第五十五話 熱狂
「チッ!」
ローライは相手の次の行動が読めないことに舌打ちをしていた。
モルトは撃沈してしまい、部下は一人残っているものの、民間人の救助も優先すべき事象であるためそこへ向かわせた。
その判断に後悔はしていない。
例え、今三人を同時に相手取っていたとしても。
「おらよ!」
「キヒッ!」
デオルグと金髪モヒカン男は左右から炎を纏った腕と超高温まで上昇した腕で果敢にローライを何度も殴りつけている。
連続で拳を向けられながらも片腕でどちらも捌いており、それだけで彼の格闘術の力量が知れるというものだろう。
反射して自身に攻撃が跳ね返っているはずの左右の二人が、一切手を緩めることはなく更には正面から隙をついてパンダ帽子の強面男が、指を柔軟性のある刀に変形させながら斬りつけてもくる。
彼の反射は、発動させるとどうしても隙が生まれる。
なので、自分の能力の開発を行い反射の中にもバリエーションを持たせている。
腕で対応している二人には隙を作らない代わりに、ダメージの反射を七割に抑えるといった方法で対処している。
目の前から時折迫る斬撃も危険であるため、反射量を八割にしているが七割時より硬直が生まれる。
その合間を左右で殴りつける二人は見逃さず、攻めに出るが硬直は直撃するギリギリのところで解けるためどうにか受け流せる。
しかし、ローライの身体には確実にダメージが溜まりつつあった。
身体の内側に鈍い痛みを感じ始めながらも、動きには少しのキレの衰えを見せないのは流石に警備最高責任者といったところであろうか。
「俺ら三人相手に粘るじゃねえか」
「しかも、ボスの炎への警戒も忘れてないみたいだ」
「だが、反射しきれる威力の限界もあるだろ?」
モヒカンとパンダ帽子の言葉を聞いても、なおデオルグは弱点をダメ押しで指摘した。
「…だからなんだ?そのような威力を出すのにも溜めがいるだろう?」
「おいおい、ちゃんと空港で見てなかったのか?もしくは…ボケてんのか?」
デオルグは後ろへ跳び、そして彼の前方をモヒカンとパンダ帽子が固める。
「逃がさないぜ」
「通すと思うか?」
僅かな溜めを逃すつもりはないと、前進しようとしても阻まれてデオルグに攻勢に出られない。
斬撃と高熱の拳を跳ね返しながら、受ける必要の無い攻撃に対しては避けることで対処しながら少しでも前へと足を踏み出そうと機会を狙う。
「悪いが、溜めは少ない方なんだ。死ね、獄炎突撃槍」
ローライに向けられた絶死の一撃。
モヒカンもパンダ帽子も直前まで足止めしながら、飛び退いた。
それがローライには悪い方向へ働いてしまった。
ローライがいた場所は炎の竜巻を発生させながら、爆ぜた。
「天空の国最高警備責任者、ローライ・アンドール。厄介な奴は消えた。次に移るぞ」
感慨はあったのか、名前を一つ呼びながら、それでもどこか淡々とした様子で新たな行動へ移ろうとするデオルグであった。蠍のリーダーとして一刻も早く目的を達成するという強い信念が彼を動かしているのか、あるいは略奪への渇望が身体を前へ前へと進ませるのか、本人さえそれは分からない。
確かなのは、その顔には凶悪な笑みが貼り付けられていたことであろうか。
しかし、その笑みはすぐに消え去る。
「ッ!?」
彼の顔の横を炎の槍が横切ったからである。
「はぁはぁ、勝手に殺すな。こっちはこの十倍は死にかけた思いをしている」
「いいね、嬉しい誤算だ」
凶悪さから一転、予想以上のしぶとさをみせたローライに楽しむ余地があったのかと期待を込めた眼差しさえ送る。
「お前ら、ちょっと予定変更だ。今からはもう手を出すなよ」
元々の予定がそもそもローライには定かではないが、とにかくデオルグが一人で向かってくることは察することができた。
「ボス、俺らは確実にこいつを始末するのが目的だろ?さっさと三人で…」
パンダ帽子が抗議しかけたが、デオルグの目に臆して押し黙ってしまった。
睨まれた訳じゃない。殺気を放たれたわけでもない。
こちらを向いた彼の目に狂気さえ孕んだ喜びの色が浮かんでいたのだ。
「国を守るっていう信念を持って起き上がり続ける戦士を、上から更に捻り潰す。こんなに楽しいことはねえ。そうだろ?」
部下二人の返事など待つことはなく、ローライに対して前進し続ける。
足取りは、ミュージカルのダンスのように軽やかで、しかし一歩踏み出す度に身体から燃ゆる炎があふれ出す。
「いいのか、一人だけで?」
「最大限の敬意だよ。お前という人間へのな。雑に三人で処理するような扱いをしていい男じゃねえ。俺の炎を喰らっても、お前は生きていただけじゃなく、まだ向かってきて剰え民間人を避けながら全ての攻撃を跳ね返した。さっきの槍も含めてな。さあやろうか、空の守護者。熱狂だ」
「犯罪者に賞賛を受けても嬉しくはないがな。生憎とこちらの部下も優秀なようだ。これで、心置きなく戦える」
「なんだ?まだレパートリーがあるのか?いいぜ、それも含めて蹂躙してやる!」
全身の炎を余すことなく一点に凝縮して、腕ではなく拳そのものに纏わせながら今までに無い熱量で景色を揺らめかせている。
