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リーディア  作者: シュタイン
第一章 復讐を担う者
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第五十八話 鷹のように、蝶のように

 二頭の鷹が空を舞っている。

 それほどの力強さを有する跳躍は瞬きをする間に、次の建築物の屋根に飛び乗る。

 翼持たぬ存在であるはずなのに、羽ばたきが視覚に見え始めてきた。

 羽は舞い落ちてはいない。風に乗ってはいない。

 ただ、ひたすらに跳躍している。

 そこにはどこか優雅さすらも感じられ、蝶が宙を舞う姿すらも連想させた。

 力強さと浮遊感のある優雅さが同居するという矛盾。

 けれど、それを成り立たせているのが現状であり同時に動きそのものに、つい目を奪われてしまう程であった。


 血吸いの大蠍(ブラッドスコーピオン)の面々を捜索している悠江と叶未の後方から、ライゼルは追尾しながら、後方から食らいつくように建物を渡り、駆け抜ける二人に追い縋りながら必死で足に力を込める。

 一切の余裕はライゼルにはないが、それでも二人の流麗な形での走りは特殊な訓練でも受けたのかと思わず考えてしまうほどには視線を吸い寄せられ、そして次に最速の動きを実現させているのはある意味で模範的な身体の動かし方にあるのだろうと推測した。

 純粋な身体能力ではそこまで差はないと思いつつ、訓練不足を彼は悔やんだ。


 実際、悠江と比べれば大きな差はないだろう。

 引き離されているのは、能力の併用と脱力と力みの技量が純粋に高いということにある。

 影守隊の所属であれば基本的には武術の手ほどきは受ける。

 悠江は受けた相手が多少特殊ではあるものの、他の隊員と同じく求められる水準の最低限の技術は満たしている。

 隊員の中でも生粋の近接戦闘者を前にすれば分が悪いが、大抵は中距離を主体としながらも近づかれようが対処できる。

 しかし、叶未には難しい技術の会得は必要が無かった。

 ただ本能のままに戦うことこそが、本人の性分に合っていたし最大の力を発揮させていた。

 だから、現在彼女が駆けているのも、自分にとって最適解だと思われる走法で前に突き進んでいるのみである。


 訓練不足を後悔したばかりのライゼルが叶未の事情を知れば卒倒してしまいそうであるが、幸い今は緊急時でありその事実を知ることはない。

 彼が参考にすべきは悠江の方であろう。

 そんなことを知る由もないライゼルは、走り続ける中で、唐突に二人との距離が縮まり始めたことに気付く。

 自分も段々と速度が速まってきたのだろうかと、一瞬考えるがすぐにそれは目の前の事実によって否定された。

 あくまで、二人が停止しただけという事実によって。


「?お二人とも、どうされましたか?」


 なんの前触れもなく足を止めた二人を訝しみながらも、何か事情があるのではないかと思案したライゼルはそのように問いかける。


「声が…」


「なんだこれ?喜んでる?」


 叶未は言葉に詰まりながらも後を悠江が補う形で示し合わせてもいないが、耳を突いた声にお互いが同じ思いを抱いたことになってしまった。

 

