第四十話 蠍の襲撃
飛空挺が、空港から視認できるほどの高度まで来ると早速飛空挺側から声が響く。
飛空挺に設置された拡声器で声を届けているようである。
『あーテステス、こちら血吸いの大蠍。面倒くせぇ駆け引きはしねぇ。要求だけ言うとだな、人質の命が惜しけりゃ俺らに手を出すな。安全に着陸させ、入国させろ。それが条件だ』
一切の攻撃を許さないといった風に宣言しながらその場で返事を待つように低空している。
『こちらはこの国の警備責任者、ローライだ。そちらの要求を呑む気は一切無い。人質を置いてさっさと立ち去り給え』
空港のマイクを使って先ほど叶未達が交戦した男、ローライは相手の要求を断固として実現させる気は無いと思える声で返答する。
「あの男、交渉する気が無いッスね。着陸させてからの方が制圧は容易いのに誘導しないなんて」
「さっきの的確に指示を出してたところを見るにそこまで頭が回らない訳じゃ無さそうだけど」
それどころか、飛空挺に対して先ほどから砲口を向け始めているほか遠距離攻撃を持つであろう者たちを前の方へと出し攻撃の準備までさせている。
「まずいね、このままじゃ乗客が巻き込まれる」
「もう日本との関係悪化とかお構いなしッスね」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。どうする?」
「飛空挺に攻撃が届く前に防ぐッス。叶未さんも斬ってくださいよ」
「了解!」
空港内から急ぎ、脱出して停泊場に到着すると先ほどよりも際だった緊張感のある空気を直に感じながら霧で姿を隠しつつ潜伏する。
「冷や汗流してる兵も沢山いるね」
「犯罪組織の対処以上の問題が撃ち墜としたら待ってるわけッスからね」
二人は声を潜めながら、周囲をよく観察している。
「はっ向こうは砲口をこっちに向けてやがる。要求を呑まないまでは予想できたが、流石にここまでするとは予想外だな」
一方で飛空挺を占拠している蠍のリーダーは意外そうな顔で、天空の国の対応を見ていた。
しかしながら、そこに焦りは見受けられずむしろこの状況を楽しんでいるようであった。
乗客達は犯罪組織にジャックされている現状よりも、大砲を向けられいつ墜とされるかわからないといった事項に戦慄して騒いでいた。
「そっちがその気なら、いいぜ。とことん戦りあってやるよ」
見る人によっては恐ろしさえ覚えるその笑みを抱えたまま、男は飛空挺の外に現れてその一番上まで上がる。
「開幕しようや。蠍が空の王者を喰らう戦いをよ!」
左腕を前に翳すと、男の前方に巨大な炎の槍が生まれて揺らめいている。
熱量は恐ろしいほどであるのに男は全くといってよいくらいには影響を受けていない。
「まさか、仕掛けるつもりか」
ローライは飛空挺上部に仁王立ちしている男を見ながら、全体に指示を飛ばして遠距離手段を持つ人間にはその男を狙うよう命令した。飛空挺を墜とそうにも、彼の上司から最終的な許可が下りていないのだ。致し方なく、男のみを狙うようにさせた。
「遅ぇ!」
動物の毛皮を纏っていた男は炎の槍を射出する。
遅れて天空の国側からも攻撃が飛来する。両者はぶつかる間もなく炎の槍が全てを飲み込んで前進する。進むごとに大きさを増していく槍は、空港を陥落させようと牙を剝く。
「くっ、総員退避!」
ローライは外に出ていた全兵を一斉に退かせた。要塞としての顔も持つ空港の有する結界が防ぎ切るであろうと見ていたからだ。
しかし、空港の敷地に張り巡らされた結界は炎の槍を押しとどめたものの、砕け散り、槍は空港の建物にまで迫って来ていた。
天空の国の兵は皆、堅牢な結界が破られたという事実を受け止める暇すら与えられず次の行動を求められた。それでも、すぐには動けなかった。その僅かな時間で自分たちの命運が決まってしまうというのに。
動き出しが遅れてしまったことに気付いたときには遅く、誰もが死を覚悟した。空港よりも高い強度を誇る結界が破壊されてしまえばもはや、抗う術など無いからだ。
けれど、結果は彼らが思い描いていたものとは異なっていた。
「いや~構えてたら空港を守ることになるなんて」
「結局砲撃をやらなかったね。なにか理由でもあるのかな?」
飛空挺に向けていたはずの砲口だが、撃たれることはなかった。
炎の槍は、悠江が霧で受け止めながら叶未が勢いが弱まったところに鎌で真っ二つに切り裂いた。
流石に目立ってしまうため、顔のみを霧で隠している。
「助かったのか」
「ああ、あいつらがやってくれたんだ!」
「でも顔だけ見えないぞ…?」
口々に安堵を述べながら、助けてくれた本人達の姿が見えないことを少し不可解に感じながらざわめいている。
一人、警備責任者のローライのみが救ってくれた者たちについて見当がついていた。先刻、彼が軽い戦闘を行った相手であろうと思っていた。
敵か味方か未だ、判別はできないが少なくとも窮地を救われた事実に変わりは無いと二人への認識をただの不審者から改めた。
「ほう?あれを防ぐか」
飛空挺の上でバランス良く直立していた蠍のリーダーは己の攻撃を防がれても不快感はなく、遊び甲斐のある玩具が現れたという程度の視線で見据えていた。
「せっかくだ、もっと近くに寄って遊ぼうや。突っ込め!」
声を張り上げて、現在操縦している人質の船長に命令した。
船長は大きく迷った。このまま空港に向かって突っ込んでしまえば、飛空挺内の民間人が無事では済まない可能性を危惧していた。座席でシートベルトを締めていても、危険がないとは言い切れない。
本人にとってはあまりにも永い逡巡の末、船長は機体を前へと進めた。
やらなければ、ハイジャックしている連中が乗客に機外を加えてしまうからだ。せめて、最小限の被害で済ませられるように長年培った操縦技術で機体を動かす。
「迫ってくるか。結界の再構築までの時間は?!」
「ダメです!どう頑張っても一ヶ月以上はかかる計算です!」
「チッ、仕方ない。俺が出る!」
ローライは急いで外に出て、飛空挺の前方を阻む。
未だに砲撃許可が下りない以上、できる限りの対処をするしかないと考えた。
彼にも上司が砲撃を許可しない理由がよくわかっていたからこそ、納得しながらも撃ち墜とせないことに歯がゆさを感じていた。
(跳ね返しきれるか…?)
