第三十七話 占拠と判明
叶未と悠江は資料に一通り目を通して、翌朝再び事務所に来ていた。
少女については管理人に懐いていたことと、管理人も承諾したこともあって同じ部屋で寝泊まりしたようだ。叶未は流石に自分たちが拾ってきたために任せるのは気が引けたからか自分の部屋で一緒に寝ようという風に誘ったのだが、彼女の部屋の惨状が目も当てられないほどだったからか少女は管理人の部屋に逃げ込んでしまった。
現在は再度目を通していない資料も見つつ今後の動きについて話し合っている最中だ。
「防犯カメラ映像で車に乗って途中まで逃げたことは掴めたのに結局は乗り捨てられてたんで困りましたね」
事件が起きてから大した時間も経っていない中でも、すでに多くの資料が集まっていた。軍人が犯罪組織に何人も負傷を負わされたことで軍と警察が合同で全力で捜査に当たっていたからだ。
そこで集まった情報を案内人が大至急整理して彼らに手渡していた。
「追跡部隊まで使って追ったのに見失うって結構こっちの動きを理解してるよね」
叶未がつまらなそうに紙の端を持ち上げながら写真を見つめて呟いた。
「照会したら盗難車だったらしいッスよ。事件が起こる何日か前に顔をマスクで覆った奴らに銃で脅されて盗まれたとか」
「それはまた被害者の方もご愁傷様だね。けど、横浜支部の軍人達を襲ったときはマスク被ってたの?」
「被ってたらしいッス。目撃情報やら監視カメラやらに写ってたんで。映像を解析したら骨格的に男の三人組ってことは分かったとのことッス」
「男の三人組ねぇ。でも動きがどことなく規律があるよね」
パソコンでマウスをクリックすると、カメラ映像が再生されて襲撃時の戦闘時の部分を何度も巻き戻しては再生している。
「規律、まぁ言われてみれば?」
「東グリナダと繋がってるんじゃなくて、そもそも東グリナダの工作員なんじゃないかな」
「犯罪組織が国と通じて封武を入手したんじゃなくて、最初から東グリナダから送られてきたってことッスか」
「なんのために制圧されるかもしれない犯罪組織をやってたのか謎だけどね」
悠江はかつての特攻隊の画像をスマホで検索して、叶未に見せながら話す。
「この人らと同じじゃないッスかね」
そこには向かえば必ず死ぬことが分かっているのに笑顔で向かっていく人々の姿が白黒写真で写されていた。墓人が活躍した戦争よりもさらに以前の戦争期の写真だ。
「東グリナダは革命じゃ飽き足らなかったんスよ。独立する前から東グリナダ一帯は封武の生産技術が高かった。そこに大きな成功体験が生まれてしまったから味を占めたんスよ。そのために死んでもいいからと送り込んだのが、血吸いの大蠍。犯罪組織として動かしてるのは、自国とは関係ないと切り捨てやすいようにって意味合いでしょうね。犯罪をさせているのも日本に少しでも打撃を与えておくためと思うッス。生死は関係なくただ布石として置かれているのがあいつらなんスよ」
現時点ではなにも証拠はないッスけど、と付け加えて考察を述べた悠江。
二人はそのことにどこか確信めいた予感を感じつつも、だからといって目的が透けるわけではないと首を捻る。
東グリナダの使節と連携していたとしても、何を標的にするのかそこがわからなければ動きようもない。
「そいや、隊長から連絡が返ってきてたッスよ」
「なんて言ってた?」
「『どうせなら一網打尽にしよう』とのことッス」
「つまり?」
「こっちが動き出したなら必ず向こうでも動きがあるからそこを抑えるっぽいッスね。あとは必ず何かしらの連絡手段を用いるはずだからそれが明確な証拠になって東グリナダを責め立てられる腹づもりでもあるみたいッスね」
叶未は缶ジュースを事務所内の冷蔵庫から取り出して開けた。
「隊長はほぼ確信してるんだね。今来てる人間に怪しい挙動でもあったのかな」
「伊達にここの頭をやってないッスからね。確信はあるんでしょう」
「でも、被害は抑えないとね」
「ッスね」
敵が動くのを事前に止められればいいが、そうできなければできうる限り周辺に危害が及ぶことを防がなければならない。その意見は間違いなく一致していた。
「お二人ともなんだか大変そうですね」
メロウがお茶を運んできて二人の前に出す。
縁起が良いことに茶柱が立っている。
「いつも以上に情報も集まってないッスからね」
今回は本気でエンジニアの助けは望めない状況であるからか短い期間での情報収集が上手くいかないことと、菊咲組関連の時と比べても情報の隠蔽が手慣れすぎているためにどこに潜伏しているかなどを暴くには手間がかかることこの上ない。
普段相手にする犯罪組織よりも情報操作が巧みであるし、何より国際問題にも発展しかけるような重大問題になってきているのは特に悠江の頭を悩ませていた。
叶未も深刻な事態であることは受け止めているが、楽観的なのか肝が据わっているのか実感としては事の重大さを感じられていないようだ。
「ちょっと休憩しよっか。テレビでも着ける?」
