第五十三話 その頃の彼は…
ローライは叶未達と別れた後、部下を二人引き連れて本部に戻っていた。
道中では彼を警備における最高責任者であることが周知されているためか、天空の国の国民が彼に声をかけていたり自分の店の商品を日頃の感謝の印に手渡す者までいた。
それだけでローライがこの国で確固たる立場を築き上げていることは窺えるし、国の住人が彼をどれだけ慕っているかは一目瞭然であると言えた。
現在、天空の国では情報規制を行っている。
主に血吸いの大蠍の情報を国民や観光客が知ることのないように、国に動揺を与えることなく鎮めようといざとなれば避難できる準備も整えながら迅速な解決に向けて動いている。
国民に情報を公開すべきとの意見もあったが、異線を用いて認識阻害やシステム上の情報統制を厳格に行っている。
飛空挺ハイジャック事件の被害者でもある民間人達については、憲兵が護衛をしながらも口外をしないよう誠心誠意頼み込んで、念押しとして契約書を持ち出した。
そこまでして隠蔽に走った理由は、できる限り国民と観光客に国に留まっていなければならなかったからだ。
避難所を用意しているとは言っても、混乱して下へ逃げる者の少なくない数出てくるだろう。
それは、ローライにとってではなく国にとって非常にまずい事態になる。
だから、必死になって蠍を一刻も早く討伐しようと躍起になっている。
「電話か、もしもし?」
『ローライ様ですか?!すぐにそこから離れてください!』
「何?どういうことだ?説明を…」
街の人々が行き交い、ローライに時々挨拶を交わす人間がいた。
その中には小さな子供の姿も。
刹那、視界に映る全てが炎色に包まれた。
一秒にも満たない時間の中でローライが、思考を巡らせるのも惜しいと思うその前に既に身体は動いていた。
爆発の起点が挨拶をして手を振ってくれた子供のすぐ近くの店であることを目視して、爆炎から子供を守るために走りその身を抱え込んだ。
全身で子供の身体を包み込んだ彼は、腕を伸ばしながら走った勢いのまま地面を何度も回転する。
「大丈夫か!怪我は!」
転がる勢いがなくなったところで、子供の身体を起き上がらせながら負傷箇所がないかどうか確認する。
「う、うん大丈夫。ありがとう」
突然の出来事で困惑を隠せずにいながらも、助けられたことは理解した子供は迫力のある剣幕を浮かべているローライに対しても丁寧に礼を述べる。
「そうか、無事で何よりだ」
「でも、街が…」
悲しげに横に視線を動かした子供の目を追って視線の先をローライもその目で確認する。
「街?…クソ、ここまでやるのか!」
先ほど視界に広がった炎色は、子供の後ろから現れた爆発による焔ではなく視界の端から生まれ出た爆炎であることを理解してしまった。
首都の全体像から言えば、爆発の範囲はそう広くはない。
けれど、そんなこと地上で視界を炎が埋めつくしているローライには分かるはずもないし、範囲の広さ狭さなどどうでもよかった。
一番の問題は、民間人が無差別に何人も犠牲になっているということである。
恐慌は止むことは無く、喉が焼けているかに思える掠れた叫び声や建物の下敷きになって必死に助けを求める者やどうにか抜け出せないかと這いずり回りながら、頭を落ちてきた瓦礫に潰されてしまうなど局所的な地獄を生み出していた。
すぐにローライの部下の二人が動いて、救助活動を異線を用いながら執り行う。
しかし、それを妨害する者たちが現れた。
「おいおい、ボスが仕入れた封武流石だな」
「通常よりも長く燃焼し続ける、叛炎の爆弾だっけ?ボスの炎が詰め込まれてるからあの大きさで威力は見事なもんだ」
火炎の壁の向こうから突如出現した二人に、部下とローライは警戒する。
そして、発言から蠍の関係者でこの事態を引き起こした側の人間であることは明白であった。
「貴様ら、何者だ!」
ローライの部下の一人が、右手を構えて問いかける。彼もまた実力者の一人であり、そして特に北部での勤務が多かったがその力を買われて事態の対処にまで召集された人材である。
すると、金髪モヒカンで目隠しをした男が朗々と返す。
「何者って言われたら、まあお前らの敵だよな。本名言うわけにはいかねぇもんな?」
もう一人のパンダの帽子を被った強面の男は右手の指を一本一本細長いしなやかな刀に変形させながら会話に加わる。
「そうだ。ボスの名前も迂闊に言うんじゃないぞ。幹部だからってお前は馴れ馴れしすぎるし迂闊に過ぎる」
「そもそも、この国で『ボス』って言ってる時点で大体察してるんじゃねぇか」
「…それもそうだな」
「ペラペラとよく喋るものだな。だが、このようなことをしてタダで済むと思うなよ」
痺れを切らした部下の一人は、構えていた右手から何かが出る…という訳ではなく、上空から敵二人に向けて滝が降り注ぐ。
その威力をローライやもう一人の仲間は理解していた。
常人なら一秒と持たず、立っていることがままならなくなり地面に膝を突くかあるいは倒れ伏しそのまま上からの水圧で意識を削ぎ落とされてしまう。
手の内を知っていても、落ちてくるタイミングをずらされたり、防ぐ手立てがなく手合わせでは相当な強者の部類に入る。
