第三十八話 駄々こねる
「連れてゆーけー!」
宿舎に装備を取りに帰った悠江の足に少女が絡みついて離れなくなっている。
始まりは三十分前に遡る。
急いで装備を身につけて、追加で購入していたものまで自分の部屋に取りに来たところ管理人と部屋でテレビを鑑賞していた少女は天空の国行きの飛空挺がハイジャックされてしまったことを受け、この非常事態に自分も天空の国に行きたいと駄々をこねだしたのだ。
それはどこか焦燥感に満ちあふれた表情で訴えかけてきており、悠江も危険だから落ち着いてから再び送り届けると説得しているのだが、一向に聞き入れることがない。
管理人も僅かに困り顔で様子を窺っていたが、止めに入ろうにも少女の顔を見ると仲裁に入るのも躊躇われていた。
「確かに天空の国に向けて飛んでいる飛空挺には行くんだけど、でも危険すぎるからあとで機会を改めて行こう?」
宿舎の前で待つつもりであった叶未だが、少女の騒ぐ声が聞こえてきて何事かと駆け込んできたら、この有様だった。彼女も説得を試みるが上手くはいかない。
「今すぐ行かねばならぬのじゃ。危険は承知しておる。だから連れてゆーけー!」
こちらの言葉を聞き入れることのない少女は必死で悠江の足に縋り付いて、引き摺られてでもついていく心づもりのようだ。
「どうしようか?」
ほとほと、困り果てたという風に叶未が悠江に語りかける。
「いや、引き剥がして行くッスよ。相手がどの程度の強さか測りきれていない場所に足手纏いを連れて行くわけにもいかないでしょ。ってか力強いな!」
右足を振り回しながら、少女を振り落とそうとしているものの強い磁石のようにくっついて離れない。
「早く動かないといけないのに、困ったねぇ」
良い案が浮かばないのか、叶未はビスケットを食べ始めた。
「いや、そんなもん食ってる場合ッスか。どうやって接近するのかもまだ決めかねてるのに」
「反重力ボードでいいんじゃない?」
「いや、あれは最大で高度三百メートルが限界ッス。最新のものでもその程度ッスよ。俺らが能力で天空の国まで飛べりゃよかったんスけど。離れろよー!」
会話しながら剥がそうと苦戦しているという奇妙な構図を展開している悠江。
「飛行手段ならある!だから妾もともに行くぞ!」
「えっ?」
急に飛行手段について言及してきた少女。悠江も思わず足を下ろす。
一応、案内人にヘリを用意してもらうという手段もあったし、影守隊の運転手にも同じようにヘリを運転してもらう手段はあった。ただ、どうしても人目についてしまうから他に案はないのかと考えていただけで飛び立つ方法はあったのだ。
「それは人目につかないッスか。レーダーとかにも捕捉されないような」
「舐めるな。妾ならその程度朝飯前よ」
「俺らは見つかったらダメな立場なんスよ。どうしても目立つ場合はあるんでその時はまあ色々と手は打つッスけど。ヘリとかその辺りになってくると認識を誤認させる封武でも限度があるんで人目につかないなら大歓迎ッスけど」
「安心せい。記憶は戻っておらんが、妾の力で飛ばすことができるのはわかる。泥船に乗ったつもりでおるがよい」
「泥船じゃ墜落するんじゃ…」
叶未は言いかけてやめた。飛べるならなんでもよかったからだ。
「うーん、同行させたくはなかったッスけど方法があるのなら使いたいッスね」
「飛空挺で戦うわけにはいかないからどの道天空の国が戦場になるだろうし、あっちで適当に隠れてもらってたら?トムくんの霧で覆っておけばまず安全じゃない?」
「斗霧ッス。俺の霧はよほどの突風でもないかぎりは飛ばされませんし盾にもなるッスけど、でもなぁ」
「頼む、この通りじゃ」
足に捕まりながら、頭のみを下げて誠意を見せたように装う。
「どの通りだよ。…はぁ仕方ない。天空の国に目立たず行けるとは思っていなかったけど目立たず行ける方法が提示されてるならやるしかないでしょ。でも危ないことはしちゃダメッスよ」
諦めたように息を大きく吐いて少女を同行させることに同意する悠江。
「ふむ、それでよいのじゃ」
「だから、どの立場なのかなぁ!?」
愉快なやりとりをしている二人を見て叶未は方針が固まったと感じ、早速行こうと催促する。
「ではお主ら、庭へ行くぞ」
「「?」」
少女に先導されて庭に赴くが、なぜそこにいくのかわからない二人だった。空港の近くまで行って飛べるなら飛んだ方がいいと思っていたからだ。
「さて、では行くぞ!」
「『我は定める。ここは我が城の一部也。されど真の城にあらず。故に、仮初の庭園は力を持たず持つのはただ、翼のみ。ああ、民よ見上げよ。現れたるは空の支配者』」
少女の口から紡がれたのは詩のようなそれともその美しく奏でられた喉から出る声は楽器の演奏のような、そんな不思議な感覚に陥る何かであった。
直後、三人の足下の大地が大人数人分ほどの敷地で庭が切り取られ浮かび上がった。
同時に、彼らを包み込むように膜が張られ天に向かって高速で飛翔を始めた。
