第四十二話 脱走しちゃった
二人がローライとその部下を伴って空港最寄りの観光街に戻ってきた際には、街は更に活気付いていた。
元々、中世ヨーロッパ風の造りをした建物が主要でその他に区画ごとに各国の伝統的な建築様式や近代建築を取り入れた街並みをしていたが、風船が街全体に漂っておりそれらにはメッセージや似顔絵がペンで描かれており更には屋台でもバルーンに寄せた商品が並べられていた。
「そうか、今日は心風祭だったか。なら、夜は賑わうぞ」
街の中を走りながら窓の外を眺めてそう呟いたローライ。
「心風祭?なんスか、それ」
「年に一度、この街全体で行われる祭りだよ。あの風船に大切な人の似顔絵やメッセージを描くんだ。その人に届くようにと願いを込めて。心を込めて風船に感謝を乗せて飛ばすから心風祭というわけだ」
「へえー、それは知らなかったスね」
「これから三日間に渡ってあれらが漂い続けるから、機会があれば描いてみるといい」
ローライは説明を付け加えて、空に浮かんでいる大量の風船がまだ何も描かれていないものについては地面に着くことなく子供でも取りやすい高さまで降りて来るという企業秘密を用いているとのことであった。
歩行の邪魔にはならず、子供の目線より少し上あたりで邪魔にならない程度の数が浮かんで、何か描かれれば空に向かって上昇していくというのがどういう原理なのか、叶未や悠江にはまったく想像がつかなかった。
こういった、祭りで使う代物や宴会用の道具を作成することを収入源にしている職人も一定数いると聞いて、天空の国は娯楽に目を向けられがちだが技術面でも注目されるべき場所ではないかと二人は感じた。
車が街の大通りを抜けて、警備隊の隊舎で停まり全員が車を降りる。
「さて、とりあえずは宿に向かおうか。迎えた後は別の車で向かうぞ」
「車停める場所少ないんだね」
叶未が車で宿の近くまで行かなかったことに対してそう言う。
「いや、停める場所が少ないというより単純にあの車では目立って仕方ないからな。何事かと野次馬が集まっても困るだろう」
乗ってきた車両は、犯罪者を連行する際にも使われることがありその車で迎えに行ったのでは無駄な注目を集めてしまうことが面倒だとローライは説明した。叶未らに配慮してのことでもあるが。
「他の車も今出払っているし、バスも乗れないだろうから徒歩で行くしかないが我慢してくれ」
「人混みは別に気にしないッスけど」
「さっきの別の車っていうのは乗れないの?」
「置いてあるのは街のほぼ外側に位置する場所だからな、取りに行くより先に迎えに行った方が早いだろう」
隊舎は中心部に近く、宿屋も栄えているエリアから外れているとはいえそこからそう遠くないため確かに距離的に考えれば、車を取りに行ってからよりも先に迎えた方が早かった。
「心風祭の期間中なら多くの店で特別メニューが追加されているだろうから、その子供を迎えてからおすすめの店に向かおうか」
旅行に来た観光客にしては少し人数が多いようにも感じられるローライとその部下と叶未と悠江の一弾は歩きながら昼食の相談をする。
ローライが言うには、その店はサービスの一環として食後のデザートとして風船の形をしたケーキにメッセージをチョコペンで描くという粋な計らいをしているとのことで、恋人や家族、あるいは大切な友人に対するサプライズとして人気を博しているとのことだ。
「そいつは確かに人気出そうッスね」
「ご飯も美味しいの?」
「ああ、絶品だ。俺が特に薦めたいのはビーフシチューだな。牛の頬肉を使っているが肉の柔らかさもさることながら、野菜の旨みも感じられるのが素晴らしい点だな。好みでチーズを上にかけることができるが、俺はそのままの味が一番美味いと思っている」
さりげなく自分の食のこだわりまで盛り込んできたローライ。その話に目を輝かせている叶未は後に値段が多少張ることも聞かされたが耳に入っていない。
街を歩きながら、周囲に目をやるとヘアピンを身に着けた女の子が半袖短パンの男の子に文字を書きしたためた風船を顔を真っ赤にしながら手渡している。
受け取った男の子も、内容を読んでから顔から湯気を出しつつ小さく「俺も」と言っていた。
「初々しいッスね」
「ああいった光景は珍しくもない。この期間中は街が色めきだつからいつの間にかパートナーが成立していることもままある」
「ラブレターならぬラブバルーンってわけね」
「おお、上手い」
それっぽく拍手を送りながら叶未をわざとらしく賞賛する悠江。通りに並んでいる屋台で叶未は、バタフライバルーンと書かれた商品目掛けて足が向く。
事前に天空の国の貨幣を日本円と交換しておいたため、その紙幣を二枚渡して商品を受け取る。
「なんスか、それ?」
羽が動いている透き通った翡翠色の蝶の形をした飴細工は下に糸が垂れ下がっており、その部分を掴みながら叶未は飴を舐めている。
「ちゃんと掴んでないと飛んでっちゃうから早く食べろって言われた」
