第五十九話 炎に巻かれて
「冗談だろ」
誰かが呟いた。
蠍の捜索に精を出していたはずの兵の誰かか、はたまた指揮を執っていたはずのライゼルであろうか。
いずれにしろ、その呟きがどれほど今まで自分達の想像が足りなかったのかを如実に表していた。
たかが、一介の賊を相手にしているに過ぎないとそういう思い上がりがいつの間にか相手を下に見ていたのかもしれない。
いわゆる、街そのものを破壊するほどのことはしないだろうと。
先のローライとの戦いの前に爆薬を爆破させたことは全員に周知されていた。
けれど、その規模が限度だとどこか侮っていた。
街、いや国中を爆破しながら剰え、富の象徴であるカジノタワーまでもが中頃から折れる形で倒壊している。
「分解させるだけじゃダメかな?」
足に極限まで力を込めながら、こちらに向かって倒壊してくるタワーに触れようと飛び上がる。
ライゼルがどうにか避難させようと指示を飛ばしているが、それでも犠牲者は出るだろうからなんとかそれを防ごうと建物そのものを分解しつつ、分解した瓦礫で落ちてくる人間達を受け止めようと空を蹴りながら加速する。
そんな彼女を援護しようと、霧を最大限広げながら、実体を持つソレを落下者を受け止めるために上空に漂わせていく。
それでも広げられる量にも限界があるため、全員を助けられるかどうかは二人にも分からなかった。
叶未もいくら分解物を操ろうとも、意識の外に居れば流石に助けることは難しい。
カジノタワーには大量の人間達が入場していたから、想像の及ばない人数が収容されていることは理解できた。
「厳しいッスね」
受け止めるのに十分な質量を残しながら、範囲を広げるのは至難の業でただ広げるだけならともかく、それを薄くしたのでは人間を受け止めるのには足りないため普段は動じずに対応を行うはずの彼でもここまでの規模になると焦りが見える。
「ここは我々の国です。お二人だけに任せるわけには行きません」
ライゼルは剣を突き立てると、地面が軟化され、それどころか周囲の建物にまで影響を及ぼし始めた。
「できるだけ、この一帯に集めてください。大丈夫、牙は出ませんので」
「そういうことなら!」
霧を更に広げながら取りこぼしがないように感知を最大限高める。
落下速度を軽減させる程度に霧の密度と質量を縮め、軟化した一帯に落ちてくる人間を集めるために動き出す。
全力で倒壊するタワーに迫り、空気を切り裂くほどの速さは弾丸を彷彿とさせた。
ただひたすらに、触れて分解し人を救うために。
辿り着けば、叶未は瞬時に触れて、カジノタワーそのものを分解し、その瓦礫を操りながら落下してくる人々を見える範囲で受け止めつつ、ゆっくりと下に降ろす。
認識外にいた人間については、悠江が霧で落下速度を緩めながらゆっくりと軟化した地面に誘導していく。
二人ははっきり言って、操作範囲の限界まで能力を稼働させている。
当然それに伴う疲労は通常時よりも計り知れないものではあるが、なんとか自分の任務だと奮い立たせながら力を行使する。
人々は最初こそ阿鼻叫喚をあげながら落下してくるカジノタワーに絶望していたが、分解され中の人々も無事に降ろされてきたのを確認すると混乱は収まったようであった。
一応、操りきれず降ってくる瓦礫も存在していたがそれらは、急遽集まった天空の国の兵達がそれらを破壊したり受け止めたりした。
無事に仕事を終えた叶未は仰向けになって瓦礫に身を預けながら、それを操って下に降りてきた。
「お疲れ様ッス」
「そっちもね。あー流石に疲れた」
「お二方、ありがとうございます。お陰で最悪の事態は避けられました」
ライゼルは合流して二人を労いながらも、険しい表情は残ったままである。
「でもまだ、終わりじゃないよね」
ライゼルのそんな様子を察してか、叶未はそう言った。
「はい。この混乱に乗じて何を成そうとしているのかは定かではありませんが、奴らがこれを仕掛けてきたこと以外考えられません。一刻も早く敵の行方を捜さねば」
「そうッスね。一回霧で探したいとこッスけどちょっと今は都市全体を包んでも混乱が激しくて見つけられる自信ないッスね」
「我が国の兵達も避難に人員を割かれており、また連絡も繋がらないので現場毎の対応を余儀なくされているかと思います。今ならどこで何をしようと対応が大きく後手に回ることは間違いないかと」
憂いを帯びた瞳で街の惨状を見ながらも、首都の兵達が避難を行っていることと指示通りに動いていることが功を奏して、どうにか被害を抑えられてはいるが敵が動き出せば、戦力を出すことが出来ないことを案じている。
その時、城の方角から一際大きな焔が目視できた。
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「先んじて向かわせた連中は上手く爆薬を設置しやがったな。おかげで歩きやすくなってやがる」
堂々と街の大通りの真ん中を歩きながら、朱色に染まった街の景色を悠々と眺めている。
