第五十四話 一斬両断
「ローライ様!ローライ様!」
ライゼルは自身の持つ端末に対して叫び続けるが、そこから返事が返ってくることはない。
「ダメです、応答がありません」
「まさか、爆弾を仕掛けてるなんてね」
叶未は仕掛ける暇があったことに驚いているようだ。
「あるいは、先に送り込んだメンバーに仕掛けさせたとかッスかね」
また、悠江は別の推測を立てているようだ。
「おい、どうなんだ!」
ライゼルは目の前で上半身だけが地面から出ている粗野な見た目の男の胸ぐらを掴みながら、恐ろしい剣幕で迫る。
先ほど、異線で生み出した怪物で飲み込んだ敵の一人である。
男はまるで人生で初めて見る悪い悪夢を目撃したかのような顔をして、今なら何でも正直に答えられそうなほど恐怖で顔を歪ませていた。
怪物の腹の中はそれほどまでに地獄を味わうことになる世界が広がっているのか、二度とその中には戻りたくないという言葉を早口で男は捲し立てていた。
「し、知らねぇんだ。俺ら以外にも幹部が先に入ってきてたから多分その人なんじゃないかとは思うんだが」
そう言ったところで、男は口の中に戻されそうになる。もう用済みであると言わんばかりに。
「ま、待ってくれ!か、隠れ家なら知ってる。案内する。だから、もうあの中はやめてくれー!」
涙と鼻水に濡れながら、みっともなく喚き散らかす男に冷ややかな視線を送りながらライゼルは溜め息を吐いて一言告げる。
「案内しろ、ただし、騙していたと分かったらその場で腹に戻す」
「わ、わかってる。…はぁ助かった」
心底、良かったと言わんばかりに安堵の息を漏らしながら、手を後ろ手に縛られた状態で前を歩き出す。
ライゼルがあまりにも呆気なくこの男に温情を与えたのは理由がある。
一度、尋問を行おうと口から吐き出させて話を聞いてみるとローライがいるであろう方角に爆弾があると言って実際に爆発して煙が上がっていたから、情報に間違いが無かったからだ。
それと、最大限の苦痛を与えた上で尋問をしているため恐怖が顔に浮かんでいたから嘘をついていないと判断できたのだ。
それでも、彼はローライの援軍には向かわない。
「なんで、向こうに援軍に行かないの?」
それは叶未も疑問に思ったようで直接聞いてみる。
「先ほどは多少焦りましたが、ローライ様であればそもそも私がいなくともなんとかなされてしまいますから。それに付き従っていた二人も実力は確かですので、救助は滞りなく終わらせるでしょう」
「なるほど、信頼ッスね」
「そうですね。ですから、今は敵の隠れ家に行き、蠍の数を一人でも減らすのが最優先です」
意気込んだ矢先、前を歩いていた縛られている男はバツが悪そうに言った。
「あ、あのー実は爆発させた後にもう一段階作戦がありまして」
「?なんだ?」
「へ、へい。怒らないでくださいよ?実は、この国の警備最高責任者をウチの幹部とリーダーで襲撃するっていう作戦です。俺も一応あんたらを襲うグループのまとめ役を任されていたのでその辺はちょいと聞いたんで…」
路地に入ったところでそう言われ、言葉の意味を理解するよりも先に、前を歩いていた男が眉間を撃ち抜かれた。
「そんなこと言っていいと思っていたの?」
突如、上から声が降ってきた。
見上げるとそこには、露出度の高い服を着た長いピンクの髪を抱いた女がいた。
「うわ、痴女おばさん」
思わず悠江がそんなことを口走った。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
「誰がおばさんよ、誰が!」
手に持った銃を徐に持ち上げながら、悠江目掛けて発射した。
しかし、誰も惑うことなく、向けられた悠江でさえ動じてはいなかった。
迫り来る弾丸に対して、悠江も遅れて弾丸で迎え撃つ。
それは相手の弾道と寸分違わぬ直線を描いており、後から早撃ちしたとは思えないほどの精度であった。
そして、それは必然弾丸の衝突を引き起こす。
「ッ!?」
「ふう、おばさんって言ったのは悪いとは思ってるッスけどいきなり撃つことないじゃないッスか」
その場から一歩も動くことなく迎撃して見せた悠江に驚きを隠せないが、すぐに次の行動に移る。
「少し、冷静になる必要があるわね。まあ私はただの足止め役だから無理する必要は無いわ」
次の瞬間、再び放たれた銃弾が接近する。
今度は三発分銃声がして三人に向かって撃たれた。
それぞれの武器で迎え撃とうとしたが、悠江のみ弾丸を視認できない。
「?」
すると、後ろから衝撃が走り、前によろけてしまう。
「ッ!?」
足で踏ん張ったはいいが、何をされたのか正体が掴めず悠江は困惑している。
(確かに三発銃声がして、実際に銃弾は見えた。でも、これは一体)
すんでのところで悠江は背中に霧を纏わせて鎧のようにしながら直接的なダメージは避けることができた。
けれど、視えない攻撃を理解しなければいつまでも一方的に殴打されるのと同じであるため、敵の異線か封武の力を分析する。
