近づく。
煙を口から吐き出しながら先ほどまでの必死さとは打って変わって、落ち着いた雰囲気を醸し出す。
その様子に眉を顰めながらも少女は彼を仕留めるべく、瞬く間に接近して手刀で首を刈り取らんとする。
「俺の部下にはなぁ、潜入用の能力を持った奴らもいるわけよ。穴を掘る奴とかな。まあ何が言いたいかというと…俺の勝ちだ」
ポケットに忍ばせていた発信器を取り出して見せながら突如として現れた直径三メートルほどの杖と共にデオルグは落ちていく。
穴の先はそのまま空が見えていた。
「なに!?」
突然現れた穴に少女は驚きながらも後方に跳び退いて落下を免れる。
「…なるほど、認識を改めねばな。流石に優秀な人材が揃っているではないか」
既に閉じてしまった下へ向かって伸びていた穴の方を見て独り言ちる。
デオルグは圧倒的強者から見事に勝利をもぎ取った。