後ろにはローライと共に戦った二人の男達が追従している。
「なあ、ボス。こんな大量の爆弾どっから仕入れたんだ?」
パンダ帽子の男が尋ねる。
「あ?そりゃお前本国に要請したんだよ。小型で高威力の爆弾寄越しやがれってな」
「それで応じるのかよ」
「空の王を落とす一世一代の大一番だからな、出し惜しみは無理にでもさせるつもりはねぇよ」
その笑みから何かを感じ取ったのか、肩を竦めながら後を追うパンダ帽子。
そこに、彼らの顔を見て何者であるかを悟った天空の兵が数名取り囲む。
「おい、貴様ら血吸いの大蠍の連中だな!大人しく投降してもらおうか」
一人の兵が勇んで忠告する。
「しなきゃどうなるんだ?」
デオルグはわざとらしく困り顔を作りながら視線で彼らを射竦める。
「ッ!ならば命は無いと知れ!」
「おー怖い。なら反撃しても、正当防衛だよな?」
「くっ!かかれ!」
「「「「おー!」」」」
デオルグはその場で腕を大きく振りかぶると、莫大な炎によって天空の国の兵士を包み込んで焼け焦がした。
「ったくよ。俺は無駄な殺生はしない主義なんだよ。そんな人畜無害な男を襲いやがって」
「ボス」
「なんだ?」
「笑顔、張り付いてますよ」
口では平和主義のようなことを言ってはいたが、その実負傷していた腕のリハビリとして十分な成果であると言わんばかりに笑みが溢れている。
「さてと。目的地はすぐそこだ。楽しく散歩を楽しもうじゃねぇか」
再び、大通りの真ん中を歩き出す。周りには逃げ惑う人々や炎に巻かれる人々が叫び散らしているというのに彼は一切の興味を示さず、民衆が逃げる方角とは逆向きに身体で押し退けながら闊歩している。
向かう先はたった一つしか無い。
否、その一つのためだけにこんな大騒動を引き起こしたのだ。
目的は複数あれど、最大の到達点はその一つのみである。
近づくにつれて、兵の数も増えていく。
そして、屍の数も増えていく。
門の前に立てば、最早精鋭のみが守っておりテロリストでも普通は容易に突破し得ない。
「止まれ」
「ここから先に通すわけにはいかぬ」
「いいや、勝手に上がらせて貰うぜ。あー手土産はないが、まあ欲しいモン手に入れたらすぐに立ち去るからよ」
「巫山戯るなよ。貴様らのことは知っているぞ。たかだか賊風情がこの先に立ち入れると思うなよ!」
「はっ結界の中から喚かず外に出て話そうや。なんなら、出してやるよ!」
業火が辺りに漂い始める。
「貴様、何を!?」
「ちょっと玄関壊すだけだよ!阿祓灼!」
空港の炎の槍とは比較にもならぬほどの熱量が天空の国の中心に位置する城を覆う結界を襲う。
「このじゃじゃ馬はここまで炎を高めると制御が効かねぇんだが、破壊力は十分でな。それに今はこいつもあるからな」
何らかの効果が付与されているであろうアミュレットを握りしめながら、焔の力を更に上げる。
凝縮はされていないものの、炎の巨人のように城を襲う様は実際に見たことのない神話の戦さえも思い起こさせるほどに激しく揺らめいていた。
爆破によって引き起こされたどんな炎よりも猛々しく燃えさかる姿は一瞬、人々の足を止めるほどに美しく力強く、けれど荒々しかった。
獣が獲物を喰らう姿にさえ見えてしまい、門番達でさえ動きを止めてしまった。
「や、やめ…」
言葉を続けることが出来ぬまま、呆然と見上げていた門番達は結界を侵食し続ける炎に目を剝きながら後方に退避した。
そのまま炎は結界と競り合い続けながら一度勢いを付けると一気に火炎は結界を破壊した。
「ふふ、はははははははは!」
最高の気分であることを隠しもせずに高笑いを続けながらデオルグは炎を収めた。
「城まで破壊しちまったら欲しいものが手に入らねぇからな。さあ、城へ入ろうか」
ゆっくりと歩を進めながら、彼は睨め回すように城の外観を見ている。
城の入り口を炎の拳で大胆に破壊すると、真っ直ぐに廊下を歩んでいく。
「流石に歓迎してる訳ぁねえか」
城から感じる赤い色は、攻撃的なサインを表しておりそれ以上侵入すれば命はないぞと言わんばかりに警告を促していた。
常人ならばその色を見た段階で進もうとは思わないのだが、ここに来ている三人はそんなことはお構いなしだ。
「わざわざ国を上昇させて混乱させてくれたから歓迎の準備でもあるのかとも思ったが残念だ」
自分達のために、国を空に一気に進ませたのだと傲慢にも喋り続けるが、依然として城は最早殺意に近い唸り声ならぬ色を発していた。
そこに天空の国の中でトップクラスに位置する集団、天空護城騎士が道を塞ぐ。
「そこまでだ。陛下の命により侵入者を制圧する」
一人の年若い騎士が前に剣を掲げ、睨み付けた。
「いいねぇ。最高峰の騎士の集団なんて、英国ぐらいでしか見かけないからな、楽しませて貰おうか」
「ボス、いつの間にか背後にも回られてるぞ」
モヒカン頭が冷静に告げる。
「城も味方ときたか。全部で大体五十ってとこか?劣勢は望むところだ」
デオルグの周囲は熱が異常に密集していた。




