第五十二話 狂気の沙汰
「よいしょ!」
悠江、叶未、そしてローライの側近のライゼルが背中合わせで囲んでいる敵を迎え撃っている。
銃を放ちながら、近づいてきた敵に対しては悠江は手首を掴んで投げ捨てる。
ライゼルは自身の主の方を心配に思いながらも、曲刀を振るいながら次々と敵をなぎ払っていく。
叶未もこの事態に不信感を抱きながらも、鎌や地に触れて分解した瓦礫を利用しながら死角を補いつつ切り捨てていく。
突然囲まれたことに全員が困惑を心に浮かび上がらせたにも拘わらず、表情には欠片ほども出さずに目の前の何十人もの敵を容赦なく倒していく。
恐らくは蠍の仲間であると推測されるものの、空港で向かってきていた数より明らかに多いため、何か絡繰りがあるのではと悠江は怪しむ。
「もしかして、乗ってた数より多い?」
叶未も同じ疑問に至ったようで、説明の付かない不安に襲われていた。
「何が起きてるんだ」
ライゼルは十人ほど斬り伏せたところで、剣を地面に突き立てる。
「お二人とも、時間稼ぎを頼みます」
一体、何をするつもりなのか。それを知らない二人であったが、ライゼルに声をかけるまでもなく彼を守る立ち位置に移動する。
明確な敵意があってその行動に移ったわけではないと察したからだ。
悠江は霧を漂わせていつでも守備できるようにし、叶未は攻勢の勢いを敵が有することがないように自身が攻める手を止めない。
異線にも様々な体系があり、時には溜めが必要なものも存在する。
ライゼルがその系統であるのだろうと推測した悠江はできるだけ集中力が欠けないように、迫る危険を事前に排除していた。
近づこうとすれば絡め取り、異線による風の刃や水の弾丸を受け止める。
「風は俺、弱点なんスけどまあ工夫次第ってやつッスね」
自分の弱点に当たる風の攻撃を局所的に霧の密度を凝縮することで防ぎきる。
猛攻を加えられながらも、悠江の全方位に対する防御と反撃が相手に損害を与える。
叶未の鎌による斬撃も鋭く研ぎ澄まされた攻撃であるために、避けきれる者や防御が不十分で喰らう者が多発している。
「二人とも、跳んで!」
その言葉を皮切りに叶未と悠江は大きく跳躍する。
瞬間、地面が流動体のように波打ち敵の動きが鈍くなる。直後、その場で立っていることもままならなくなった敵は上に打ち上げられ、落下する。
敵の一人が地面を見ると、そこには牙を生やした大口が一人一人のために開いており、そして飲み込んだ。
食べられていく間にも敵は何か助けを乞う声や叫び声を上げていたが、そこになんら意味は無く無意味に空気の振動を吐き出しながら、消えていった。
「わお。これは吃驚」
叶未もこの光景には驚嘆の様子を隠せない。
「異線で怪物を生み出すタイプの能力ッスか。流石にあそこまで逃れられないのは珍しいッスけど」
悠江も能力自体に珍しさは感じていないものの、見事な咬合力を持った怪物で一切敵を逃がすことなく喰らい尽くした様子には驚愕しているようだ。
「生み出すのに時間はかかるんですけど、それでも拘束や全滅においてはそれなりの自負はありますよ」
「封武の方はコントロールを補助する役目のものッスね」
「最近はあまりないのですが、暴走させて味方に被害を出したこともあったので、念のためにこれを用いています」
そう言って曲刀を掲げるライゼル。
「浮遊系かもしくはどうにか空に逃げる手段がないとなかなか逃げ切れないよね。大分凶悪というか」
「叶未さん、それ本人に言います?」
「ハハッ、確かに見た目は悪いですがそれでもこの力で窮地を救われた場面もあるので俺は気に入ってるんですよ」
あまり見栄えという意味合いでは目も当てられない気味の悪さを、見る者に与えてきたがライゼルはその事に対しては目を瞑りむしろ胸を張っているようであった。
彼にとっては、いや大半の異線敷く者は自分の力は自らの半身であるとさえ身体の奥底に、遺伝子にさえ刻まれているとも言える。
ただし、その半身を誇るか恥じるかは個人の資質でもある。
ライゼルのように多くの人間にとって見た目が不気味で背筋を人差し指で撫でられることを想起させる能力は、特に毛嫌いされることも多い。
差別的意識は今尚色濃く残っている。
前回の大戦以前では、日本に限らず多くの国々で差別が頻発していた。
それはもはや暴力の域に達しており、宗教が根深く信仰されている地域では当時でさえ時代錯誤な魔女裁判が数え切れないほど行われていた。
異端である、神の御意志に反した生き物である、奴らは滅さねばならぬ。
燃えて、燃えて、焼却た。
なんとなく、気味が悪いという理由で人民はただ火を焚いた。
いつの間にか、思想も信仰も関係なく差別の輪は広がった。
そういう意味ではライゼルが生まれた時代は幸運であった。
暴動が起き、反対運動が一つの国を転覆させるほどに膨れ上がり、戦火を経て、そうした結果遂に国家は差別的意識について全面的に反省をし審議の議題として何度も取り上げられ法改正は幾度と行われた。