ローライは確かにこれまで喰らった攻撃でダメージを負っている。
しかし、彼はそれをまだ蓄積していた。
いつでも反射できるように。
蓄積していたのは攻撃そのもの。反射する余地を彼は体内に能力を使って押しとどめていた。
内側に反射させることで残していた。
これを跳ね返したところで決してローライの負傷は消えない。
だが、蓄積した敵の攻撃はまず間違いなく致命傷を呼ぶことができると彼は確信していた。
先ほどの炎槍は確かに反射した。しかし、出来たのは一部であり火傷は彼の身体を蝕んでいた。
立っているのもやっとであるはずだが、膝を折ることを魂が許さない。
「恐ろしい男だ。まだ、炎の熱が上がるか」
ローライの顔に恐怖はなく、国への献身の思いが心を満たしていた。
馬鹿らしいと嘲笑う者もいるかもしれない。実際、軍人でも高い愛国心を有している人間は今では珍しいほどだった。
だが、彼はその身をただ国のためにと捧げた男であるがために幾度の業火に身を焼かれようとも立ち上がるのだった。
そして、今まるで献身の心を試すかのように試練が迫ってくる。
「業火焼却拳!」
ここが勝負本番だと言わんばかりに、構えて相手の拳を受け止めようと、迫り来る業火の拳相手に挑む。
高すぎる熱を肌で感じる。今にも焼け落ちてしまいそうだ。
けれど、心に宿りし熱は負けることはない。
「我が身よ、害なすものを反射せよ!」
拳が身体に触れると同時に、溜めておいた今までの攻撃と放たれた拳を跳ね返す。
反射された攻撃は、炎に衝撃を伴いながらデオルグを襲う。
「「くっ!」」
図らずも互いの苦悶の声が重なり合う。
デオルグは、反射を受けて思い切り後方にまで吹き飛ばされる。
「「ボス」」
部下達の声もまた重なった。
声には驚きが満ちており、今すぐローライに向かっていきそうなほどの怒りも込められていた。
しかし、すぐにその威勢は削がれることになる。
「…大した奴だな」
「ああ…」
パンダ帽子の言葉にモヒカンも同意する。
先ほどまでは残しておくのも面倒だから、始末しようという風な考えしか浮かんでいなかった。
だが、今の彼の姿を見てしまっては賞賛を口にする他なかったのだろう。
「もう死んでるくせに、凄い剣幕で立ってやがる」
モヒカンが言うとおり、ローライは既に絶命していた。
だが、彼は膝を突くことなくその顔には未だ戦意が残っているかと思わせるほどに険しい表情を保っていた。
並の軍人でも腰を抜かしていただろう。
それほどまでに死んでいるとは思えない顔をしていた。
「ボスの本気を二回も喰らったんだ、反射があっても傷はデカいだろうよ」
パンダ帽子はどこか同情しつつ呟いた。
ローライの身体は、反射が不十分であった炎の槍や先ほどの一点集中による拳撃を受けて限界を迎えていた。
そもそも、無制限になんでも跳ね返せるような力ではなく、だからこそ避けるべき攻撃は避けていたのだが、先の炎の拳は彼にとって回避すべきでない一撃と捉えたようだ。
ここで避けてしまえば、この国の守護者としての矜持までも失ってしまう。
だからこそ、蓄積した今までの攻撃も含めて全てを跳ね返してこそ天空の国の力を示せる。
その判断が間違っていたかどうかは、誰も決めつけてはいけないだろう。
彼は己の信念でそう考えてからこそ、死ぬかもしれないとしても挑んで、犯罪者に屈することのない空の王者を体現させたかったのだ。
「死ぬかと思ったぞ。流石としか言えないな。避けれただろう攻撃を敢えて避けず、更にはここまで傷を負わされることになるなんてな」
飛ばされた先から瓦礫を蹴り上げて戻ってきたデオルグ。
身体中が傷だらけになって、左腕に関しては力が入らないのか垂れ下がっている。
「ボス、腕が折れたみたいだな」
パンダ帽子にそう言われて、朗々と笑いながら返答するデオルグ。
「ここまでの傷を負ったのは、昔の女に捨てた恨みで思いきり殴られたとき以来だ」
「どんな女だよ」
冗談か本気かわからない声の抑揚で答えるものだから、パンダ帽子も困惑を隠せない。
モヒカンは、何が面白かったのかゲラゲラと笑っている。
「俺はお前に敬意以上のものを抱いたぜ、ローライ。国の威信と己が矜持を守るために命すら賭け金にする男はそういねえ。かっこいいぜ、アンタ」
ただの蹂躙対象としか見ていなかったデオルグは、期待していたものを遙かに超える輝きを見たと感じたのか、かろうじて動く右腕で軍人の礼を執って、もう命脈の消え去った敵に対して最大限の畏敬を示した。
「アンタは正しく武人であり、軍人であり、そして漢だった。次会うときは最初からタイマンで戦ろうじゃねぇか」
服も毛皮もすっかり破けてしまったデオルグは、部下を引き連れながらローライの遺体にはそれ以上何をすることもなく立ち去った。
天空の国を守った漢の戦いは決して無駄ではなかった。その証明はまだ為されていない。
ローライの部下が安全な場所に民を退避させてから、援軍を引き連れて戻ってきたのは彼が死んだ後であった。




