第四十一話 説明を求む
「逃げ足早いね」
逃げ切られてしまった蠍を追跡しようかと頭を働かせ始めた叶未。悠江が咄嗟に霧を展開したにも拘わらず、逃走を成功させているのだからよほどの逃走能力であるのだろうが、それでも自分が追えないほどではないだろうと考えていた。
対して、悠江は少し慎重な考え方になっていた。
「明らかに戦う意思を見せながらそれをブラフにして逃走を図って更には全員が一斉に合わせて逃げ出した。要するにここまでが向こうの想定の範疇だった可能性があるッスよ」
「私たちの存在に気付いてたって事?」
「いや、そこまでじゃないかと。でも、正面衝突の流れも想定に入れて作戦を組んでたんなら結構な策士ッスよ」
「まあ本当に東グリナダの特攻隊なら、そこまでできても不思議じゃないね。将校クラスならあの強さも納得だし」
「倒せそうな雰囲気出してましたよね?」
「倒せるは倒せるよ。ただね、どうも何か仕掛けてる空気があるんだよね」
考え込んでいるのか顎に手を置いて下を向く。
その間、ローライが二人の周りを囲うようにして兵を動かしていた。
「一応、協力したつもりなんスがね」
「そこは感謝している。だが、君らが怪しい人間であることに変わりは無い。警備責任者として話だけでも聞かせてもらおうか」
彼からしても、協力をしてもらったとしてもすぐに信用してしまっては余計なトラブルの元になりかねないので判断には用心深さを必要としている。
すると、彼の右ポケットから電話の着信音が鳴る。クラシック音楽を着信音にしているからか、強面な見た目に対して流石にギャップを感じて悠江は目を見開いた。
「もしもし、はい、はい、いえしかし万が一にも危険があっては!…分かりました連れて行きます」
電話を切って、携帯を仕舞うとすぐに叶未達の方へと向いて話を続ける。
「悪いが、我らが女王様が君たちを呼んでいるようだ。一緒に城まで来てもらえるだろうか?」
叶未と悠江は二人で顔を見合わせる。突拍子もなくこの国の統治者に会えると聞いて別々の心情を抱える。叶未は墓人から聞いた一人の人間が天空の国という物を作り出していること自体に興味を持って、願わくば戦ってみたいと望んでいたから上手くいけばそれが叶うかもしれないと楽観的に喜んでいる。
反対に悠江は突然呼び出されたことに不信感を感じながら、背後にある思惑は一体なんなのかと思考を働かせる。
(何の目的ッスかね。援護はしたッスけど正体不明の人間を城に招くなんて)
警戒はしながらも、下手に逆らうとこの国出身かもしれない少女の親を探すのに動きにくくなると感じて大人しくついていくことにした。
「行くのは問題無いッスけど、その前にこの国出身かもしれない子供を宿に預けてるんで連れてきてもいいッスか?」
「何?どういうことだ?」
「日本で保護したんだよ。迷子になってたから」
悠江の説明を引き継いで叶未が付け加える。
ローライはそれを聞いて眉に力を込めるも、すぐに部下にその子の迷子の届けが出ていないかと確認させる。スマホ型の端末は治安維持を担うローライとその部下達は皆持っており、そこには多くの情報が共有されている。
機密事項については首都にある情報局が一括管理を行っており、個人端末からはアクセスすることが不可能だが、通常業務については端末に集められる情報だけで事足りる。
迷子捜しや喧嘩仲裁も仕事の内であり、軍事関連以外にも当然細やかな情報が集められる。ローライの部下は画面上に浮かんだ迷子の届け出について悠江らに特徴を聞いてから精査する。
「迷子の届け出で、特徴が合致する子供は何人かおりますね。そちらのお二人が言動が統治者に似た発言をしていたと仰っていましたが、この国の上の立場の人間では特徴に合致する届けはありませんね」
「俺らの予想が単純に外れてるかもしれないんで、とりあえず連れてきますね」
未だ霧で顔を隠しながら話している悠江らにローライは一つ尋ねる。
「その顔を隠しているのは何か不都合があるからだろうか?あまり詮索する気は無いが、流石にいつまでもその姿で話されれば気になる。それに顔も分からぬ相手を御前に出すのも警備責任者としては看過できぬのでな」
ローライの立場も理解しているが、それでも迂闊には素顔を明かせないとして、叶未と悠江はどうしたものかと顔を見合わせる。
「顔を明かしても身元の証明になるとは限らないッスよ」
「指名手配がされていないかどうか確認するだけだ」
先ほどの飛空挺を止めた際に腕を痛めたせいか、ぎこちなく端末を取り出しながら天空の国と世界中の指名手配情報に該当しないかを照らし合わせるためにカメラを構える。
「どうしても明かせない事情があるなら俺にだけ見せてくれればいい」
確かに、二人は顔を隠さなくても表舞台に出てくることはほとんどと言ってよいほどないため、ここで明かしたところで問題はない。菊咲組に赴いた際も気をつけるべきは軍関係者であることが発覚することのみであったため、悠江がわざわざ労力を割いていつもより疲れる姿を見事に隠す霧を使うことはなかった。
