第五十話 撃墜未遂真相
「あんな如何にも要塞を兼ねてますみたいな見た目をしてる空港の結界が強力な一撃だったとはいえ、あの炎の槍に押し負けるってのもおかしな話ッスよ」
蠍のリーダーの攻撃は確かに悪魔的熱量を誇ってはいたものの、実力では叶未や悠江とよくて互角といったところというのが彼らの見解であった。
それが即座に結界が脆くなっていたという推測に繋がるわけではないが、判断材料としては十分であると言えた。
そもそも、アフリカで攻め込んできた国も弱いわけではなかった。悠江の見立てでは、本来の強度なら軍内でも単騎で割れる人間はほとんどいないというところであった。
遠目から見ても炎による攻撃はその限られた人間達の技に及ぶほどには見えなかった。
それでも、結界が割られてしまった。
彼の勘と状況証拠での推理でしかないが、結界は脆くなっているという推測ができてしまった。
「そちらの事情もあるんでしょうが、民間人を巻き込もうとしたことについて説明してもらってもいいッスか?」
裏側の存在であるが、軍人であるという意識は胸の内に存在していたため、自然とその目線で詰問し始める。
「お前達は、ただの侵入者でもないようだな」
玉座のまで一際目立っていた悠江の言動を聞き逃すはずもなく、ローライは今にも戦いが始まってもおかしくないような威圧感を纏い始める。
叶未もまた、無意識的に顔に笑みを貼り付け始めて、獰猛な獣に似た気配を漂わせ始める。
「お止めなさい、ローライ殿」
しかし、一触即発の予感は一人の老紳士に制止された。
「なぜです、ゲオルム殿?こいつらが国の安寧を脅かすかもしれないというのに」
日本の立場に立って一方的に話していた悠江に危機感を抱いていたローライは止められたことに腹を立てた。彼は悠江の分析能力と結界が弱まっている事実を見抜かれ、そして天空の国陣営が僅かではあるものの動揺を見せてしまったことで、もはや帰すわけにはいかぬとさえ思案していた。
「その者は自らの推測を述べたに過ぎません。そこに揺らぎを見せてしまったのは我らの未熟ゆえ。何より、民間人を撃ち墜とそうとしたのはこちらの非。彼らを責める道理などありませんよ」
「しかし…!」
「お黙りなさい」
口調は確かに丁寧であるが、恐ろしいまでの強烈な視線にローライは押し黙った。
喉元に絶対に死を逃れられないナイフでも突きつけられているかに思える錯覚を覚えながらも、なんとか膝から崩れ落ちることはなかった。
彼は小さく『衰えたなど、ご冗談を』と呟きながら、後ろに後退った。
「失礼しました、お客人」
悠江も叶未も目の前の紳士然とした老体から副隊長や隊長から感じる威圧感と似たものを感じさせられて、呆然としていた。
一方で少女は本人も理由が分からぬまま、笑っていた。
「説明でございますね。本来なら素性の知れぬ方に説明するのも憚られるのですが、世間に露呈するのも時間の問題でしょうから、お教えいたしましょう」
玉座に鎮座していた女性は口を開いた。重々しい顔をしながら。
「結界が弱まっていることは事実です。そして、それは空港のみならず国中に張った主要な結界全てです」
「そこまでの事態ッスか」
「それ、まずくない?」
国全土に及ぶ問題であると聞いて、二人は頬に汗を浮かばせた。
「張り直せはせぬのか?」
「そうしたいところですが、生憎と出力低下の原因がわからないのです」
「わからない?」
少女は物怖じすることなく、統治者である女性に問いかけた。
「結界は封武で補ってるんスよね?なら、それを修理すればいいのでは?」
悠江は当たり前だが、壊れたなら直せばいいと持ちかける。
「お気づきかもしれませんが、結界は建物の形や位相と封武、そしてこの国そのものによって成り立っています。位相と封武に問題は見当たりません。であるのなら、後はこの国自身の問題であると思うのですが…」
「この国によって成り立ってるって?」
国が結界を構成する要素の一つと聞いて叶未は疑問を浮かべた。
「皆様後ろをご覧ください」
そう言って、女性は手元で何か操作し始める。タブレットというよりは、光で形作られたキーボードのようで浮かびあがったそれを動かすと、部屋の中央に窪んで鎮座していた何かを出力するかのような機械が作動し始める。
映像として出現したのは天空の国の全体像であり、空港や観光街、首都までもが鮮明に再現されている。
立体的であるそれは俯瞰するように周りを回転しながら、天空の国を映していく。
「これは、この国を再現したものです。もう少し小さくして触れることも、修正を行ってシミュレーションすることもできるのですが、我々が幾通り修正作業を試みても結界の強度が戻る光明が見えないのです」
動かされた結果から擬似的に未来を予測する装置であると聞いて、二人は便利な世の中だと感心していた。
実際は天空の国に限り精度がほぼ百パーセントという恐ろしいまでの代物ではあるのだが、先の説明だけでは理解が及ばなかっただろう。
