第四十七話 嫌な予感を共有
装甲車を彷彿とさせる重厚な造りの車両に乗る叶未達は、首都に向かって走り続けるドライブを有意義に過ごしていた。
天空の国の警備における最高責任者の運転つきという本来なら望んでも得られない贅沢なオプションで。
後方から付き従う形でローライの車を追っている部下達は、普段は通らない道を彼が運転していることに困惑しながらも、即座に意図を汲み取って舗装が十分でない道を通行する。
ここで読み取ったのは、ローライがとにかく一刻も早く首都に到着したいのだろうということだ。
車を運転している部下の一人は、長年側近として付き従ってきたがそれゆえにローライの考えを見抜いていた。
それは、蠍の危険度をローライ自身の中で更に引き上げたのだということだ。
側近の彼も危険性については十分に共有していたつもりであったが、彼の上司の方が見積もりを高く設定している。
そこまで理解することができても、どうしても相手が一介の賊でしかないだろうという認識を払拭させることは難しかった。
人質を使わなければ、戦力的にはまず張り合うことはできないとそう感じてしまっていた。
想定外の炎の威力や飛空挺突撃というあり得ない方法を取っても、主戦力が集結すれば鎮圧は容易であると見通した。
それが、甘い認識であることには気付くことはなく。
ローライの車内では首都に向けて走らせていることを告げてから、近づくにつれて悠江の気分の高揚が顕著になってきていた。
同様に叶未も一度は戦ってみたいという欲求を隠すことがなくなってきていた。
「噂に名高き天空の国首都。仕事が片付いたらカジノで少しぐらい遊んで帰っても文句はないッスよね」
口角が不気味なまでに釣り上がりながら、悠江は悦に浸りたいゲームを指折り数えている。
「一回で良いから女王様と戦ってみたいよね。いや、戦闘力が高くないなら別にいいんだけどさ」
そうは言いながらも期待の眼差しが燦々と輝いてしまっているから説得力はない。
叶未の発する言葉をローライは、本当に会わせてもいいものかと悩みながら黙って聞いている。
しかし、少女は徐々に口数が減ってきている。
物憂げな視線を、外の景色に漂わせながらけれど意識は景色には向いておらず、どこか彼方を見ているかのようだった。
記憶が戻ったわけではない。
だが、なぜか少女は現在を見てはいなかった。
それは、懐かしささえも感じているかに思わせる視線で遙か遠くの星を観測している望遠鏡のような、確かなしかし、ぼんやりとした眼差しであった。
「変わらぬなぁ」
特に意識したわけではなかった。
思わず、口から漏出した音の羅列であった。
少女自身も驚きながら、動揺を逃がす場を求めて隣を見るが叶未は自分の世界に入り込んでいて役には立たない。
困惑の色を顔に浮かべながらも、彼女は隠すように俯いた。
心の中で何か引っかかるものを有したまま静かに車両へ身を預ける。
「首都に着いたら、城に行ってもらうわけだが、くれぐれも無礼のないように務めてくれよ?」
ローライは近道を走りながらも、後方の三人に対して忠告を行う。
天空の国の主に対して拝謁をするというのだからその程度のことは当然であるのかもしれないが、改めて告げられると少しばかり身体が強張ってしまうというものだ。
「お偉いさんと会うとかあんまり得意じゃないんスよね」
「それはわかるかも。そもそも普段から上の立場の人間と話すことも少ないんだけどね」
「隊長は?」
「あの人は上司って感じしないじゃない?」
「それは失礼じゃないッスかね。気持ちは分かるッスけど」
二人揃って墓人については特別、威厳を感じないような発言をしてしまっているがこれを聞いたとしても墓人は気にすることはないだろう。
「そういえば、隊長の方は東グリナダのお偉いさんの接待は恙なくやってるんスかね」
「どう動き出すかがわからないけど、血吸いの大蠍が大きな動きをしたら間違いなく向こうも仕掛けるよね」
「空港を襲った時にあっちが動いたって連絡も無かったんでまだ何かあるはずなんスけどね」
「これでまったく関係なかったら面白いよね」
愉快そうに叶未は笑っているが、悠江は何も面白いことはないだろうと助手席で外を見つめている。
単身でこんな大事を起こすような組織というのもそれはそれで恐ろしいと感じられるからだ。
ローライは彼らの会話を逃すことなく、頭に入れており同時に疑問を浮かべて投げかけた。
もっとも、悠江も叶未もそこまでの極秘事項だとは思ってもいなかった。
東グリナダが日本に来ていることは公に公開されている情報であるし、そこを結びつけて考えていてもそれほどおかしくはなかった。
隊長という言葉も『討伐人』が隊を作る時に用いる呼称でもあるからか不自然さは与えなかった。
「東グリナダと蠍が繋がっていると?」
「後ろの叶未さんが昔、東グリナダの国内でしか使われない技術が使用された封武をみたことあるんスけど、それと同じ技術というか構造が敵さんの封武にも備わってるんスよ」
「それは確かに不可解だ。なるほど、国が国を獲りに来たか」
