第四十八話 それは楽園のようであり…
ローライの運転によって、道なき道さえも辿っていった一行はようやく、首都の姿を視界に入れることになる。
東グリナダと蠍が関係があるかもしれないと聞いてからはローライはしばらく気が気でない様子を隠しきれずにいたが、今は目の前の仕事を片付けることが最優先であると自分に言い聞かせながら運転を続行した。
そんな最中でやっと未だ見慣れない景色を有している都を目に入れる事ができた。
絢爛豪華なカジノタワーを覗かせながら、他にも遊興施設をいくつも備えており娯楽を至上とする人間にとってしてみれば間違いなく、楽園と言えることだろう。
一日で動く貨幣の数はこの国でも当然のように随一で、その額を日本円に換算して聞けば皆卒倒することであろう。
悠江が憧れたカジノを見つめ続けていると、ふとその最上階に不可思議なモノが目視できた。
「あれは…」
「あれか?あれはそうだな、一言で言うと守り神だな」
「守り神?随分とまあ可愛らしいというか、むしろ庇護したくなる対象というか」
悠江はそこまで言い淀むと、ローライがもう少し詳細を説明した。
「そう伝えられているというだけではあるがな。だが、ふらりと色んな街に現れては災いが起これば守ってくれる」
「それって、ローライさん達いる意味なくない?」
なんのデリカシーのない叶未の発言を受けても、ローライは涼しげな表情を浮かべている。
「守り神も気まぐれということさ。あるいは、人間の手で守れるものは人間で守れということかもしれんな」
「そういう解釈もあるッスか」
そう言って、カジノタワーの屋上に座り込んでいた一匹の大きな黒猫に目を向けてみるが、いつの間にか消失していた。
「なるほど、気まぐれッスね」
面白がって空を見上げたまま、頬杖を突いて首都に入っていくのを体感している。
一方で叶未は一般的な遊興施設よりも、遠目からチラチラと目が合っていた闘技場が気になっていた。
「ぜひとも、力試しがしたいものだね」
「せめて仕事が終わってからにしましょうね」
悠江も人のことは言えないほどには顔がカジノに向けて緩んでしまっているがお互いが欲に忠実である。
けれど、不景気そうな顔をしているのは少女であって、身元が分からない事への不安というより、明らかに機嫌そのものを悪くしてしまっている様子であった。
普通なら、テーマパークも垣間見えているこの状況を喜んでもおかしくはないと悠江と叶未の二人は考えていたのだが、むしろ汚物の掃き溜めを眺めているかに思える厳しい視線を向けていた。
彼女の心の内は本人でさえ、定かではなかった。
言葉で表現するには到底難しい違和感とでも言うべき何かが、首都に接近する度に膨れ上がっていた。
それでも、多少は首都に対する楽しみとそれに伴う高揚感はありテーマパークかイベント会場にでも一度訪れてみるのも良いかとは感じていた。
「はい、確かに確認いたしました。入場を許可します」
首都へ入るにあたっては身分証明か、それが無ければ国の高官が持つ入場バッジを提示する必要がある。
ただ、叶未達は身分証明証を見せてもそこから部隊について発覚することはまずないため、堂々と見せた。
少女についてはローライのバッジを適用して入場した。
街は外壁には包まれていないというのに、門のみが四方に点在していた。
それは、不可思議な光景でけれど、門の威容については確かに立派な都市に値する代物であった。
さりとて、やはり悠江は気になったのが門の存在意義であった。
四方の門よりも背の高い建物は都市内にいくつも存在しているというのに一体、何を防いでいるというのだろう。
例えば、狙撃に適した能力を所有しているなら、門を意に介さずにビルの高層に住まう人間を暗殺してしまえるだろう。
更に言うなら、ここでは武器のチェックがされない。
闘技場目当てで入り込む人間もそれなりの数がいるからだ。
ただ、門が四つあるだけなど一体何の意味があるというのか。
しかし、その疑問は門を潜ると悠江は解消された。
漠然とした意味のわからなさを感じ取っていた叶未も同様であった。
「なるほど」
「そういうことね」
二人はそれぞれの反応を示しながら、街の大通りを行く車から外を眺めて笑みを浮かべた。
「気付いたか?」
「結界ッスね。まあ観光街にあって首都にないとは思ってなかったッスけど」
「そうだ。付け加えるなら、主要な建造物には全て結界が張られている。一つ一つが空港に張ってあったものを凌ぐ」
「それは凄いね。しかも、一般人じゃ気付けないね。私達か実力的にそれに準ずる人じゃないとまず違和感すら抱かせないようになってる」
「ほう?そこまでわかるか」
叶未の解析能力に脱帽した様子を見せながらも、中世の景色を思わせていた観光街よりもむしろ近未来的な印象を受ける街並みで車を走らせながら叶未を敵に回した際の厄介さを思案していた。
(やれやれ、敵対はしたくないものだな)