これもまた、天空の国が持つ力の一つであるのだがそのことに今は脅威を抱いていない。
「ご提案申し上げた解決策も悉くが意味をなさず、ゆえに結界の脆弱性の秘匿のためにやむを得ず飛空挺を撃墜させようといたしました」
ゲオルムはそう語った。
そこで、悠江は疑問に思う。これは叶未も同時に感じた事ではあるのだが。
「撃墜させる方が問題になるのでは?それに秘匿する意味って」
「どの道攻め込まれるんじゃない?」
そこで、老紳士が付け加える。
「元々は日本のいた賊であるため、まだ交渉の余地はあります。しかし、結界がかつてほどの力を有していないことが知られれば多くの国がこぞって資源を狙って侵攻してくるでしょう。大義名分を掲げながら」
天空の国が有する資源は計り知れない。単純な金銭に限らず、強力な封武や宝物、何よりエネルギー問題を担っている機械さえこの国には存在している。
多くの学者が密かに解析を試みたが、理解しきれずにいた。
だが、運用だけに絞るのならそれは可能であるため欲しがる国は多い。
安全性、エネルギー効率、枯渇の心配がほとんどないなど狙われる理由はいくらでもある。
封武にしても同様であり、防衛用にその大多数は割かれながらも、他の国と比較しても質がよいため奪いたいと考える国は少なくないだろう。
「なるほど。そういう事情があったんスね」
「天空の国の優位性はなんと言っても実績に基づいた防衛力だもんね。それが崩れるとなったら、狙い目と言えば狙い目だよね」
「大戦からそう長い時間は経過してないし、いくらでも理由付けをして攻め込めるッスよね」
「妾もそう思うぞ。下手に弱みを見せればハイエナ共が食らいついてくるであろうな」
それぞれが己の意見を述べながら、今後の天空の国を憂う。
彼らが思う未来は全くの出鱈目とは言えず、内戦を繰り返す国々や戦争状態が未だに続く国は大戦以降も残る。
数が減ったとはいえ、その事実が天空の国が侵攻される可能性がゼロではないことを示唆していた。
天空の国の面々は暗い顔をして俯いた。
「この国が危険に晒されないために撃ち墜とそうとしたのはわかったけど、それを提案したのはローライさんだよね?」
突如、名指しを受けて身体が強張るローライ。
「何故、そう思った?」
「警備責任者なら、先を見通してそういうことも考えるでしょ。そこの女王様がそんなこと言い出すとは思えないし」
根拠には乏しくとも、叶未は確信めいた顔で両者を見た。普段の断罪者のような目ではなく、裁定者が如き、相手の答え如何によっては対応を考えるような眼で。
「正解だ。もっと言うなら、陛下は最後まで反対されていた。民間人を大勢犠牲にすることを躊躇ってらっしゃったのだ」
遠回しに犠牲にする強さがない弱者のように語られたと玉座の女性は感じたが、無論ローライにその意図はない。
ただ、叶未は彼女の心を見透かしているかのように弁舌した。
「へぇ、強いね。最後までその提案を許可しなかった、流されず反対する強さがある。そういう人は良くも悪くも、統治者に向いてるんじゃないかな」
「統治のことわかるんスか?」
「わかんないよ?」
「…そッスか」
語っておきながら感想を述べただけといった叶未に悠江はそれ以上何も言わなかった。
それでも、玉座に座する女性にとっては守り続けてきた椅子に座る資格があったと肯定されたようで思わず、感謝を小さく述べた。
ゲオルムは叶未の言葉を聞くと、彼までもが喜びの色を心に浮かばせた。
「でも、どの道結界が破られた以上隠匿は不可能ッスよね。飛空挺の客も見ていたわけですし。これからどうするつもりで?」
「問題解決はこちらの仕事です。仮に結界の強度が戻らずとも我が国の兵は訓練を怠っていませんし何より、切り札もあります。いざとなればそれを発動させれば済む話です。けれど、問題は既に内部に忍び込んでいる血吸いの大蠍への対応です。そこで、お二人には奴らを排除するための協力をしていただきたいのです」
女王から提案されたのは驚くべき事柄であった。
自分たちは怪しい存在であることは否定できず、素性も簡単には明かすことができない彼らを賊を捕らえるという重大な役目に就かせようというのだから二人が表情を驚愕に染めてもおかしくはないだろう。
協力して、というあたり天空の国の側との連携も必要となってくるだろう。
つまりは、それをしても問題無いとの判断を行ったから持ちかけたのだろう。
「自分ら、信用できないと思うんスけど。それにこの子の親も探さなきゃですし」
「空港でこちらを守ってくださった以上、敵ではないとは考えられます。少なくとも利害は一致していると解すことも。素性が分からないという点についてはどの道侵入者に変わりないので我が国の兵と共に監視も含めて行動してもらいます。あと、その子の親については引き続きこちらで捜しましょう。よければ城で預かっておきましょうか?」
女王は先ほどまでの硬い表情から、朗らかな笑顔でしかし好きに行動させておくつもりはないという感情でそう言った。
「抜け目ないッスねぇ」