両腕を前に出して飛空挺そのものを受け止めるかのように構える。
「手伝うッスよ。護狸霧中」
巨大な狸の形をした霧が空港に向かってくる飛空挺を腕で受ける。
同時にローライもまた腕に衝撃を感じながらも空行く船を受け止める。
「はぁ!」
受け止めた刹那、ローライは自身の異線を発動させる。すると、飛空挺が後方に弾かれた。
「おっとっと」
悠江は巧みに霧の狸を操って後ろに飛ばされてしまった飛空挺を捕まえて、飛ばされた拍子に民間人に被害が出ないように止めた。
「止めたか。だが、その状態で俺の火を避けられるかな?」
腕にダメージが走ったのかローライは両腕を下にだらりと垂れ下げながら動きを止めている。
そんな彼に飛空挺から飛び降りてきた、蠍のリーダーである男は炎の矢を自分の背後に顕現させながら鏃をローライに向けている。
「えい!」
途端に、男の左から回転しながら鎌が飛来してくる。首目掛けて来たために男は後ろに大きく後退して回避せざるを得なかった。
「これぐらいで倒せるわけないよね。でも、実力は測れたかな」
叶未が回り続けている鎌を器用に手に収めると、同じ頃男の頬に傷が生まれる。
「ふむ、避けたつもりだったんだがな。俺も鈍ったか?」
「どうだろうね?もっかい試してみる?」
大鎌で構えを取って男の正面に立つ叶未。
先の攻撃は鎌の周囲に小さく分解した瓦礫の刃を能力で加工して鎌の近くを漂わせながら、避けられたと同時に岩の刃を飛ばした。
男の方も反射的に気がついたのか、眼球を狙って飛ばされた瓦礫の刃を首を捻らせて避けていた。
「叶未さん、一人でいけます?」
巨大霧狸で飛空挺を下ろして、狸を崩してその霧を周囲にばら撒きながら叶未の方の様子を尋ねる悠江。
「問題ないかな。それより、民間人の安全を確保した方がいいよ。そっちの指揮官っぽい人も手伝ってくれる?撃ち墜とそうとしたことは今は問わないから」
「…ああ、もはや撃墜させる意味も無い。兵を動かそう」
そう言って、ローライは痛む腕を無理矢理動かしながら通信機を取り出して空港に退避していた兵に指示を飛ばす。
「総員、直ちに民間人の保護に努めろ。敵との引き剥がしは…どうやら任せておいて良さそうだ」
悠江が実体のある霧によって蠍の構成員と民間人とを分断して、民間人のみを飛空挺の外へと運んでいる。ローライは繊細な技術と感知性能を誇る悠江の能力について驚きを禁じ得なかった。
(これほどの異線、敵であれば恐ろしいな)
急ぎ外に出た天空の国の兵は、運ばれてきた民間人を順番に保護しながら空港の中へと連れて行く。中には砲口を向けられたことに対して罵声を浴びせられる兵もいたが、どうにか中へと連れ行く。
残されたのは血吸いの大蠍のメンバーとその頭だけである。
彼らに対しては保護に乗り出した以外の天空の国の兵が相対しており、頭の正面には叶未がいた。
「予定は狂ったが、まあいい。てめぇら全員消し炭にしてやるよ」
両の掌に火球を生み出して、前方へと走り出す。
それに合わせて数十名いた蠍のメンバーが一斉に暴れ出す。
「偉大なる爆発劇!」
叶未に対して手の中の火球をぶつけるかと思われたが、直後地面にそれを叩きつけた。
急激に発生した煙と熱は全員の視界を曇らせ、動きを鈍らせた。
「トムくん!」
「分かってますよ!」
霧で居所を探るために意識を集中させる。
「クソッ、もう逃げられました」
霧で探るよりも早く、全員がその場を離脱してしまった。
「どんな速さで逃げたんだよ」
予め示し合わせていたかのように素早く動いた事が悠江の驚愕を誘っていた。逃走の速さは犯罪組織に相応しきものだが、全員が迷い無く逃げたことは軍人の撤退を思わせた。
蠍は天空の国の土に紛れて姿を消してしまったのだ。