露骨に眉を顰めながら、前方を睨む。
彼の目の前に蚊でもいたなら、その視線だけで射殺せてしまうかもしれない。
可能性とはいえ、かつてと同じことが起ころうとしているともう一度軍を差し向けられるかもしれないと予感すると心穏やかではいられないのも無理はない。
この頃、似たことを危惧していた男が自身の周りに警戒の網を張り巡らせていた。
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「どうでしょう?我が軍の演習は?」
日本の軍服とは対照的にも派手な黄色をした軍服と軍帽を纏う男に対して、国軍本部の将校の一人は笑顔で尋ねる。
第七軍所属の将校である男は己が応対をしている相手である筋肉が隆起している軍靴を大げさに鳴らしながら不満を露わにしている男を内心では、苛立ちを募らせていた。
笑みを浮かべてられるのは、単純にそういった接待ごとに向いているからである。
中将格は現在、四災人等の対応にも追われている。
そんな最中に蠍や東グリナダという問題が舞い込んできたためできうる限りの対応策を練った。
結果的に、頭が回り多少相手が横柄でも我慢強く対処できる第七軍の将校が選ばれる運びとなった。
『影雄』である墓人までもがここに呼ばれたのは軍務大臣もこの時期に演習を見学したいという要請をきな臭く思っていたからだ。
墓人は国軍最高戦力の一角として中将まではいかずとも、大佐の位を授けられているためここにいるのもなんら格不足陥っていない。
軍務大臣は、最初この演習見学を断ろうとした。国内における不安定さを理由として。
けれど、東グリナダの外交官はそれを押し切ってきた。
互いに国内情勢が安定していないなら、尚のこと必要であると。
軍務大臣は何度も拒否する姿勢を見せようとしたが、相手方は手練手管を使って押し通した。
結果的に演習は実現してしまったが、国軍本部で演習に活用できる戦力はそう多くないため急造ではあるが横浜支部と連携して演習部隊を作り上げた。
退屈そうにしている黄色軍服の男の反応は半分は納得できると七軍の将校は思っていた。
合同訓練を行うことはあっても、そもそもの個人レベルの戦力が本部と横浜支部とでは差が出てしまうためである。
それでも、差に応じた戦略の立て方や訓練というものがあるがやはり普段のようにはいかない。
第七軍将校の鷲原徳蔵は笑みを絶やさないまでも黄色軍服の男が時偶欠伸をしていることが我慢ならなかった。訓練の様子について尋ねても欠伸をするのみで態度で分かるだろうという姿勢で無視をしていた。
広い訓練場で高いところから見下ろしている形だが今すぐ引きずり下ろしてやろうかという気持ちでいっぱいになっていた。
後ろに控える墓人は相手国の将軍に声をかける。
「どうやら、お気に召さないようですね。何が不足しているか具体的にお聞きしても、ハルベル将軍?」
「ふむ、そうだねぇ。まず、パワーが足りてないな。やっぱり軍人たるものこれがなくてはな」
ハルベルと呼ばれた東グリナダの代表として訪れている将軍は、そんな曖昧なことを堂々と言ってのけた。
これに対して、徳蔵は笑顔の中に怒りを滲ませつつあったが、墓人は欠片も表情を変えることはなかった。
「そうですか。では、この後のご予定は?」
「ん?そんなものそちらも把握しているだろう。私とこちらの外交官とそちらの軍務大臣を交えた会食だよ。君も出席するんだろう」
「いえいえ、私が聞いているのはそれ以外の事です」
何もかもを見透かしているかに見える瞳でハルベルは墓人に視線を向けられる。ただし、動揺することなく難なく返してみせる。
「では、君の行きつけのバーにでも連れて行ってもらおうかな。『影雄』殿?」
白い歯を覗かせながら、挑戦的な顔で墓人を正面から見据えるハルベル。
それを見て一筋縄ではいかないと感じたのか墓人はその場での追求を中断した。
まだ若い将校の徳蔵は墓人を一度裏に連れ出して問い詰める。
「影守大佐、なぜあのようなことを?」
頭の回転が早くとも、徳蔵は墓人がなぜそのようなことを聞いたのか理由までは理解ができなかった。
明確な訳があってこその行動だとは考えていたのだが。
「鷲原中佐、東グリナダはおそらく蠍共と繋がっている」
「ッ!?」
思わず声を上げそうになりながらも口を閉ざした徳蔵。
「その根拠は?確かにタイミング悪く演習見学の申し出はありましたがそれだけでは」
「東グリナダには国内のそれも軍人にしか支給しない特別な技術が扱われた封武があるのは聞いているね。蠍の連中が持っているのはその東グリナダの軍内限定の武器だよ」
「…それが本当だとして、情報源はどこですか?」
「詳しいことは話せない。ただ、信頼できる筋からとだけ伝えておくよ」
「わかりました。あなたの実績に基づいて信用しましょう。こちらでも警戒はしておきますが万が一の際はよろしくお願いします」
そう言って徳蔵は墓人に問題が起きた際には全体の指揮を自分が担当する旨も伝えた。




