第五十七話 略奪者と王の凱歌
「すっかり折れてらぁ」
アジトとして用意させた建物の一つに、デオルグは身を寄せた。
左腕はローライとの戦いを経て粉砕骨折に至っているようである。
彼の隣では部下の一人が能力を発動させながら少しでも痛みと骨の回復を行うために努めている。
部下の女性は自らのボスがここまでの深手を負ったことに最初は驚きを隠せなかったものの、すぐに椅子に座らせて治療を開始した。
本国からの命令で天空の国に滞在しているとはいえ、雑に扱われながらも義理立てをする理由がデオルグの部下達は段々と分からなくなっていた。
ただ、彼らが着いてくるのは単にデオルグの実力に対する信頼ゆえである。
中枢にいないメンバーについては、犯罪者が混ざっている場合もあるが。
しかし、全身にも大きな傷を受けながらまだ戦う意思が残っているデオルグには流石に不可解さを覚えていた。
「なんで俺が本国に対してここまでのことをしてるのか気になってる顔だな?」
「えっ!?あっいえ」
心の内で彼への不可思議さを募らせていたことが表情に出ていたのかとすぐに治療担当の女性は下を向いて取り繕う。
「残念だが、愛国心なんてものはない。俺は利用してるだけだ。まだマトモに命令を聞いていると思い込んでいる本国の奴らをな」
「?」
言っている意味が分からないといった様子の女性に構わず言葉を続けるデオルグ。
「そもそも、特攻隊に選ぶ人選を間違いすぎたのさ上の連中はよ。まあ人手不足なところは同情するがな。だからって派遣する奴は見極めねぇと、自滅するだけってのがわからねぇもんかね」
「あの、どういう?」
女性が視線の揺らぎと共に言葉を選びながら、問いかけようとしたところに普通の民家の顔をした建物の扉が勢いよく開かれる。
戦闘に長けているわけではない彼女は一瞬、音に対して驚きながらも警戒の色を滲ませ始めたがすぐに安堵した。
幹部の人間達二人であったからだ。
「どうだった?」
「ああ、やられたみたいだぜ。悪い癖が出たんだろ」
「そうか、だがゼスカはよくやってくれたさ」
モヒカンに一つの事実を伝えられながら、先ほどまでの愉快な笑みではなく悲しみを含んだ笑みに変わり果てながら少し目を伏せて、胸の内にここにはいない誰かをまるで追悼するかのように祈る。
今、彼が浮かべているのは叶未達の足止めを任せた部下であり、事前に無理をする必要はない旨を伝達しておいた相手である。
予め、全員の行動を遠目から索敵に特化した部下に探らせて、その場で指示を飛ばしながら先行していた者たちに仕掛けさせた爆弾が設置してある場所にローライ達が足を踏み入れた瞬間に襲撃を開始した。
その際、叶未達の近くにいて、尚且つ一定以上の実力があった幹部の女には足止めで十分であることは言い含めていた。
「この国においてローライの首を取れた意義は大いにある。空港のよくわからねぇ二人組はとりあえずは幹部クラスが相手する方針に変わりはない。治り次第、すぐにでもいただきにいこうか」
「死神が出張ってくる可能性はないのか?」
パンダ帽子がそう言った。
「確かにそれは厄介だが、もし出てくるなら今度は主戦力で袋だたきにすればいいだろう。いざとなれば、アレもあるしな」
その双眸にはすでに悲哀の情はなく、不敵な笑みを有しながら外を見つめた。
「でも、アレは逃走時にエネルギー不足になったはずでは?」
治療中の女は素直に疑問を述べた。
彼女の中でそれは確かに一度きりの逃走手段でしかないという認識であった。
どれだけ早かろうとも、燃費の悪さが酷く戦術に組み込むにしても、主要なものとしては使い物にはならないという結論に達していたはずだったからだ。
デオルグが逃走だけに目を向けて使用したのは意外ではあったものの、それが間違いではないと思い知らされはした。
しかし、そこが限界であるとの見解が幹部もこの女も抱いていた。
「俺はな、本国から追い出されるように派遣されてきたわけだがよ。一つだけ要求した物があるんだ。それ単体では意味が無いし、搭載して耐えられるほどの器がなかったからな。だが、確信はしていた。この世のどこかに必ずそいつを所持する意味のあるものはあるってな」
「ボス?そいつは一体…」
モヒカンが段々と言っている意味の分からなくなってきたデオルグに対して、言葉を投げかけようとするが、彼は言葉を途切れさせることになった。
「おい、なんだこの音は?」
刹那、大地そのものを揺らすかの如く何かが叫ぶ音が響く。
「この街全体、いやまさか国全体に響いてるのか?」
そう感じた理由は定かではないが、思わず聞き入ってしまうほどに美しく、歓びに満ちあふれたその声は建物に押し込められていた蠍のメンバーも各地に散らばっていた構成員も全てが、その瞬間思考を止めた。
デオルグもそれは変わらず、祝福の歌声に近き声に普段の彼では到底抱かないような穏やかな感情に支配された。
日常の自分とのあまりに乖離した思いは思わず吐き気を催すものがあったが、それでも洗脳に近い形で浮かぶ大地そのものが同調させようとしてくる。