悠江も正直なところで特殊な霧をいつまでも出し続けるのは疲れるので解除してしまいたかったが、単純にここまで隠し続けてしまったので消すタイミングを見失ってしまった。
今更、あっさりと晒してしまうのもどうかという気持ちはあった。
ローライとは一度軽く手合わせをしてしまった時、顔を見られていたのでその場で不審者として捕らえられる可能性を考慮していたのもある。
ローライはその事には気付いているのが、気にしているのは犯罪者かどうかであり先刻戦ったことなどはどうでもよかった。
「わかったッス。どうせここで明かそうが別の場所で明かそうが同じ事ッスから」
「一応認識阻害の封武起動しておくね」
小声で叶未は悠江に伝える。その封武には印象に残りにくくなるという作用もあるので、後々どんな顔だったかを起動前に見てしまったローライ以外は思い出すのが難しくなる。
悠江が疲れてきているのを察していたので叶未は即座に用意した。
霧が解除されると、ローライは予想通りと言わんばかりの反応を見せた。
「やはり、お前達だったか。安心しろ、ここを彷徨いていたことは先ほど部下達を守ってくれたことで不問にしておく。ただ、この国で俺の目の黒い内は怪しい行動を慎むことを勧める」
部下達を、と言ったあたりあの場で自分だけならどうにかなったとも聞こえる発言に叶未は笑みを隠せなかった。
「あの時の見えない攻撃も、飛空挺を跳ね返した力も大体見当はついてるけど、だからこそもう一回戦ってみたいよ」
「遠慮しておこう。お互い、無事では済みそうにないからな」
「毎度思うんスけど、喧嘩売る相手考えましょうよ」
叶未の軽率な発言に対して、一瞬ローライ配下の兵達に緊張が走ったがローライの対応と悠江の冗談めかした物言いでホッと息を吐いた。
二人は一度、観光街に戻って少女を迎えに行く旨を伝えるとローライの部下が車両を回してきたので、それに乗車することにした。
ローライとその他数名の部下が叶未と悠江を天空の国の主の下へと連れて行く目的で同行する。
残った兵に対してはローライが命令を出し、血吸いの大蠍の追跡へと向かわせた。また、国の各地にいる兵についても端末で指示を送りどこかに潜んでいるであろう蠍を草の根を分けてでも探し出すよう厳命した。
とはいえ、見つけてもその場ですぐに捕縛または戦闘行為に発展することは避けることも忘れずに指示を出した。
警備責任者の彼自身、人質はおろか自分の部下まで負傷しかねない飛空挺による突貫を行ったリーダーの男の危険度を警戒していた。無論、その実力自体にも警戒心を抱いており空港に張られた結界をほんの数秒ほど競り合った程度で破壊してしまったことは驚愕に値した。
それができる強者は現在は天空の国にはいない。その事実に警備責任者のローライは歯噛みしながらも、現実を理解し対策を練るしかなかった。
一通りの指示を終えると、ローライは部下が乗ってきた車両に叶未と悠江を促して部下と共に同乗する。
「しかし、この空港を介さずに不法入国していた件については改めて問いたださせてもらいたいところではある」
車両に乗ってそう時間も経たない内にそう切り出されてしまった。
「自分らもやむにやまれぬ事情があったといいますか…。正面玄関から入れない問題があると言いますか」
「というか、正規の飛空挺が乗れなかったから後追いしただけなんだけどね」
「ん?乗れなかった?ハイジャックされた後にこの国に来たということか?」
「そうそう」
悠江が濁したにも拘わらず台無しにするかのように叶未が具体的に説明してしまう。
「この辺りの空域には飛行型の異進生物が跋扈しているからこの国の飛空挺や頑強な飛行機でなければ飛べないはずだが」
「まあそこはほら、ね?」
悠江からそれ以上余計なことは言うなと言わんばかりの視線を受けて叶未は瞳を泳がせながら曖昧に答える。
ローライも不審には思いながらもそれ以上の追求はしないことにした。この場で聞いても口を割るとは思っておらず聞くだけ無駄だと感じたのだろう。
「ふむ、ならばこれは答えてくれるか?お前達はあの蠍共を追ってこの国に来たのか?」
「ノーコメントでって言いたいとこッスけど、バレバレっぽいッスね」
「空港にいたことと明確に敵対している様子を見れば気付くだろう」
「もう少ししっかりと作戦立てるべきだったね」
「…はい」
普段から主な頭脳労働は悠江が担っており、本人も任せておけという雰囲気で仕事をしているため顔を両手で覆っている。
流石に申し訳が立たないといったところだろうか。
もっとも、叶未も話し合いには参加していたから責任はあるゆえに責めるつもりでは言葉を発していなかった。
「まあなんだ、元気を出すといい。さあ着いたぞ。せっかくだから、礼代わりにこの街の美味い店にも連れて行ってやろう」
そう言って、少女を連れてきた後に食事をごちそうすることを約束して、護送車のような見た目をした車は街の中へと入っていった。