前に倒れそうになった悠江を見て驚いていたのは本人だけでなく、共にいた叶未やライゼルも銃弾を対処できなかったのかと落胆としているというよりは、敵が未知の攻撃を仕掛けてきたところに警戒をし始めた。
「やるわね。直前で防ぎきるとはね。でも、次はどうかしら?」
また、三度の轟音が鳴った。
「秘伝・霧落とし!」
音速を超える速さで悠江の足下から大量の実体ある霧が上空に集まる。
そして、重力と霧の操作を駆使して勢いよく、敵の女のいる場所へと落下させる。
彼が放った技は、固めた霧を勢いに任せて圧殺する奇しくもモルトと同じ系統の技であった。
敵が何をしたのかを解明しようかとも考えたが、そのためには何度か受けるか避けるかしなければならないが、ローライが襲撃まで受けているとなれば、流石に援護に向かうべきと判断したため目の前の敵をすぐに片付けるべく、体力に負担がかかっても短期決戦向きの技を選択したのだ。
「これは避けないとまずいわね」
上がっていく霧を目で追っていたが、それが纏まって自分に落ちてくるという光景にただの霧であるはずなのに、危険を感じて建物の上に陣取っていたが、隣の足場に跳ぶ。
しかし、霧は彼女を追尾して食らい尽くそうと言わんばかりに追い縋っていく。
「霧落としは別に霧を落とすのが技のコンセプトじゃないッスよ。見下ろしてくるムカつく相手を引き摺り落とすのがこの技の真髄ッス」
「…性格悪くない?」
何故か敵ではなく味方であるはずの叶未から非難の声が飛んでくるが、気にせず追尾させ続ける。
『音の指令者!』
女は建築物の屋根を渡り、走り回りながら逃げ続けていたが突如、方向転換をしたと思ったら悠江達の方向へ走ってきて銃を乱射した。リボルバー型のその銃は本来は装填数が六発であるはずが、十発鳴った。
しかし、弾丸はまた見えない。
全員が周辺を警戒しつつも、向かってくる女を倒すべく構える。
だが、目前まで来たところで女は建物の間を器用に蹴り、飛び上がりながら再び屋根に上がった。
まだ霧は彼女を追い続けているが、途端に悠江の横腹と背中に痛みが走る。
「ぐっ!?」
今度は追尾させている霧に意識を割きすぎたのか、防御が薄くなってしまった。
一応は防いだおかげか、出血はしていないようであった。
けれど、集中力が途切れたせいで追尾攻撃を中断せざるを得なかった。
「トム君、無事?」
「斗霧ッスよ。…でも銃声と今の攻撃で正体は大方掴めましたよ」
苦しげな表情を僅かに浮かべるもすぐに、痛みを抑えたのか動き出す悠江。
彼は敵の謎の攻撃の正体を掴んだようだ。
「音ッスよ。封武か本人かどっちかは音を操ってるんッス。本来なら弾丸の方が音より先に出ますし、俺らみたいな仕事してるとそんなの当たり前の常識として刻み込まれてるッス。敵はそこを突いた」
「音を先に鳴らせてすでに発射されたものと私達に思わせたって事?」
「それだけじゃないッス。恐らく、銃を下ろしたときには音もなく弾丸が発射されて、更にまたこれもどっちかの能力で、弾丸の軌道を操って俺の後ろからさも見えない攻撃のように撃ってたんスよ」
「さっきのでよくわかったね?」
「たまに不自然に銃を下ろしたりしてましたし、あとパフォーマンスのように乱発してましたけど、あれはこっちの選択肢を増やしてたんスよね」
「どういうこと?」
「乱発したのは銃弾をリロード無しで撃てるっていう誤認を与えたかったんじゃないかと」
「なるほど、ね!」
仕組みが分かったならもう怖くはないと言わんばかりに叶未は女のいる場所へ飛び出していく。
本人の中では目を凝らすことを怠らなければ問題無いと判断したようだ。
「あら、今度はあなたが相手をしてくれるの?」
太もものレッグホルスターからもう一丁銃を取り出し向けると二発分、音をさせた。
一発は既に真っ直ぐ叶未に向かっており、後の二つの弾丸は彼女の後頭部に向けて迫っている。
実は、悠江の説明には一つ穴があった。
いくら音で誤解させられようと、銃弾を目視できる彼らが周辺に動いている弾丸があって気付かないはずがない。
封武は銃と、そして弾丸であった。
景色に溶け込む弾は、叶未の眼前に迫る弾丸に紛れて余計に認識しづらく見逃してしまう。
結果、回り込んだ弾丸には気付けないはずであった。
実際、女もそう確信していた。
(獲った!まず一人目)
足止めに留めるなどと言っておきながら、仕留められるなら仕留めてしまおうという心に狩人を宿らせながら、自分のボスの警告を忘れてしまう。
『あの二人に手を出すのは止めとけ。あれは手に負える相手じゃない』
「よっと」
「…え?」
身体を大きく捻らせながら背後と眼前両方の弾丸を鎌で両断する。
「嘘でしょ」
「ほんと」
短く言葉を切りながら、相手の身体も上下真っ二つに斬った。
「クソ…が」
その言葉を最後に女の意識は途切れた。
「俺が下手に戦うより早かったッスね」
「近接に弱かったみたいだから、相性の問題じゃない?」
ライゼルは思った。叶未の速さと身体能力は想定の遙か上をいく。
つくづく、敵対して無くてよかった、と。