「主役は俺達だけじゃないってか。いいねぇ、最高じゃねぇか」
これから起こる未来を予感したのか、無理矢理闘争本能で安穏とした心で上書きしながら呆けている部下達を無視して地に睨みを効かせる。
───────────────────────────────────────────────
少女は微睡んでいた。
穏やかな夢を見ながら。
若き日の思い出は麻薬のように、根ざしていて甘美な脚色があったかもしれない。
美しき記憶であって欲しい、そう願うのは間違いではないはずだ。
あまりにも縋りすぎた人間の末路は、皮肉にも悲惨であることが多い。
きっと、夢の中で生き続けることは人には許されていないのだろう。
誰もがいつかは現実に身を晒される。
夢を追うことを忘れた己に失望しながらも、美しさとはとうにかけ離れた自分を見つめ続けなければならない。
しかし、悲観することはないだろう。
その歩みは例え、輝きを失ったとしても未来のあなたを形作っていくのだから。
「■■■■!何故、争いに我らを巻き込もうとする輩がいるのだ。ただ、穏やかに暮らしたいだけなのに。空に漂い、悠久の平和を享受しようとするのは間違っていたとでもいうのか」
壮年の女性は酷く憤っていた。
かつて、己がした決断が間違っていたのかと思わされる現実が彼女を取り巻いている。
怒鳴っている相手にも本当に怒りを抱いているわけではなく、変えられない現実を突きつけられて思わず怒りと共に問いかけているのだ。
けれど、その相手から答えが返ってくることはない。
その相手もまた、拳を握りしめ手に痛みをひたすら感じるほどには怒りを蓄えているのだ。
自らの主が祈りと共に上昇したはずの楽園が汚されそうになっているから。
眩いほどの幻想に集まった人間達も、いつのまにか何名かは理想から降りて欲望のために空を降りた。
そんな者たちが今、浮かぶ大地の楽園を侵食しようと躍起になっている。
その事実が更に彼女らを怒りとそして、哀しみの奔流へと叩き落とした。
もはや、憤る彼女の心には信頼という二文字は薄れつつあったが、それでもかろうじて民のためという自身が掲げた大義と、自らが決別し同時に自らを支える原動力でもあった過去に目を向けることで玉座から離脱しようという思いを留まらせていた。
執務室と思しき部屋の中で、何度も血が滲むほどに拳を机に叩きつけながら国を戦に巻き込むか否かという選択を脳内で何度も巡らせている。
痛々しいそんな彼女を机を挟んで、名を呼ばれた男はただ見つめていた。
「たった一度!地上に降りたいと言った者達のために降下しただけだというのに、こんな事態を引き起こした!全て、全て、私のせいだ」
「陛下!そうではありませぬ!」
「何が違う!この国に問題が生じれば最終的な責任は私の物だ!そうだ、これも私の…」
かつての記憶が刺激され、口元を抑えながら吐き気を押しとどめる。
「陛下!」
「構うな。今はそれよりも、この事態をなんとかせねばならん」
「いっそ、私が裏切り者と要人を始末してしまいましょうか?」
「それもありかもしれんな。だが、おそらくはそれだけでは解決にはならん。それに、一人で向かっても無駄死にするだけだ」
「しかし、何か手を打たねば!」
「分かっている。いざとなれば、妾も覚悟を決める」
彼女が見つめた先にあるのは、城下町だ。
「なあ、■■■■。国は相変わらず美しいな」
「はい。全て陛下の賜物かと」
「ふっ昔からお前は同じようなことしか言わんな」
微かに笑い、目の前の忠臣に言葉を投げかける。
「停滞は死と同義、か」
「失礼ながら、どこかの書物の言葉でしょうか?」
「いや?以前ここに迷い込んだ小僧が妾にぶつけた世迷い言よ。しかし、今となってはそうも言えぬかもしれんな」
「戦場は貴女様には似合いませぬ」
自らの主君の言葉に何かを感じ取ったのか、思わずといった様子でそう口にする忠臣。
覚悟を決めた顔をしていた、と今の彼ならば判断できたかもしれない。
しかし、自分の怒りの中に囚われてさえいた彼はそこまでは気付くことが出来なかった。
ただ、なんとなく言うべきだと思ったから口にしたのだ。
「当たり前だ。私に似合うのは、この国の民が拵えた私への献上品だけだ」
自信に満ちあふれたその言葉は、自分への自己肯定感以上に今までの民との思い出への感謝を想起したといったものであった。
「■■■■、伝令を」
「はっ。して、どのような?」
「そうだな。端的にこう伝えろ。無礼者への折檻は女王自らが行うとな」
「出陣を!?」
「焦土と化す覚悟よりはまだマシだからな。どうせなら、派手に暴れるとしよう。お前と、そして兵達にも付いてきて欲しい」
「私は常に御身のお側にございます」
「ああ、そうだったな。さて、思い知らせてやるとしようか。たかだか飛行機を持った程度で空の王者に勝った気でいる馬鹿共に」
歴史に刻まれぬ小さな戦。
正しくは、火種が大きくなる前に終結した戦。
勝者は一体誰であるのか。




