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リーディア  作者: シュタイン
第一章 復讐を担う者
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第六十一話 破綻と旅路

 天空の国の首都で大混乱が巻き起こっていた頃、時を同じくして地上でも混乱が起こっていた。

 正しくは起ころうとしていた。


 わざわざ日本にやってきていた東グリナダの将軍ハルベルは血吸いの大蠍(ブラッドスコーピオン)を完全には信用していなかった。

 彼らが独断で動き出すことは想定の範囲内であり、それも考慮に入れたうえで日本の制圧のために軍を動かしていた。

 蠍のボスであり、東グリナダから派遣されていたデオルグが離反するのであればハルベルもまた、彼の命を使い捨てるつもりであった。

 

 念を入れて忠実な部下を一人蠍に送り込んでいたため、行動の全容を把握するのは容易であった。

 天空の国を陥落させ、目的の国宝さえ手に入れれば後はデオルグを暗殺させて超抜級の力を以てしてこの豊かな大地を有する日本を東グリナダの物とするだけ。


 そしてハルベルは母国の英雄として凱旋し、富も名誉も女も何もかもを己の手中に入れて最高の人生を送るつもりだった。

 その策が上手くいくかどうかは本国でも半信半疑ではあったが、デオルグが過去に実力を示すかのようにいくつもの事件を起こしていたがために少なく見積もっても天空の国の宝は手に入れられるのではという期待が生まれた。

 

 封武の技術力の高さという国の自負も期待を持たせる要因であったかもしれない。

 しかし、彼らに過剰な期待を与えた最大の要因が何かと聞かれれば、それは革命の成功であるだろう。

 一つの大国から力によって独立し地位を勝ち取った。

 当時の指導者は対話で独立をしようとしたが、大義には力が伴わなければいけないと思い知らされたからそういう手段を取っただけで、力を至上とする思想は持っていなかったが。

 

 結局のところ、東グリナダも問題を抱えたまま改善されることがなかったため無謀な作戦を敢行してしまった。


 そして、現在ハルベルが拘束されるに至っている。


(何故だ。通信には細心の注意を払った。盗聴防止用に封武を用意したというのに何故捕らわれている!)


 目隠しをされ、椅子に座らされたまま手と足を縛られているハルベルは内心で焦りを募らせていたが、表面上は取り繕っていた。

 視界が遮られている中で近くに誰がいるのかは定かではないが、それでも将軍職にまで叩き上げで上り詰めただけはあって、呼吸のリズムは一定で必要以上の汗すらかかないほどだった。


「おい!これは外交問題に発展する事態だぞ!早く拘束を解け!」


 いきなりの拘束でも強気な態度を崩さない。

 根拠もなくこんなことをするはずがないと分かってはいても、少しでも弱みを見せたら自らの栄光が露と消えることは明白だったからだ。


 そもそも、今回の天空の国攻略作戦は全てが突然決まり、ハルベルが連れてきた兵と別の作戦のために段階的に送り込まれていた東グリナダの兵達に混乱が生じていた。

 それでも任務を達成する為に動き出してはいたが、混乱のさなかに情報が漏れた可能性があるのではとハルベルは考えた。


 ここがどこであるのか、それを知りたくても視界を塞がれていては得られる情報は少ない。

 だが音の反響から空間そのものはそれほど広くないように感じられた。

 この事態を把握していればハルベルの部下が彼を探すために動いているはずであるが、日本国軍の特殊強行隊が関わっているであろうことは明白であるため、救出可能性については恐ろしく低いものになるだろうと計算していた。

 

 東グリナダの間諜であればこれを察した時点で自死を選ぶであろうし、将軍の中でも愛国心が高ければ情報を吐いてしまう可能性を天秤に掛けて自死を選ぶ。

 しかし、ハルベルは優秀である反面欲深かった。

 故に、本来ならこのような作戦を行う場合歯の中に毒薬を仕込んでいるはずが彼はそれをしなかった。

 