「喜んでいる?」


 言葉の意味が分からぬままにライゼルは疑念の声をあげた。

 声など聞こえてはいない。それは当然だろう。

 二人は前兆とでも言うべき小さな産声を拾っただけなのだから。


 突如、大地が大きく震える。

 地震と見紛うほど大きくはなかった。

 けれど、どれほど小さくとも、そしてどれほど鈍感な人間であろうとその震動には気付かざるを得なかった。

 天空の国に住まう全ての人間と、そして異進生物(クリーチャー)でさえ揺れを突きつけられて動揺を齎した。

 恐ろしくは、その後にくる事象であった。

 咆吼が空に向けて放たれる。

 震えなどまるでただの前座であるかのように、その雄叫びは力強く、けれどどこか儚げであった。

 どのような動物にも当てはまらない声は生物が発しているものとは到底考えることが出来なかった。

 この世の歓喜を煮詰めて、一つにもう一度固めて差し出されたようなそんな声。

 国そのものが叫びを上げていると思われるほどに強大であったが、不思議と住民達に動揺はなかった。

 道行く人々もこの事態に足を止めてはいるというのに、騒ぎ立てる様子が微塵も見受けられない。

 揺れを感じなかった人間も、声を聞き逃したものもどこにもいない。

 例え、耳が聞こえずともその声は聞こえていた。


 しかし、住民達は誰しもが一点を見つめそこに呆然としているのみで顔には自分の感情がわからないといった困惑が見られた。

 突然の声に驚きを覚えた者は確かにいたが、それ以上に本能が自分達に害を与える何者かではないと鐘を鳴らしていた。

 本能に身を委ねながらも理性が訳が分からないとの判断を下していた。

 それでも、確かなことは美しきその声は何よりも偉大な何かを祝福しているようであった。


「なにゆえ懐かしさを覚えてしまうのだろう」


 ライゼルもまた、一箇所に目を向けていたが心の奥底に言い知れぬ郷愁の念が浮かび上がった。

 そして、これは同時多発的に天空の国の国民全てに起きた現象であった。


「懐かしさまではないけど、でも多分これは感動的な映画を見た後に湧いてくる感情と似てるかもね。むしろ、それ以上かも」


「深すぎる悲しみから一転ッスね。俺でも感じられるぐらいには感情が根強く刻まれてるッスね」


「美しいなんて言葉じゃ表現しきれないね。この国そのものが異線(レイル)って隊長は言ってたけどそれだけじゃ絶対無いでしょ」


「意思持つ異線(レイル)ってのは生物型ならあり得るッスけど、もしかして国の形をした巨大生物のタイプの可能性があるッスかね?」


 莫大な感情の奔流に晒されながらも、二人は己の感情を揺らがせることはない。

 叶未は城では涙を流していたが、現在はむしろ落ち着き払っている。

 国自体が声を発していることはほぼ間違いないと二人は考えていたが、それでも異常事態であるのは間違いなかった。

 かつて、白き鯨の異線(レイル)が空を舞っていた。

 鰭には刃を兼ね備えて、背に乗ればどこかの高級住宅の大理石と見紛うほどに艶があり、優雅にそして大胆に空を泳ぎながらも安定感を欠くことはなく、常に背の上で紅茶さえ飲めるほど騎手に影響を与えない。


 規模で言えば同等であるものの、無機物に感じられる国と生物の鯨では大きく話は変わってくるが、それでも揺らぎを与えないような、乗る者に気を遣った在り方は変わりが無い。

 それが、ただの性能ではなくそれらの意思によって形成されていたとするのなら、自律型の異線(レイル)とは本当にただの能力でしかないのだろうか。


「副隊長に前に読んどけって言われた論文があったんスけど」


「それ以上は要らない。難しい話はやめて」


 歯を見せながら、あからさまに嫌がった様子を見せて耳を塞ぐ叶未。


「まあまあ、聞いてください。その中に面白い話がありましてね。異線(レイル)の意思の存在性ってタイトルなんスけど、俺らの使ってる能力には確かに意思は存在していて、例えそれが曖昧であろうとも明瞭であろうとも本質的に心が宿ってるんじゃないかって話らしくて、最後にはこう記されてたッス。

『人も異線(レイル)も間違えることはあれど、反発する精神も歩み寄る心も平等である』ってね」


「ふーん、つまり?」


「要するに、意思を宿した力は俺らと変わりないって話ッスよ」


 永劫にも感じられるほどに、美しくも儚い福音はとうとう、終わりを告げた。

 呆けていた住民達は先の出来事が何かの幻想であるかのようにざわめきを取り戻す。ライゼルもまた、時を止めていたか磔にでもされていたが如き動きの停止を解除され、二人に声をかける。


「お二人とも、何か体調に変化はありませんか?」


「平気ー」


「問題無いッス」


 意識の全てを持っていかれた声が終わると、それ自体に害はないように思われたが念のために叶未と悠江に不調が起きていないか確認を行う。


「一体、何が起きたのでしょうか?」


「さあね。分かるのは、きっと良いことが起こったってぐらいかな」


「良いこと?」


 ライゼルはその異常事態をまるで福引きに当たった瞬間の瞳をした叶未を不可解に思う。

 彼自身が感じたのは害がないこと、それのみ。

 他には喜びも感じていたが、それが自分達にとってのメリットになるかどうか定かではなかった。

 それでも、強く断じた叶未は一体、何を思ったというのだろう。


「いつまでも浮かび続ける空の王者は多分スけど、今まで羽を失ってる状態だったんじゃないッスかね。それでもなお、意地で浮遊し続けた国は遂に翼を得たって感じッスか」


「なぜそのようなことが?」


「だってほら、嬉しくて段々と上昇してるッスよ」


「!」


 ライゼルは住民に影響を及ばさないはずの国でも、重力の僅かな変化によって浮いていることには気づけた。

 とてつもない上昇を重ねていることに気がつくと、ライゼルは一瞬女王が動かしている可能性も考えた。

 しかし、あり得なかった。

 今まで、上がることの出来なかった高度にまで上がり、更には徐々に住民への影響を鑑みることのない速度で揺れを起こしながら昇りつつあった。


「今までこんなこと、一度も」


「雲なんて簡単に突き抜けるッスね。成層圏にでも行く気ッスか?」


「呑気なことを言っている場合ですか!国民達の安全を確保しなければ!」


「それなら大丈夫だよ。もう止まるだろうから」


 その言葉と同時かあるいは少し早く、国は止まった。

 本来なら、呼吸も苦しくなり体温も低下させるはずなのだが、彼らに一切の影響はない。


「本当に良い国ッスね。下手したら宇宙旅行でも行けません?」


「流石にそこまではないでしょ。…多分」


「蠍どころじゃないですよ。一体何が起きているというのですか」


 ライゼルは現在の光景を驚愕の表情で見つめていたが、城に確認を求めなければとすぐに連絡を取ろうと端末を取り出した。


「…ダメです。何故か、通信が出来ません」


「だろうね。この混乱に乗じて、封武の連絡を遮断しにきてるんでしょ。悠長に連絡してる場合じゃないよ。敵が動く」


 叶未の予感は見事に当たっており、国中の街が一斉に爆発した。


「は?」


 首都だけしか観測していなかったライゼルでも、異様なほどの光景を見てしまった。

 カジノタワーが完全に真ん中から折れ、倒壊する姿を。

 そして、城を除いた各地で住民を巻き込んだ爆破が行われる様子を。

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