「そこじゃなくて」
「意外と食べにくくないよ」
「羽が動いてるのに?」
「まあ羽はそんなにバタバタ動いてないからね」
実は飛ばないようにどこまで食べられるかという宴会用の商品で、叶未のように真剣に食べ進めるものでもないのだが小さくなるにつれて色と味が変わるという性質から楽しんで味わっているようだ。
「もうそろそろ、宿に着くッスよ」
賑わいが薄れてきた辺りで悠江が全員に伝える。
到着するとローライが感心したように言う。
「ここだったか。良いセンスをしているじゃないか、サービスの良さと安さを追求するならここは確かに外せないな」
ローライにとっても思い出があるのか、どこか遠い目で宿を見つめている。
「俺たちは外で待っているから、早く連れてくるといい」
それでも、中には入らないようでその事には悠江も疑問に感じたがひとまず部屋までいって少女を外まで連れてくるように動く。
カードキーは二つ渡されており、一つは少女がもう一つは悠江が持っていた。
中に入って宿泊していた階まで上がって、念のためにノックをする。
「戻ったッスよ」
二回、三回と扉を叩いてみたが一向に出てくる気配がない。
「寝てるのかな?」
「とりあえず入ってみましょう。寝てたら申し訳ないッスけど起こしましょう」
カードキーをかざして、扉を開けて部屋に入ってみると中に少女の姿はなかった。ベッドの布団を捲ってみても眠っているわけでもなかった。
「…いないッスね。どこ行ったんだ?」
「ねえ、机になんか置いてあるよ」
「え?ほんとッスか」
窓の近くに置かれていた丸テーブルの上にはメモ用紙が一枚真ん中に重りを乗せて、あった。
「えっと、『祭りを眺めに行くゆえしばし空ける。この紙を見ても心配せずに待っていてくれ』ってはああああああ!!!!!?????」
「あらー脱走しちゃった?」
「どうやらそうみたいッスね。あんのクソガキ!」
「口悪くなってるよ。とりあえず探しに行こうよ」
馬を宥めるように悠江の怒りを抑えながら冷静に叶未は話しかける。おおらかというより気にしていない様子だ。
「わかってますよ。すぐに霧で探ります。ったく大人しく待ってろって言ったのに」
後ろ頭を掻きながら、部屋を出て階段を下に降りながら霧を発生させて探知する。
とはいえ、子供で似たような背格好ならこの街に何人もいるだろうから探すのに一際苦労するだろうと悠江は溜め息を吐く。
宿を出てすぐのところにいたローライ達に事の詳細を説明する。
「なるほど、しかし相手は子供だ。部屋に閉じこもっているだけではつまらないと感じるのも無理はあるまい」
「それはわかるんスけどね。一応犯罪組織を追って来てるんで、大人しく宿にいて欲しかったというか」
「過ぎたことをグダグダ言ってても仕方ないよ。手分けして探そう」
叶未にそう諭されて渋々悠江は頷く。他の者たちも各々が動いて捜索に乗り出す。
叶未と悠江はそれぞれ単独で街の東側、西側を再び屋根に登って探す。
西側を担当する悠江は、霧を展開させながら少女の特徴に合致する髪の長さに着目しながら探して、感知できた場所向かって一つずつ精査するために走り出す。
東側の叶未は類い希な直感を生かして、目線を動かし続けながら少女の姿を探し出す。人混みに紛れていても、叶未なら視界にさえ入ればそこにいることはすぐさま、分かる。
北にはローライが捜索に向かって走り出して、南は彼の部下が人の波に呑まれながらも目を凝らして探している。警備隊として迷子を捜すことはお手の物であったが祭りの期間と重なってしまったため、いつもよりも疲れてしまう。
「しかし、あの子供の特徴、どこかで聞いたような」
ローライは北側を屋根の上から見下ろしつつ少女のことを見覚えというか聞き覚えがあるという風に呟いた。
頭の中でどこで聞いたのか、思い出そうとしているが過去の記憶であるからかなかなか思い出せずにいる。風船で少しばかり視界は悪いはずではあるが、彼にとっては十分に捜索可能であるようだ。
屋根を渡り歩きながら、周辺を捜していると一度足を止めた。
「あれは…」
ローライが足を止めた理由は眼下にいた一人の男であった。
その男には見覚えがあり、先刻まで敵対していた存在即ち血吸いの大蠍の一員であったのだ。リーダーではないが、メンバーであることは空港で一度見ていたため理解した。
ローライは一瞥すれば顔を覚える程度のことは朝飯前だと豪語しており、警備隊として端末に頼らず顔を覚えることは必須技能だと常々部下にも言い聞かせていた。
国全体の警備責任者として、蠍を発見した以上見過ごしておく訳にはいかず上から後を追った。
捕縛して情報を吐かせるのはもちろんであるが、もしも何をしても喋らなかった場合と他のメンバーと接触する可能性も考慮し、一度後を追うことにしたのだ。
どこかに身を潜めているならそこを突き止めてやろうと考えていたのもある。
ローライは蠍の一員の背を追って街を駆ける。




