第四十九話 謁見
門番はローライと何やら話し込んでいたがすぐに、右手の指を全て真っ直ぐ伸ばして額に着ける、いわゆる軍隊形式の敬礼を行って通行の許可をする。
離れたところで待っていた悠江達は手招きされてローライの後を着いていく。
ローライの部下も後に続く。
「さっき、何話してたんスか?」
門を開けてもらうために要件を詳しく話していただろうが一応は会話内容が気になってしまった悠江は問いかける。
「彼らは俺の部下じゃないからな。陛下に招聘されていることを確認してもらっていた」
「部下じゃない?警備はあなたの管轄だよね?」
引っかかりを覚えて叶未は尋ねる。
「城の兵は全て陛下の直轄だ。そこまで俺が統制していたら万が一叛意でも抱けば掌握できてしまうからな。昔からの慣習だよ」
自身が叛意を抱くつもりはなくとも、危険性がある以上はそれは必要なことであり更には城に常駐しているわけでもないので、指示を出す人間は城に必要ということをローライは詳しく説明した。
城の内部にいる特に強力な兵は騎士の称号を与えられ、『天空護城騎士』と呼ばれるようになる。
天空護城騎士は基本的には城の守護に当たるが時として、首都やその他都市の守りに駆り出されることもある。
そうなった場合、城の内部では彼らのまとめ役である騎士長が指揮を執るが首都や他の街ではローライの指揮下に着くことを彼は悠江達に説明してくれた。
色つきガラスで窓が構成されている広い廊下を渡っている一行。
渡る度にガラスから覗く光の色が変化しているかに思えて、いくつも色が変容して世界が見えてしまう。
けれど、決してそれは視界が煩わしいことにはならず、映し出す景色の中で変わり続ける色は胸を締め付けるような美しさを兼ね備えていた。
首都の様子を煌びやかで、しかしどこか失われたモノがあるような寂しさに囚われてしまう光景だと表現するなら、城の廊下は妖精かあるいは精霊かいずれにしろ神秘に覆われた存在が住まう秘境であるように感じられた。
浮世離れした美しさ。
俗的な言い方をするなら、美しき人をそのように表現することもあるだろう。
だが、この城の廊下、否、城そのものから漂う空気や美麗さはいくら言葉を尽くしても足りないのかもしれない。
建築における技法が生み出しているのかとも悠江は考えたが、それだけでは説明がつかないような世界が展開されているようにも思えた。
「ちょっ!?叶未さん?」
隣の叶未に城の保有する形容しがたい気配について話をしようと横を見ると、彼女は涙を一筋流していた。
「君は感受性がよほど強いのだろうな。そうなる人間はたまにいる」
自分でもなぜ泣いていたのかよく分からず、困惑を隠しきれなかった叶未に対して、ローライが理由が分かるかのようにそう言った。
「君達が感じたようにこの城はあまりにも美しすぎる。純粋な生命体の感情のように時折こちらを揺さぶってくるほどにな。気にすることはない、その涙はただ、あてられただけだ」
「ある意味恐ろしいッスね。幻想的な世界かとも思ったッスけどそれだけじゃないようにも思えるし」
「泣いてる」
「え?」
「ここは泣いてるんだよ」
叶未が突如そんなことを言い出して、意味が分からないといった顔と声色を示してしまうが、揶揄って言っているわけではないことはすぐに察した。
「そうじゃな。悲しみで溢れておる。そうかだから、あのような光景を見せたのか」
少女もまた、同じように城から別のモノを感じ取ったように話し出したが、ローライやその部下達はそんな感想を口にする人間を見たことがなかったので訳が分からなかった。
あるいは、彼女たちだけが何か違う物を見ているのではと勘ぐったが、次の少女の言葉を聞いてそうではないと、自分たちの感受性を彼女たちが凌駕しているだけなのかもしれないと思い始める。
「変わり続ける色とその中で組み合わされた色で構成された世界は、不安を搔き立てるものさえあった。来客にそのような無粋な真似をするとは思えぬ。それでも、そうならざるを得ないほどに悲哀の情で満たされておるのじゃ」
まるで、城が意思を有しているかにも聞こえる言い草だが、全員が納得してしまった。皆が彼女の言う景色に見覚えがあったからである。
ローライは城に足を運ぶことが特に多いのだが、その度に気分を低下させられる景色を見なくてはいけなかった。
悠江も確かに神秘的な優美さは感覚的に染み着けられていたが、同時に逃がしようのない負の感情が流し込まれたのも事実であった。それでも、彼らが涙を流すまでに至らなかったのは、不安を感じさせられる程度にしか思っていなかったからである。
けれど、別の側面が見えている叶未と少女にはただ不安に感じるのではなく悲しみを抱いていると感じさせるほどに色が混じり合って構成された世界が視界に映った。
「この悲しみ、どうにかならないのかな」
涙が止めどなく溢れる叶未だが、少女は泣くことはなくきっぱりと言った。