威力だけなら、上位であることは間違いないのだがそれでも、世界は広い。
「なッ!?」
滝の異線敷く者、モルトは目を見開いた。何故なら、敵の半径五メートルほどを球として成立させるように水が一滴も触れることができていないのだから。
「概念系なら面倒だったんだがな、それに水とは俺と相性が悪かったな」
「威力だけなら俺たちを害せるのだろうがな」
モヒカンの男は左手を空に掲げながら、相手を嘲笑う。
パンダ帽子の強面は先に滝の下から脱出する。
「何を、した」
モルトは完全に無力化されたことに意気消沈している。戦意が消え去ったわけではない。
ただ、長年積み上げてきた修練の賜物が誇りも何もないはずの蠍如きに通用しなかった事実が彼の心に少なからず衝撃を与えた。
「超高温で蒸発させたんだよ。最も、熱を操るなんて奴は大抵ここまで引き上げることはせず諦めちまうがな」
モヒカンは手を掲げたまま、前方に歩み滝の下から抜け出す。
モヒカンの上部で滞留していた滝は、堰を切ったようにあふれ出し街路を抉る。
「ほう、いい技じゃないか。俺一人なら危なかったな」
最初は被害をこれ以上拡大されてはたまらないとモルトは二人を排除しようとしたが、今は明確な敵意を持って始末しようと考えている。
この二人は危険だ、その考えが頭に浮かんだとき第二の攻撃態勢に移行した。
「待て、モルト!」
ローライの叫び虚しく、滝を扱う男モルトは溜めを行う。
しかし、すぐさま戦線離脱させられることになる。
突如、上空から人影が落ちてきた。
そのまま落下に任せて、勢いを有しモルトを地面に陥没させる。
モルトは声にならない叫び声を上げながら、目の前が真っ暗になり動かなくなった。
「モルト!」
「おいおい、つれねぇな!俺様より部下の方を見てんのかよ!」
「貴様は!」
その凶悪な顔には見覚えがあった。
それは空港で邂逅した一人の犯罪者にして、出力が弱まっていたとはいえ結界の不壊伝説を終わらせた張本人、蠍のリーダーであるデオルグであった。
一体どのようにして首都に入り込み、更には爆弾を仕込んだのか定かではないがそれでも敵の首魁が今目の前にいることは純然たる事実であり、ここで討たない訳にはいかなかった。
しかし、民間人の救助のことやモルトを一刻も早く医者に診せなければという葛藤もありほんの数秒その判断に迷ってしまった。
そして、その数秒が命取りになる。
「俺を目の前にしてんのに、他のことに気を取られてる場合じゃねぇぞ!」
口角を上げたまま、一気に距離を詰めてローライに右拳を振るう。
「我が身よ、害なすものを反射せよ!」
突進していったはずのデオルグが逆に後方に吹き飛ばされる。彼が吹き飛ばされた隙にローライは子供に逃げるよう言ってその場を離れさせた。
「おいおい、デオルグ。そう簡単にやられてもらっちゃ困るぜ」
モヒカンは特に心配などしていない様子でデオルグに視線を向けながら揶揄う。
「やられる気はねぇよ。それとボスと呼べ。あいつの能力の絡繰りは理解した。なら後は攻略法を探していくだけだろう!」
もう一度、突貫するデオルグ。しかし、今度は動きが単調に真っ直ぐ進むのみでなくローライの周囲を円を描くように駆けている。
「小癪な。そんなことをしても無駄だ」
先ほどとは動きに違いが見られたものの、特に動じる様子は見られず駆けるデオルグに視線を向けず仁王立ちしている。何をしようと無駄だと思っていたのだ。
高速で足を動かしているデオルグは自分が行っている仕込みが成功するか失敗するか賭けに出ていた。
考え得る能力の弱点を一つ一つ検証していくつもりではあったが、それでも一つも当てはまらない可能性もあるし自分が倒されてしまう可能性の方が高かった。
だが、賭けに出たことが功を奏した。奏してしまった。
デオルグは一度正面に回り込むと再び真っ直ぐ突撃して、炎を纏った拳で殴りつける。
空港で感じたねじ伏せるような熱量が今の攻撃には感じられなかった。
しかし、構わず感謝しようとする。
小細工をしようと全てを跳ね返す自信がローライにはあったのだ。
けれど…。
「ぐっ!?」
自分が張り巡らせていた周囲への警戒と感覚を掻い潜って何かが背中で爆ぜた。
「お?ラッキーだな。まさかこれが当たりとはな」
デオルグは意外そうにけれど、カジノで上手く勝ち残ったギャンブラーを思わせる物言いで余裕さえ見せていた。
「何をした!」
警備最高責任者として、敵に膝を突く訳にはいかないという矜持で顔を歪めながらも怒りを宿しながら両の足で立っていた。
「お前、自分が認識してない攻撃は反射できないだろ。今まではその異能レベルの超感覚で全方位の攻撃の圧力を感じ取れてたみたいだが、流石に消えかけの炎にまでは注意を向けらんねぇよな」
ローライの周りを走っている間に、見ただけでは息を吹きかけただけで消えてしまいそうな炎を待機させておいたのだ。
しかし、消えてしまいそうなのは見た目だけで、内包された熱量は見た目を遙かに凌駕する代物だった。
ローライの身体に触れるまで消滅しそうなまま近づかせて、触れた瞬間に爆ぜさせたのだ。
彼が立っていられるのは、強靱な肉体故であり普通なら軍人でも倒れ込んでいる威力を含んでいた。
「さあ第二ラウンドいってみようか」




