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リーディア  作者: シュタイン
第一章 復讐を担う者
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第五十一話 夜明けの賛歌

「それでは、お預かりいたしますね。お二人はローライ最高責任者や彼の部下と離れぬ事を忘れずに」

 

「妾も行きたいのじゃが。なにゆえこうなった」


 いつの間にか玉座を降りていた女性は少女の手を引きながら、外に向かって歩き出した者たちを見送った。

 また留守番を言い渡された少女は、不服を全面に表しながら手を繋がれている。

 

「戦力になれぬのは否めぬが、だからといってここで見送るだけというのも歯痒いぞ。妾をここまで送ってきてくれた者たちにせめて何か協力をせねば」


 勇ましい言葉を吐きながらも振り返った叶未らによって優しく諭される。


「前にも言ったけど、まだ子供で力の扱いも戦い方もよく分かっていないんだから、成長したらまた手を貸してね」


 笑顔で言い含めた叶未にそれ以上は何も言えなくなったのか、あるいはその顔に懐かしさを感じたように面食らって意識せぬままに返事をしてしまった。


「う、む」


 大扉が口を開いてローライとその部下、叶未、悠江を外に放り出す。


「そういえば、お主の名前を聞いておらなんだな」


 呆けた様子から立ち戻った少女は、傍らに立つ自分より多少背が高い幼さを残した面立ちの女性に名を尋ねる。


「私ですか?私は()()()()()()。ファミリーネームはランダルフォンです」


「ふむ、しかしその名は都の名とは…」


 言い終えかけて、少女は大きく絶叫する。

 魂からの慟哭とさえ思えるそれは、叫びでありながら同時に新たなる生命体が生まれ出でたことへの聖歌にも感じられた。

 頭を抱え、地面を這いながらもいつまでも叫び続ける少女に対して、女王であるリースヘリヤと老紳士ゲオルムは心配のあまり困惑を隠せないでいる。

 しかし、何か手を尽くさねばならぬという思いは一致しておりすぐに城の宮廷医師団の医師を呼びつけた。

 暴れ回る少女の膂力は担架に乗せようとした医師達を振り払いながら、声を上げ続ける。

 どうにか城の天空護城騎士(スカイロイヤル)とゲオルムで抑えながら担架に乗せて、城の客間の一室に運ぶ。

 リースヘリヤも心配が重なったのか、追従する。

 緊急事態が起きれば、すぐさま警報が鳴って玉座にも駆けつけられるから今は目の前の幼子の容体に気を遣いたいと思ってしまったのだ。

 だが、少女を運びながら部屋へ向かっていた一行は、城の異変に気がつく。


「揺れている?いや、()()()()()?」


 自分でもこの異常事態をどう表現したものか見当が付かない女王は、最も正しかろうと思われる言葉を口から漏らした。

 それは祝福であり、それは希望であり、それは歓喜であり、それは祈りでもあった。

 城そのものが元々、一個の生物であるかに思える作用を住人達に与えていたが、それでもある種のプロジェクションマッピングのようなものと言える範疇で留まっていた。


 しかし、今回起きたのは明らかに声を上げたかの如き城の響きであり、空気の振動であった。

 城が見せる色は次第に、悲哀の色を消し去っていき代わりに妖精達が祭りを催している様を想起させる色へと変化していった。

 未だ苦しむ少女を運んでいる最中でありながらも、彼らは一瞬動きを止めてしまった。

 今まで見せたどんな色よりも美しく、歓喜の極みに達したことで涙さえも促す段階へと色は成長していた。

 叶未が涙を流した深い悲しみなど比較にもならないほど、反対の感情。(つい)の絶望ではなく、初めて空を羽ばたいた鳥のような力強い羽ばたきであり、そこに付随する感動。

 世界の広さを初めて知った鳥はきっと目に涙を浮かべるだろう。

 けれど、この城はそれ以上に祝福をした。

 言葉が喋れるのなら、こう言うだろう。


『ああ、よかった。君達の努力は無駄ではなかった。間違いを犯しても君達の歩みは良き友人を呼び戻した。本当は戻っては来たくなかった彼女を呼び戻してしまったことを悔いることはない。我が朋友はそんなもの、笑い飛ばしてくれるだろうさ』


 この場でただ()()()()、城の発する意思のようなものを感じ取った。

 直接的な言葉を理解できたわけではない。

 しかし、一つ確かな事実を認識した。

 この城は、あるいはこの国は今暴れ回る少女を祝っているのだと。ゲオルムは微かに呟いた。


「一体何者でしょうか?」


 一瞬の意識の乖離を経験しながらも全員が目を覚まし、急いで再び動き出す。

 医師達も治療の準備を整えながら、ひとまずは彼女に鎮静剤を打つ。

 効きが悪かったのか、それでもなお身体を暴れさせながら自分が傷つくことも構わずに、騎士達の防具を殴る。

 手が赤くなって腫れつつあったが、そんなことを気にしている余裕は彼女にはない。

 城の意思を感じ取ったゲオルムともう一人のリースヘリヤはこのままではいけないと少女に近づく。

 