部屋の上部に取り付けられているモニターに向かってリモコンを操作すると、衝撃的なニュースが飛び込んできた。
『臨時ニュースです。羽田空港発着、天空の国行きの飛空挺がハイジャックされました。繰り返します…」
テレビを着けた矢先に突然後頭部を殴りつけられたような衝撃に見舞われた三人。
とりわけ、この場で最も天空の国に行くことを夢見ていた男は絶叫をあげた。
「は、はああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?????」
眼球が零れ落ちそうなほどに目を見開いて机を両手で大きく叩きながら、腹の底から空気を全て吐き出すほどに声を張り上げている。
「うるさい」
叶未は背後に回って悠江の脳天に手刀を喰らわせた。悠江は頭を抑えながら呻いている。
「痛いッスよ」
「テレビの音が聞こえないでしょ。ちゃんと聞いてなよ」
「は、はい」
冷静さを欠いていた悠江だが、一撃入れられたことで頭を冷やしたようだ。受けた部分は高い温度でたんこぶになっているが。
『なお、占拠したグループは全員が封武を所持している模様』
「これ、血吸いの大蠍じゃないッスよね」
「天空の国が目的って事?でもだとしたら動きが派手すぎない?」
「それはそうッスけど、でも無関係とは思えないんスよね」
「それは確かにね」
その後もテレビを眺めていると、画面の上側にさらに情報が流れてきた。
テロップを見ているとそこには『飛空挺奪還に向けて動いた本部軍、襲撃に遭う』との文字が示されていた。
「えっと、ジャックされたのが二時間ほど前でそこからすぐに動いた本部軍の部隊が襲撃に遭ったってことッスかね」
「…多分そうだね」
「たった三人で確か横浜の部隊を一つ、殺さずに被害を与えたんですよね?」
メロウが事実を確認してくる。
「そうッスね。これが蠍かどうかはわかんないッスけど、でも奴らなら本部軍相手でもある程度は戦えると思うッス」
ニュース映像が軍が襲撃を受けた現場に切り替わる。空からの映像となっており煙が立ちこめ瓦礫で道が塞がれている。
封武を持った顔を黒マスクで覆った人間が何十名も軍人を襲っている。
「いや、あの形状昔見たことある。東グリナダ産のものだよ。日本産のものに偽装してるけど間違いない」
唐突に叶未が襲撃者達の武器について言及してくる。いくら偽装していても設計上変えられない部位の形状が、特徴的な生産技術を使う東グリナダの封武にはあるのだろう。
見たことあるという言葉には引っかかりを覚えた悠江だが。
「それなら確定ッスね。飛空挺を占拠してるのは蠍ッスよ。ここまで動きが連動しておいて無関係な方が無理があるッス」
叶未の観察眼と直感には一目置いている悠江だからこそ、この結論にすぐさま至ることができた。
そして、ここにきて誠に手遅れながら目的にも行き着いた。
「じゃあ決まりだね。奴らが狙っているのは」
「はい、天空の国ッスね」
天空の国には直接的な武力は見受けられない。
だが、占拠できれば使い道は色々と存在するのも事実である。
「でも、天空の国に辿り着いたところで着陸を拒否されるんじゃないですか?」
天空の国も馬鹿ではないのだからその程度の対策はしてくるだろうとの思いでメロウは発言したのだが、叶未がここでなんのためにジャックという形を取ったのか説明する。
「飛空挺に潜り込むためにチケットをいくつも買い取っただろうけど、それでも飛空挺の定員が大体五百名ほどだよ。そこに送り込めてもせいぜいが数十名。多分、天空の国の憲兵なら制圧は容易だね。でも無事に降り立つなら人質を取れば良い。いくら天空の国でもこの国との仲を険悪にするつもりはないだろうから着陸は許可するだろうね。そもそも、今まで天空の国は他国との関係性においてのらりくらりとやってきたから」
「言い換えれば、中立を保ちたいんスよ。無駄に荒波立てたくないってのが見えますよ」
悠江が会話のバトンを繋ぐ。
「そこを見透かしてるから奴らはハイジャックという形で人質を取って、おそらくはそこに着陸以上の何かを要求するつもりッスよ」
お茶を飲み干して、縮小化されたキーホルダーにも見える封武をポーチに入れ始める二人。
「さて、どうにか上に行く方法考えないとッスね」
「どうせ、ボスも上にいるでしょ」
「えっなんでです?」
支度をしている二人を見て湯呑みを片付けて問いかけるメロウ。
「よっぽど慎重派ならともかく、こういう大胆な計画を実行できる奴は大体現場にいるんだよ」
経験上の勘によるものか叶未は自分の持論を述べる。
悠江もそれまでの仕事からなんとなくそう思っていた。
「叶未さん、俺念のために家からも装備取ってきます」
「じゃあ私は宿舎の前で待ってるよ」
「分かりました」
こうして二人は事務所を出て、そのまま戦いの舞台に赴くために動き出す。
蠍が本当に特攻隊かどうかこの真相は空にて暴かれる。けれど主役は二人に留まることはないということをまだ知らない。