 単純に自分がこの作戦によって多くの富を得ると信じて疑わなかったからこそ命を捨てる選択肢を最初から消していたからである。

 確かに彼は優秀なのだろう。

 けれど、墓人の部下は厳重に情報を秘匿された部隊であるために作戦の中に彼らを考慮に入れることが出来なかった。

 

 天空の国でもイレギュラーが多発したがゆえに血吸いの大蠍の仕事にも実は遅れが生じていた。

 結局のところ、仕掛ける相手を間違えたのだと言わざるを得ないだろう。

 

 段々と靴の音が甲高く近づいてくる。

 階段を降りてきているのだろうか。

 音は斜め上からハルベルの方へと向かってくる。

 響く足音に緊張を滲ませながらそれでも力む身体を精神で捻じ伏せる。


 扉が開いた。

 その音はハルベルにも聞き覚えがあった。

 過去、何人もの裏切り者や敵国からのスパイを閉じ込めた鉄格子の牢、その扉を開け放つ音と全く同じだった。


「さて、お目覚めだろうか将軍殿?」


 発せられた声は日本国軍における要警戒対象の内の一人。

 総司令及び中将格に並んで最も警戒しなければならない人物として挙げられた、少なくとも戦力だけなら世界の頂点に限りなく等しい存在。

 

 耳に響いた声色は昨日の探るようなけれど警戒心を抱かせないような不可思議な声と同質だった。


「その声は、やはりお前か影守墓人」


 正解だと言わんばかりに目隠しを外されて、眼前には年齢を感じさせない青年のような若さを保った男が目の前にいた。

 ようやく解放された視界に移るのは僅かな明かりが天井から発せられているだけの、清潔感に欠ける部屋だった。

 目線だけを動かして周囲を見渡すと部屋の端には拷問器具が机の上に配置されており、これから何が起こるのか明白だった。


「将軍殿におかれましては何やらこそこそと画策されていたようで。おかげで苦労しましたよ、計画を阻止するのにね」


「計画?何の話だ?」


 あくまで自然体で惚けるハルベル。

 付け入る隙を与えるつもりはなく、むしろ相手がどこまで情報を把握しているのか掴んでやろうという思惑さえもあった。

 この場ではまだ敗北を感じてはいなかった。


「そうですか。シラを切るのは構いませんがこちらはあなたの部下を捕らえて情報は吐かせていますので」


「何を言っているか分からんが早く解放してもらおうか。これは国際問題だ。場合によっては相応の罰を受けてもらうぞ?」


「それはありませんよ。証拠は確保した上でで捕縛させてもらっているので」


「では、それを出してもらおうか?」


 そんなものはない、とハルベルは確信していた。

 作戦に関する情報は書面でしか通達しておらず、更にはそれらを参加する兵全員に暗記させた後で破棄させてある。

 それぞれのやりとりはアナログな暗号でしか行っておらず、そちらについても複雑化させてあるためそう簡単に露見するはずもない。


 極めつけは、ハルベルの異線(レイル)である。

 彼の能力は嘘を見抜くという代物で、兵たちの中から裏切り者でも出ようものなら例え通信越しでも見抜くことが可能である。


「では登場していただきましょうか」


 階段から降りてきたのは、ハルベルの部下の一人である男とその後ろからロープを握っている第七軍将校の鷲原徳蔵であった。


「その男がどうかしたのか?」


 部下の男は、日本に段階的に投入されていた兵の一人でハルベルと共に演習に来ていた兵士ではない。

 顔を知っていることが露見するわけにもいかず、本当に誰なんだという風を装っていた。

 通信担当者ではあるが、東グリナダの所属ではないと示すことが出来ればどうにか逃れることが出来るのではないかとそう思ったのだ。


「将軍、申し訳ありません。全て喋ってしまいました」


 僅かな違和感。

 牢の前に連れていかれた男は口を動かしていないはずなのに声だけはその男のものが聞こえる。

 