「私が眠らせます!」


「陛下、危険です!」


 周囲の配下達が止めようとするが、この城でも一番の実力者のゲオルムが少女を優しく抑えながらリースヘリヤを待つ。


「今です、陛下」


(ねむ)(ひめ)!」


 女王の杖から淡い紫色の光が漏れ出る。発しているのはただの麻酔や鎮静剤よりも強力で尚且つ自然に眠りに誘う光であった。

 少女は、暴れていたのが嘘であるかのようにゆったりと目を閉じると、大人しく担架に身を預けた。

 そのまま、部屋に一直線で駆け込んでいく。


「流石です」


「あの子は何者であるのでしょうね。ここまで城が反応を見せたのはあの方がいなくなって以来です」


「もはや、考えても仕方ありません。これが我が国にとって良き事であるのを祈りましょう」


「はい。ただ、何故でしょう。私、あの子を見ると懐かしさを覚えてしまうのです」


「私もです。胸の内に湧き上がるこの感情を説明ができませぬ。けれど、悪いものには感じられないのです」


「そうですね。でも、何者であれきちんと苦しみは取り除いてあげたいです」


「お優しいですな」


 ゲオルムのその言葉に、照れた様子を見せながらも少女が部屋に向かう道中に同行する。

 少女は眠ったもののやはり、心配であることは変わらずで自分にできることは無いかと考えながら歩き出す。

 叫んでいた姿は、痛々しく見ていられるものでもなかったし、悲痛な心も同時に感じさせた。

 どこかの誰かとの苦しげな思い出なのか、記憶が戻る予兆なのか。

 いずれにしろ、リースヘリヤは少女を手厚く看ることを固く誓っていた。

 幼い子供が、魂からの叫びをしてみせたのには明確な理由があるはずだと感じ取ったから。


───────────────────────────────────────────────


 一方で叶未達は今後の方針について話し合っていた。共に行動することは避けられそうにもないので、必要な取り決めをひとまずは決めておきたいと思案していた。


「とりあえず、私達と同行するのは誰?」


 監視役をさっさと決めろと暗に急かす叶未。


「それなら、俺の一番の側近を付けよう。ライゼル!」


「ハッ!」


 そう呼ばれた、途中まで部下が乗る車を運転していた男、ライゼル。切れ長の目と重力に反発して後方に尖った金髪に近い色の髪をしている。

 見た目は子供相手ならば怖さを与えてしまうが、道中少女に怯えられたことはなく意外にも気さくである。

 ローライの側近としてそれなりの地位に就いているのだが、部下に運転を任せることなく自分で運転する。

 本人が運転好きであるからか、実際にドライブを趣味にしている。

 実力の上でも叶未達を監視するには問題無いとローライに判断されたため、一緒に行動することを求められた。

 悠江はライゼルの力が目算では彼の上司であるローライに及ぶべくもないものの、それでも自分たちの足を引っ張るほどではないと人選に納得した。

 相棒の叶未はローライと組んであわよくば、タイミングを見計らってもう一度戦ってみたいとさえ考えていたので少し肩を落とす。

 ローライは全体の指揮を行う役割も担っているため、そうした風に行動する。

 なので、個人的な捜索を行う叶未達にそもそも、着いていける道理はないのだが。


「では、組み分けは済んだことだし俺は本部に戻るとしよう。ライゼル、頼んだぞ」


「承知しました」


「君達二人にはライゼルを通して追って指示を出したい。構わないか?」


「問題ないッスよ」


「同じく~」


「助かる。では、それまでは自由に捜索していてくれ」


「了解ッスよ」


 その場では解散して、三人での捜索を開始する。


「お二方、どちらを捜しますか?」


 ライゼルは二人に対して指針を求める。本格的な国中の捜索はローライ達が行うから首都の観光でも多少しても問題無いと考えていたので二人にどう動くのか委ねたのだ。

 しかし、意に反して二人は全く違う反応を示す。


「そうッスね…とりあえずさっきから感じる鬱陶しい視線の正体でも探るッスかね」


「うん、どこから視てるんだろうね?」


「え?」


 二人が言っている意味が一瞬分からなかったが、途端に理解した。

 自分たちは何者かから監視を受けているのだ、と。

 ローライでないことは即座に分かった。

 国の暗部を使っていたら自分が気付かないわけがなかったからだ。

 そこまでライゼルが考えたところで、二人は周囲を見回していた。

 まだ、城から離れて時間は大して経っていないが、剣呑な空気を纏っていた。

 

「堂々としてるって言えばいいんスかね。城からそう遠くない街中ッスよ、ここ」


「気が早いんじゃないかな。短気なのかもね」


「ッ!?囲まれ…!」


 ライゼルが囲まれていると言わんとした直後、掌大の黒い球が揺らめきながら急速に衝突する。


「チッ!」


 放った男は舌打ちをしながら手応えがないことを感じ取れた。


「ご無事ですか、二人とも」


「おお、やるね~」


「そりゃ、ローライさんの側近なら強くないと困るってもんッスよ」


 黒球が迫るまでのほんの僅かな時間で自身の装備を抜き放っていたライゼルは、片手で曲刀を構えながら敵に向き直っていた。


「いつの間に…。しかも、住民が見当たらない?」


 城に近くとも十分に賑わっているこの首都で民間人が一人も居ないのは不自然であった。


「人払い的な異線(レイル)ッスかね。流石に動きが早い。今頃ローライさんの方も襲われてたり?」


 悠江は不穏な言葉を口にした。

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