もしかしたら、天空の国という空の独立王者の腹の上に生誕したことが彼にしてみれば幸福であるのかもしれないが。
しかし、確かに時代は能力の見た目で差別する時代を通り過ぎている過渡期でもありそこに生まれた若い世代、ライゼルや叶未、悠江などはかつての時代を知る者からすれば運に恵まれていると頭を撫でることであろう。
あるいは、一つ時代を遡っていたならば今の彼はなかったのだろう。
「しかし、これ飲み込まれた先はどうなってるんスか?」
下を覗き込みながら、波打つことも牙がむき出しに出てくることもなくなった地面をまじまじと見つめて問いかけてみる。
「問題ありません。賊は一人残らず地獄の苦しみを味わわせながら捕らえておりますので」
身を震えさせるような底冷えのする声色で薄笑いを浮かべたまま周辺に敵が残っていないかの確認作業を止めて悠江達に向き直った。
その一言で大まかな能力のコンセプトを理解した二人はこれほどまでに尋問に適している力はないだろうと感心しつつも捕縛されたくはないなと思いながら下手な言動で怒らせないようにしようと固く誓った。
「そ、そうッスか。でもどうして俺らがここにいることがわかったんスかね」
「それは不思議に思ってたよ。最初から知ってたみたいに包囲されてたよね」
「このタイミングでこの数を用意して囲んだのは間違いなく蠍の仲間であろう事は推測がつくというものですが、それでも飛空挺での仲間の数と合致しないのは流石におかしい」
「一つ言うなら、あらかじめ潜伏させていた可能性があるんじゃないッスか?」
「どういう事でしょう?」
霧を人型に形作り、複数作ったその中で一つだけ赤い色が頭部に付着した人間が紛れ込んでいる。ただし、見た目は他の霧人間と同じく顔のパーツははっきりしないものの一般人のようにしか見えない。
「一見すると、民間人に紛れ込むようなごく自然な見た目をした犯罪者って世の中意外といるもんッスよ。そもそも、すれ違った相手の顔なんてほとんどの人が覚えてないですし。向こうがやったのはそれと同じ事じゃないッスかね。血吸いの大蠍のメンバーを全員把握してるとは言えないッスよね?ハイジャックする以前に飛空挺は実際何便も出てましたし、その中に紛れ込ませることはできたッスよ。…まああんな沢山出航してても俺は休みが合わなかったッスけどね」
最後に声を細めながら仕事でもなければ来れなかったかもしれないことを示唆しながら、視線を泳がせた。
その声は誰にも届いていなかったのだが。
「ちょっと待ってください。それでは、まるで…」
「ギャンブル、だよね」
驚愕で言葉が途切れ途切れになりつつあったライゼルの言葉尻を補う形で叶未も会話に参戦した。
「そう、まさしくギャンブルッスよ。だって飛空挺はチケットを取るのがプラチナチケット化して一枚取るにも相当な運でもなければ大量には送り込めないッスよ。そもそも、詳細は省くッスけど機械と人間の二重のチェックで本人確認を行っていて誤魔化すのは一流の詐欺師でも不可能に近いッスよ。だから、とんでもない馬鹿ですよ、計画した奴は」
貶しながらも、その目は対となる感情を浮かばせており重要な局面で完全な賭けに出た精神性に恐れさえも僅かにあった。
ライゼルも叶未も心の中では運に頼り切った方法を戦法に取り込んだことに対しては、狂気さえも見えていた。
「でも、単に機械も人間も騙しきっただけだとしたら!」
「多分、大国のそれも一流の隠密部隊でも切り抜けるのは不可能に近いと思うッスけど、運じゃなくそれができるのならそっちを警戒するべきでは?」
「た、確かにそうですね」
「ともかく、これを運で乗り切ってそして動員してきたのなら賭博師として一流と呼んで差し支えないッスね」
「もしかしたら、ここでバイトとして雇われた人間がいる可能性もあるけど」
叶未がそう言ったところでライゼルは否定を示す。
「それはあり得ません。詳しくは言えませんが防犯上のシステムはそうした所謂、闇バイトを防ぐために取引関係の連絡については特に厳しい制限を設けています。監視しているというよりも、危険を自動的に検知して制限をかけるというところではありますが」
「なら、もはや運に頼ってるかもッスね。あの場でこのようなことをやりそうなのは…」
「蠍のリーダーなら平気でやるでしょ。だって、最初に煙に紛れて逃げた時もあれは確実な手段とは言えなかったんだから」
「でしょうね。実力的にはどうでした?」
「私が戦って上回る自信はあるよ。圧倒かはわからないけど、それでも負けることは無いと思う」
「そのことをあの男が気付いていた可能性はありますか?」
ライゼルは驚愕を拭えないまま問う。
「理解はしてたと思う。でも、常に勝ちの顔をしていた。ああいう手合いが一番面倒なんだよ」
なにより、と続けて叶未は自身の考えを述べる。
「本物の博徒以上に命を賭けた賭けに出る気概が瞳に宿ってた」
強いだけの人間よりも、警戒を怠ってはいけないということを実感した三人である。