叶未も分解した瓦礫に乗って同じようなことを再現することはできるが速度や、膜という使用者を守る性能においては比べものにならない。
一概に少女の能力の方が格上と言えるわけではないものの少なくとも現時点での移動手段としては上回っていた。
上空を飛び続ける膜に覆われた岩は、空を飛ぶ鳥形の巨大な異進生物すら追い越す速度で移動しているが、風の影響を乗っている三人は受けることがない。
「どういう原理になってんだ。地上で直立してる時と変わんないッスよ」
「さっき追い抜いた異進生物もこんな速さの飛行物体に気付いて無かったみたいだし、膜の外側の存在に対して五感から騙してるみたいだね」
「機械に対しても有効なんスか?」
少女に向けて疑問を投げる。
「うむ。一度我が領地と定めてしまえばこの膜で覆った範囲については人工衛星からでも捉えることは出来ぬ」
「そりゃ、とんでもない」
遙か宙からでさえ、捕捉ができなくなると聞いて悠江は軍事利用価値の高さに頭を巡らせてしまった。レーダーにも捉えられないとのことであり、異線での探知がどこまで通じるかによって汎用性の高さが変わってくる。
動かせる範囲がまだ広がるなら、密輸や物資の運搬においても活躍するだろう。
異線や輸送機を活用した物資運搬は多く研究されているがここまで隠密ができる有用なものは他に類を見ない。
もしも、彼女がどこか他国の軍人だったらと少し肝が冷えてしまった悠江。
今のところ天空の国と所縁が強いかのような反応を見せており、基本的に天空の国は武力を積極的に行使することもないため、まだ安心材料かもしれないと悠江は考えた。
「この分なら飛空挺より早く辿り着けそうだね」
悠江が自分の思考に葛藤してるというのに叶未はそんなこと知りもしないとばかりに緩やかな雰囲気を醸し出しながら、懐から菓子を出して放り込んでいる。今回はスナック菓子ではなくマスカット味の飴玉を舐めているようだ。
「ふむ、待ち伏せして討伐するのか?」
少女が作戦について聞いてくる。
「そうッスね。正確には天空の国に降り立った直後の油断した隙を突くつもりッスよ。とはいえ、それでも警戒はしてるはずなんで上手く奇襲を決めないとッスね」
「霧で敵と人質を引き離せない?それができれば存分に叩きのめせるんだけど」
「できるッスね。とりあえずそうしましょうか。ただ、懸念としては急に大胆に動いてきたとこッスね。まだ仕込みがありそうなのが怖いとこッス」
「そもそも、横浜の部隊を襲った理由もわかってないからね。その辺も明らかになってから本当は敵のところに行きたかったけどね」
まだ、疑問を清算していない中で動き出すと不確定要素で仕事の妨げになる場合があるのでできうる限りそれらを排除しておきたいと思っていた。けれど、相手が先に動いてしまった以上血吸いの大蠍を放置しておく訳にもいかず何が起きてもいいように現場判断で巧みに対応していくしかなかった。
「お主らもうじき到着するぞ」
三人が乗っている大地は、曲線を描いて一気に高度を上げて天空の国を見下ろす位置にまで達した。
悠江は念願の天空の国を目にすることができたが、どうにも複雑な気持ちを拭えずにいた。
「ここが天空の国。どの国をも凌ぐカジノを所有する空の王者ッスか」
「うん、焦点はやっぱりカジノなんだね」
もはや呆れ顔を通り越して諦観の目で悠江を見つめる叶未。しかし、叶未にも少なからず天空の国というものに興味があったからかこんな形で訪れることになってやはり、言い表せぬ感情があった。
楽しい休暇の中で来るならまだしも、緊急事態とも言える中で解決のために入国するのはバカンスで有名な地において不釣り合いに感じられてしまった。
「しかし、兵が波止場に集まっておるのぉ。あの数ならなんとかなるか?」
切羽詰まった顔で同行を求めてきたとは思えないほど、兵の数を見て安心したように言葉を吐き出す少女。
「確かに、なかなかの練度ッスね。気配だけで十分伝わってくるッス」
「先頭の人はここの指揮官かな?でも力量が見えないね」
勘が働いたのか、それとも先頭の人間が指を指したり忙しなく指示を出しているかに見える動きをしているからか叶未はそう判断した。
けれど、遠目からであるからか彼女でも力のほどが見えないことを不可思議に思っていた。
「底が知れないってことッスか?」
「いや、そうじゃなくて…」
なんと言語化したらよいものかわからないためか、言葉に詰まってしまう。
「くだらぬ話はよい。それよりもさっさと降りるぞ。波止場では目立つから、少し離れた場所に降り立つぞ」
兵の話を始めた本人が会話を途切れさせて、浮かせていた大地を天空の国に向けて高度を下げて降り立たせていく。
悠江と叶未は段々と高度が下がっていくにつれて戦いの空気を纏い始めて、緊張感を走らせていた。天空の国の兵やこれから来るであろう蠍を打倒することに備えて、軍人としての顔に変わっていったのだ。