「何かが欠けているから泣いているのかもしれん。じゃが、お主達は今すべきことがあるのではないか?」
叶未がどうにかしたいと言った直後に少女はそれを否定する言葉と同時に、自らの任務を遂行することが重要ではないかと諭した。
今すぐ悲しみの解決を行うことができないのならばできることとやらなければいけないことの認識を明確にしておかなければならないことを少女によって叶未は気付かされた。
身のうちに染み渡るほどに影響を受けた悲嘆の声に目を背けることができなかったが、それでも影守隊の一人として納得し、身を引いた。
ローライは老成したかのような物言いをしていた少女に、本当に何者であるのかと疑問が膨らんでいたがそのまま前方へと進み続けた。
彼は叶未の力の一端は空港での件や観光街での一件で理解していたつもりでいた。そんな彼女が飲み込まれてしまうほどの城が放つ異様な気配を少女は叶未と同じかそれ以上に感じていたにも拘わらず、動じた様子が欠片もない彼女の精神性に少なくとも普通の子供ではないのだと実感していた。
悠江は叶未がようやく慣れ始めて涙を流すことがなくなるのを見届けると、城の持つ空気を放つ封武があるのではないかと周辺に濃度を極限まで薄くした霧を展開し始める。
しかし、それはすぐに中止せざるを得なくなる。
「お止めいただけますかな?城で勝手をされては困りますゆえ」
背後から突然、気配もなく声がして思わず悠江は臨戦態勢に移行しようとする。
勢いよく振り返ってはみるものの、そこには誰もいない。
ローライもその声に気付いてはいたようだが、特別な反応を見せることはない。
「客人を驚かせるのはやめていただけますか?ゲオルム殿」
「失礼、興が乗ってしまいましてな」
ローライは悠江とは違い、進行方向を向いたままであった。
そして、その先にいたのは一人の老紳士であった。
悠江は驚きの隠せぬままに再度振り返って、老紳士を視界に入れた。
真っ先にこの事態に反応を示しそうな叶未は冷静なまま老人を見ていた。
「…誰ッスか、このじいさん?」
「彼は、長年陛下の側近として仕えてきたゲオルム殿だ。この城でも一番の実力者だと思ってくれていい」
「あまりこの爺を持ち上げてくださるな。かつてほどの力はもはやありはしませんよ」
「それは、この国を…!」
「それ以上は陛下の許可なしに話していい内容ではありませんぞ」
老紳士、ゲオルムに一睨みされて萎縮しながらも叱責された事由について謝罪する。
「失礼した」
「いえいえ、それでは陛下がお待ちですので参りましょうか」
そう言ってゲオルムは前方へと歩み出して、大扉の前まで誘導する。一度だけ、少女に視線を向けたときにのみ大きく目を見開いたが全員が気付かないほど僅かな間であった。
大扉は独りでに開きだして、大口を開けた。その先にいる統治者への道を示すために。
「よく来てくれましたね、お二人とも」
響いてきたのは若々しい女性の声であった。
「えっ?」
「どういうこと?」
叶未と悠江は心底驚きの感情を見せた。何故なら、墓人に聞いていた話と明らかに違うからだ。
墓人は生きていれば天空の国の統治者は、老人であるという風に話していたのだがどう考えても叶未達から見上げる位置にある玉座に座る女性は、十代後半から高くても二十代半ばには届かないだろうといった年齢に推測できる。
存在感は確かなものであると言えたのだが、威厳はむしろ年齢相応でしかないと二人は感じられていた。
想像していた天空の国の主の姿とはあまりにもかけ離れていて、流石に二人は数瞬言葉を失った。
けれど、すぐに礼儀正しく居直り、頭を下げる。
「堅苦しくなくて結構です。…私にそうされる資格もありませんから」
「「?」」
言葉の最後の辺りで声が、か細くなっていったためか聞き取れなかったようだ。
「突然呼び出してしまった要件を先にお話しますね。まずは、この国の空港と兵の皆さん、そして何より民間人を救ってくださったこと心より感謝申し上げます」
玉座の女性が頭を下げようとすると、ゲオルムが静止する。
「統治者たるもの、そう易々と頭を下げてはなりませんぞ」
けれど、構わず頭を下げて反論する。
「私にはこうすることでしか感謝を伝える術を持ちません。それに、悪い事態にはなっても最悪の事態には至らなかったのは、この方々のおかげです」
「最悪の事態?」
叶未は思わずといった顔で聞き返した。
女性は膝に手を置きながら語る。
「…我々は、人質を取られたあの飛空挺を、日本の民間人を多く乗せていたあの船を撃ち墜とすつもりでいました。全てはこの国のために」
「もしかして、結界が脆弱になっていることと関係が?」
天空の国の関係者は一同が息を呑んだ。勘付かれているとは思ってもいなかったのだろう。
「確証はなかったッスけど、でも一国の精鋭まるごと跳ね返した実績を持つ結界があんなに簡単に割れるはずがないッスからね。俺らでもそんなの全力を出して割れるかどうか怪しいですからね」
そう言って、悠江は自身が感じた違和感を語り出した。