「何を言っているお前は?影守、証拠とはまさかこいつのことか?」


「正確には少し違いますが、まあその通りです」


「ハッ、関係のない人間を連れてきて証拠とはな。いや証人か。それで?でっち上げた証人を使って私を陥れるのか?」


 墓人はまだ強気な態度を崩すことのないハルベルを見て、笑って見せる。

 その態度が明らかに不審であったがために、眉間に皺を寄せる。

 

「何がおかしい?」


「いえ、我々が証人一人であなたを捕らえるとでも?」


「なんだと?」


 墓人はスマホを取り出すと、画面を一度タップしてみせる。

 すると、ノイズ交じりだが音声が流れ始める。


 流れてくる音声は、東グリナダの兵達による作戦会議の様子であるようで会話を聞いて行くにつれてハルベルの顔色が悪くなる。

 会話の盗聴には細心の注意を払って隠れ家で潜入していたはずの各兵士たちからこのような録音をされていたというのは動揺を誘うには十分だった。

 それでも、それが本物であるはずがないと反論する。


「まさかここまで捏造するとはな。AIでも使ったか?」


「捏造でないことはあなたが分かっているのでは?あなたとの通信記録も流したのですから。覚えはあるでしょう?」


「あるはずがないだろう。証拠ならもっとマシな物を持ってこい」


「そうですか。では、少し出直してくることにしましょう」


 徳蔵はハルベルの部下を隣の牢に入れると、墓人と共に階段を上がってその場を離れる。

 

 ハルベルは、やけにあっさりと引き下がったことに警戒の色を示すも目隠しを再びされどうにもならなかったので一度落ち着きを取り戻すことにする。

 一体何時間経過したのか時間がどれだけ進んだのか分からないまま、焦りだけが募っていく。

 外の状況が分からない。

 

 引き連れてきた兵士も元々潜り込ませていた兵士も捕縛されているかもしれない。

 強気な態度でいたとしても、あれが捏造でないことはハルベル自身が一番よく分かっていた。

 更には元々強行した作戦であるため、離反者が出てもおかしくはない。

 

 そんな彼の焦りを余所に隣から音が聞こえてくる。

 足で床を踏み鳴らしたり、舌打ちをしたりと規則的でありながらどこか不規則な音の羅列はハルベルにとっては聞き馴染みのあるものだった。


 東グリナダで使われる暗号、他国にはあまり知られていない独自のそれだった。

 隠しカメラの可能性も危惧したが、隣ではずっとストレスを表すように暗号にすらなっていない声や足を大きく鳴らす音が聞こえていたため、喋りながら暗号で会話をすれば誤魔化せるとハルベルは思ったのだろう。


