第四十四話 用意周到
「あー見つけたッス!」
「げっ!?」
西側を担当していた悠江はようやく霧で探知した少女を視界に入れた。少女は悪いことをしてしまったかのような表情で人混みの中へと逃げていく。
脱兎の如く逃げ出した少女を薄い霧のロープで足を結んでどこに逃げても分かるようにしておく。
攻撃に用いない霧は希薄にしても力を損なうことなく使用できるが、逆に攻撃や戦闘に用いる際にはどうしても霧を濃くしなければ敵に危害を与えられない。
追跡や隠密においては目視不可の霧は高い性能を誇るため、悠江はデメリットとは思っていない。
「逃げるなッス」
「どうせ連れ戻すのであろう!もっと祭りを楽しませろ!」
「気持ちは分かるッスけど、後ででも連れてきてもらえばいいでしょ。君の親が誰かわかるかもしれないんスから」
「だとしても、妾は今、楽しみたいのじゃ!」
「我儘娘が!」
悠江は思ったよりもすばしっこいと頭の中で吐き捨てながら、街の外壁や窓の縁を足場にして人混みの上を走り続ける。
追跡しながら姿は一切見失っていないものの、捕まえるのに往来する人々が邪魔になってなかなか近づけない。
どうにもならないので、悠江は少女が一瞬動きを止めたところに屋根に駆け上がって霧のロープを引っ張りあげる。
「わわっ!何をする!」
「そんなに逃げることもないでしょ。すぐに親元へ帰った後に連れてきてもらえばいいわけだし」
「妾の親が祭りでなんでも買ってくれるような者たちとは限らぬであろう!」
「それはそうだ。でも、俺が渡した飲み物買うためのお小遣いで祭りを豪遊するのやめてもらえます?」
「あんな金額では食べ歩きが満足にできぬではないか!もっと寄越せ!」
「遊ぶこと想定して渡してないッスよ。てか、ここの警備責任者に事情話したんで保護してもらうッスよ」
「妾の身元が分かるのか?だが、やはりもう少し遊んでいきたいぞ」
「食事はこの街でする予定なんでそこで好きな物食べればいいッスよ」
「うーむ、仕方ない。納得してやるぞ。さっさと食事処に連れて行け」
「へーい」
屋根の上で互いに言い合いをして、納得がいったのか少女は悠江に従う。
少女は悠江に背負われながら、捜索している他の面子と合流するために移動する。
「あーこっち見つかったッス。合流場所に向かいます」
自身のスマホから簡潔に発見した旨伝えると、叶未やローライとその部下の端末に言葉が伝達される。
スマホをポケットに仕舞うと、少女の身体から離れていた右腕でしっかりと背負い直して走り出す。
「そういや、ここの祭り来た覚えとかあるッスか?」
屋根の間を跳びながら、悠江は背後にいる少女に問いかける。
「いや、そのような記憶は無いな。思い出したとかもない」
「そうッスか。じゃあ出身は別の場所ッスかね」
「かもしれぬな」
もしかしたら、この街の市長の子供であるかもしれないことも一応の可能性としては考えていたが祭りを見ても思い出すことが無さそうなところを見るにその可能性は低く見えた。
市長の子供で祭りを見たこともないなど流石にあり得ないと思っていたからだ。
「迷子の届け出とかデータをチェックしてもらってるんですぐに親のところへ帰れると思うッスよ」
不安そうな気配を背に感じたのか悠江は少女に対して、励ましの言葉をかける。
「記憶が戻っていないまま帰るのが不安なんスか?」
「そう、だな。酷い親ならともかく両親が妾を愛してくれているのなら、記憶を失くしたまま再会するというのは些か親不孝ではないかと思うて仕方ない」
「俺の親父は呆れるぐらいのクズだったんで親孝行とか親不孝とかそもそも考えたこともなかったッスけど、君はそうやって思いやれる時点で十分孝行してるんじゃないッスかね」
「そういうものか?」
「そこまで考えが及んでりゃ十分ッスよ」
「そうか」
柔らかくなった声で返答すると少女はそのまま、身を預けて屋根の下の街中で行われている祭りを空気だけでもと視界と耳で堪能している。
「!なんだ?」
「どうしたッスか?」
「街の中央付近で何かが起こる…」
「何かって?」
「分からぬ。だが、急がねばならぬ」
ただ事ではない物言いで語る少女の声を聞いて悠江は冗談ではないと突きつけられた。
少女を背負った状態で速度を出しすぎると振り落とすかもしれないと、安易には動きを早めることはできなかったが、少女と自分を霧で固定化して前に押し出しながら一気に走り出す。
子供の身体に負担を掛けたくはなかったが、少女本人がそれを望んでいた気がして悠江は実行した。
「問題無いッスか?」
「ああ、急いでくれ!」
息を呑みながらも、真剣そのものといった雰囲気のまま悠江の背にしがみついている腕に更なる力を込める。
「まったく、もっと楽に仕事を済ませられるはずだったんスけどね」
背負っている少女にさえ聞こえないような、小声で独り言を呟きながら思いもよらない難易度に発展してしまった仕事に文句をつける。
そしてこの少し前、異変をいち早く嗅ぎ取った叶未が街の中央付近にある兵達の隊舎へと向かっていた。
───────────────────────────────────────────────