警備責任者としてあらゆる可能性を考慮する必要のあるローライは、今は味方かそれに近い立ち位置であると認識していながらも、将来に渡ってそれが維持される保障はどこにもないため、仕留めるならどう戦うべきかを想定する。
「でも、空港のはあっさり壊されたッスよね。それよりも強度が高いって言ったって蠍の特にリーダーは場合によっては壊されるんじゃないッスか」
「街全体を守る結界と中央の城を守る結界はそれこそ桁違いの防御力を誇っている。問題はない」
悠江は、続いて門の意味と結界を成り立たせている封武はどこにあるのか、蠍に奪われる可能性も考慮して念のために聞いておこうとする。
けれど、それを投げかけようとしたところローライにミラー越しで視線の忠告を受ける。
これ以上は、警備の責任者としては語ることはできない。それでも踏み込むなら敵と見なしてこの場で排除する、と。
悠江もそうした視線を受けてしまえば流石に聞くことはできなかったし、防衛機密にもあたることを喋るわけにはいかないというローライの気持ちもよくわかっていた。
では、城の結界の強度などはいいのかと思ったが、その辺は一般国民でも周知している事実であるためそこまで重要なことでもないとのこと。
また、自信に満ちた顔で、知ったところでどうにかできる代物ではないと語った。
「妾達は今、城に向かっておるのだろう?」
「ん?そうだと思うッスけど」
少女は突然、話し出した。
「あの城、何か歪ではないか?いや、違う。必要な箇所に力が足りていない。これは、妾が…」
口に出しかけたところで、少女は言葉を途切れさせた。
「どうしたの?」
「…なんでもない」
「…」
ローライは少女が発した言葉を耳にして、どこか眉を顰めさせた。
少女の言葉に思い当たる節でもあったのか、けれどローライは僅かに表情は変わったものの、すぐに取り繕って前を睨んだ。
「にしても、カジノ付近は賑わいが凄いッスね。俺も参戦したいなぁ」
どうしても賭け事に興じたいのか羨ましそうに客を凝視している。
大通りから見える位置にカジノはあったのだが、距離はそこまで近くはない。それでも賑わいを感じ取れたのはそれほどまでに客が絶え間なく入っていっていたからだ。
「でも、トム君ギャンブル強いの?」
「斗霧ッス。俺の運舐めないでくださいよ。他の客と店から搾り取ってやりますよ」
他のカジノ客やカジノの運営からも金を毟り取ると、国側のローライがいるまえで堂々と宣言してみせた。
カジノは国が運営しているのでローライの前でそのようなことを宣うのはどうかと思うが。
「もう既にこの街に蠍の連中が潜伏している可能性はないのか?」
少女は街を眺めながらローライに問いかける。城に近づくにつれて不安でも大きくなったからそのような疑問も湧いてきたのかとローライは考えた。
「この街は四方に配置された門からでないと入ることは叶わない。現在、あの場にいた全ての構成員についてはウチの人間がカメラで姿を撮影して指名手配を行っているから、まず検問で引っかかる。仮に結界を壊して侵入するにしても憲兵団の本部で警報が鳴ってすぐに気付かれるしそんな派手な行動をしていたらそもそもが目立って仕方ない」
警備システムと、迅速に手配を行っていたことを根拠にしてローライは侵入している可能性は低いであろう事を示唆する。
少女は納得を示しながらも、やはり一抹の不安は拭えていないようであった。
これ以上説明する言葉を持ち合わせていないローライは、口を閉ざして運転し続けた。
長い長い道を車で走らせてようやく、中央の城の近くまで辿り着くことができた。
だが、車はそのまま城には向かわず、近くの駐車場に停めることになる。
「なんで、直接城に向かわないんスか?」
悠江の疑問は当然であった。敷地も広く停める場所を作るなら城に作ればいいと考えたのだ。
「城を守る外壁と城門があるのが見えるか?あそこには門番が控えているんだが、車両を通過させてはいけないんだ」
「なんで?」
同じく疑問に思った叶未も問う。
「防犯上の観点からだ。結界は外壁から城を包むように構築されている。逆に言えば中に入ってしまえばいくらでも破壊活動ができてしまう。今の時代、車そのものに封武や装備を搭載した軍用車なんて珍しくないからな」
門番からの通行許可が下りなければ車を降りていても通れはしないと続けて言いながら、駐車して降りるよう勧める。
「さあ、我らが国の主のところへ行くとしようか」
「ふむ、仕方ないからあってやろうぞ」
「女王様の前でもそのスタンス貫かないでくださいッスよ」
少女の言葉に苦笑しながら四人は城へと向かっていく。後から着いてきていたローライの部下も、少し遅れて車を停めながら追従する。
「しかし、この街に対してあの城って凄いセンスだよね」
叶未は城を眺めながら、ビルやホテル、テーマパークが建ち並ぶ街並みと比較しながら言葉を吐き出した。
そこに込められている意味とは一体何なのか今はまだ知ることはない。