『おい、貴様全て喋ったのか?」


『いえ、例の機密までは話していません。それに作戦に支障がないように各隊にも既に隠れ家を放棄するように伝達済みです』


『そうか、なら奴らは空回りしているのだな?』


『はい。将軍が指示された作戦は未だ進行中です』


『天空の国では今頃蠍が国宝を盗み出して核兵器以上の破壊力を誇るあの封武を起動させているはずだ。混乱したら隙を見てここを脱するぞ』


『承知いたしました』


『国軍の奴らは隠れ家の場所を特定していたとはな。流石に優秀ということか』


『将軍、元々の隠れ家の場所は覚えておいでですか?』


『無論覚えているとも』


『元の住所から街一つ分は確実に離れておりますので一度間違えがないか確認のために住所を言っていただけますか?』


『ああ、場所は…』


 暗号で住所を全て明かしたところで階段の上から墓人が戻ってくる。

 足音は二つあって恐らくは部下を連れてきた男の物だろうとハルベルは思った。

 けれど、その予想は彼にとって最悪の形で裏切られることになる。


「なっ!?お前は隣にいたはずじゃないのか?」


 隣に収容されていたはずの部下の男がロープに繋がれて墓人と共に格子の前にやってきたのだ。


「隣にいたのは僕ですよ。将軍殿」


 鉄格子の前にもう一人の部下の男がやってくる。

 その顔は段々と靄がかかって、それが晴れたころには元の徳蔵の顔がそこにはあった。


「はぁ!?なんだそれは?!」


「僕の能力の一つ、とだけ言っておきましょうか。一応こちらの彼は何も吐いていませんよ。全てはこちらの仕込みです」


「貴様ら騙したというのか!」


「その方が手っ取り早かったので。それで影守大佐、僕の仕事はこれで終わりということですか?」


「ああ、ありがとう。あとは上に戻って指揮を執ってくれるかい?」


「承知しました」


 そう言って徳蔵は将校に与えられる軍服を纏って、軍刀を腰に差すとさっさと上に戻ってしまう。


「さて、将軍。もはや詰みではありますので減刑のために大人しく吐いてくださいますよね?」


「将軍、私は何も喋らなかったというのに何故伝えてしまったのですか!」


 部下の男は怒りのままに喚きながら、今度こそ隣の牢屋に墓人に雑に収容される。

 

 実は、墓人達は音声データだけは掴んでいたがそれでも隠れ家については一つしか見つけることが出来ていなかった。

 であるからこそ、ハルベルに焦りを募らせて暗号で会話するという安心材料を与えて油断を誘うという手段に出た。

 暗号の詳細については誰も吐くことは無かったが、そこは徳蔵の能力がカバーできる範囲であったがために作戦には彼が必要であった。

 東グリナダの軍の捕縛については徳蔵が自らの上司に頼んで別の将校を派遣してもらった。

 

 数日でここまでの動きに出れたのも墓人の能力と彼の部下が気絶するまで働いたことに起因している。

 国内の混乱を抑えるために国軍が出来得る限りの戦力を投入したこともまた東グリナダの動きを封じることに貢献したのだろう。

 

 ハルベルの知らないところで既に東グリナダから引き連れられてきた精兵はすでに捕らえられている。

 今頃は徳蔵の指揮によって他に潜入していた兵士の捕縛も進められていることだろう。


 徳蔵は『真似っ子』という異線(レイル)を有する。

 相手の姿を模倣して時間さえかければ能力の一部模倣や情報の一部についても読み取ることさえ可能である。

 怪しい挙動をしていた基地の周辺にいた男がハルベルの部下であったために捕縛して情報を読み取った。

 全てを読み取る時間までは無かったため暗号について最優先で読み取って特定した隠れ家の一つに潜り込んだ。

 その結果、精神を揺らす録音データを入手して更には部下に化けて暗号で会話をしてみせた。

 

 それはハルベルから情報を引き出すのに最良の結果を齎して、国内に潜む東グリナダの兵士を確保するために役立った。

 東グリナダは天空の国から国宝を奪い、デオルグを暗殺した後兵器で日本近郊の海に一度攻撃し、その後混乱の中で兵士が首都の機能を麻痺させるつもりだった。

 現在、四災人によって対応に追われている日本であれば成功するかもしれなかったが、生憎と墓人や徳蔵らその他情報解析に特化した軍人達によって未然に防がれた。

 

 特に情報の秘匿に関しては他国を上回るため、国内が混乱していようと対応に困ることは稀である。


 つまるところ、東グリナダは相手をするには役不足であった。対応するには戦争経験が足りなかった。

 独立してから本格的な戦争が一度もなかった彼らは、国との戦いの意味を本質的に理解していなかった。

 甘い見積りで作戦を行ったのが悪かった。


 戦争というものをもう少し理解していればハルベル達は対応できていたかもしれない。


───────────────────────────────────────────────


 デオルグは、国宝の杖を手にしながら飛空艇に搭乗していた。

 今までのハイジャックしていた気嚢によって浮かぶ飛行船とは違う、明確に海上を航海するような形状をした帆船型の飛空艇である。


 天空の国の真下でステルス機能を使いながら待機していた物が現在は後方に下がって一キロの距離を維持しながら飛んでいる。


「さてと、悲しいが俺が直接戦うのはもう終わりだ。一方的に奪わせてもらおうか」


 船の先端に巨大な大砲を備え付けた飛空艇の舵を握りながらデオルグは不敵に笑う。


 背後には残った僅かな部下を背負いながら。

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