「ん?」
東側できょろきょろと視線を動かしていた叶未は虫の知らせとも言える何かを感じ取ったのか、街の中央に向かって目を向ける。
人によっては気のせいとも捉えられる予感は叶未にとっては、今までも何度も窮地を助けてきた確信に近しい直感であった。
「危ないかもね」
明確にどう危ないか本人が理解していたわけではないが、一刻も早く中心に向かわねばならないとの確信がそこにはあった。
依頼や仕事で邪魔立てや協力をしている人間の処遇は叶未達にとってはどうでもいいことで、場合によっては始末してしまっても問題はないとされている。
迅速な職務の遂行にあたって、明確に敵と見なすことができるなら倒すことは許されている。
だが、今回は味方と言えるかどうかは定かではないが少なくとも敵ではないとの立場であるのが天空の国の兵達であり、それらが危機に見舞われているなら守ることもやぶさかではないとも思っていた。
「間に合うといいけど」
身体能力を駆使しながら、全速力で向かっていくが既に、叶未は中央から相当離れた位置にいたためどうしてもこの広い街では時間がかかってしまう。
空港からほど近い観光街として発展を遂げてきたことでこの観光街は国内でも三位の広さを誇ってしまっている。
ここに来るだけでも天空の国に来た甲斐があると言われるほどには見るべきもので溢れていることも相まって活気が泡沫の群となって湧き上がっている。
もしも、叶未が屋根に登れずに下の道を走っていたなら、移動時間は大幅に増加していたことだろう。
「大鎌『喰罪』!」
ずっと駆けて駆けてやっと辿り着いた頃には流石に全力疾走を行ったためか、息が上がっていた。しかし、それでも休むことなく上空へ飛び上がり鎌を顕現させながら、隊舎へと斬り込んで侵入する。
「な、なんだ!?」
「ってあなたは!」
(あそこか!)
侵入したのは隊舎の廊下であった。胸の内に鳴り続ける警鐘が最も音を響かせる部屋を見据えて、走り出す。
廊下を走り抜けて、辿り着いた部屋のドアを開けるとそこには尋問中のローライがいた。
「お前は…。何があった?」
「今すぐそこから離れて!」
「何?」
ローライは一瞬何を言われているのか分からなかったが、叶未の鬼気迫った顔を見て動き出す。
蠍の構成員がそこで置き去りにされたままだが、叶未が危険を感じた相手はまさしくその男であったためすぐにローライを部屋の外へ引っ張る。
捕虜をそのままにしておくわけにはいかないとローライは叶未に抗議したが、叶未に聞き入れる様子がなかったことから、兵を全員逃がした後に彼らを逃がすことにした。
「待て、他の尋問室にも捕まえた蠍の連中と尋問中の部下がいる」
なぜ、蠍の構成員が捕らえられているのかについては叶未は言及しなかったが、一人ではないことに頭を抱えた。
「他の人も部屋から出すよ!」
急いで二人は、他の部屋にいたローライの部下を引き上げさせるために動き出す。
順番に扉を開けてとにかく隊舎の外に出るようにと伝えて回りながら最後の一人の部屋まで着く。
ローライは叶未の直感を知っていたわけではなかったが、その場を騒がせる目的で言っているわけではないとその様子から伝わってきたため、迷い無く動いた。
ローライの部下である憲兵団の兵達は最高責任者であるローライに全幅の信頼を置いていることで、咄嗟に信用できるかどうかも怪しい事柄にもローライの指示で即座に動き出せた。
最後の一人を部屋から出した直後、事態は動き出す。
廊下にローライと部下の一人、そして叶未がいる状態で叶未は叫びだした。
「ッ!まさか!?」
扉には覗き窓が備え付けられているが、そこから光が漏れ出す。
「間に合え!」
地面に手をついて、三人分の穴を掘り始める。
そして壁面と穴の蓋を強固に凝縮させながら強度を高めていく。
「助け、助けてくれー!」
それぞれ、六箇所に分散されて尋問を受けていた六人の男達が外に助けを求める。
それはこれからの自分の運命を悟っているからだろうか、あるいは叶未達の様子から悪い予感がしてしまったからなのか。
いずれにしろ、もはや彼らの命運は定まってしまった。
六人は六つの爆弾と化して、隊舎を跡形もなく吹き飛ばす。
叶未はどうにか、他の二人を連れて穴を作り出し爆発から身を守ることができた。
外にいた兵達も距離を取っていたからか大きな被害に見舞われることはなかった。
ここでの犠牲者は捕まっていた六人の蠍の構成員達だけであった。
叶未が先に出て瓦礫を分解しながら安全に穴から脱出した三人は、外の様子を見て愕然とする。
「流石に用意周到すぎでしょ」
叶未は思わず漏れてしまったとばかりに言葉を出した。
「そんな言葉で片付けられるか。これはもう狂気の沙汰だ」
仲間を人間爆弾にしたという事実がローライには信じられないものであった。
「ローライ様、我々は一体どんな化け物と対峙しているのですか」
ローライの部下までもがこの状況に恐怖で顔を引き攣らせながら立ち竦む。
仮に叶未がここに駆けつけていなければ甚大な被害が出ていただろう。
後から駆けつけた悠江と少女も驚愕を隠せなかった。




