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リーディア  作者: シュタイン
第一章 復讐を担う者
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第三十二話 忙しい日々

 医務室のベッドで眠っていた悠江。

 けれど、その時間は長くなくすぐに起こされることになる。


「おーはーよー!」


 耳元で大声で叫ばれてしまい堪らず飛び起きる。


「…なんスか。もう少し寝かせてくださいよ」


 耳を両手でふさぎながら恨めし気に起こしてきた本人、叶未を見る。せっかくこの機に乗じて熟睡してしまおうと企んで戦闘後に目覚めた後、二度寝をしたというのにその努力の甲斐なく三十分も経たずに起こされてしまった。


「どうせ二度寝してるだろうと思って起こしに来てあげたよ。感謝したまえ」


 胸を張って堂々と言う叶未。


「俺の睡眠を邪魔するなんてひどいッス!疲れたんスよ!」


「あれぐらいの訓練で疲れる方が悪いよ」


「俺は能力頼りなんで、体力はそんなにないんスよ」


「でも他の後方組より体力ないのはどうなのさ」


 後衛を務める他の班のメンバーよりも持久力のなさを指摘された悠江はそれ以上何か言うこともなく、おとなしく医務室のベッドから起き上がる。


「今の流れ的に他のみんなは起きてるんスよね」


「そうだね」


「どうにか目を誤魔化してこのまま天空の国に行けませんかね?」


「まだ諦めてなかったの?」


「明日にはいなくなるかもしれないような国なら、今いるうちに訪れたいに決まってるッスよ」


「次の休暇までちゃんと待ちな~」


 肩を落としながら、叶未の後ろをとぼとぼと付いて行きデスクがあるいつもの部屋まで辿り着く。

 軽く全員と話を交わしたのち、依頼の報告書の作成に取り掛かる。

 訓練で集中力を取り戻したおかげか、天空の国に執着しながらもどうにか仕事は捗っているようだ。

 他のメンバーもそれぞれ仕事を行いながらも紡と美穂は明日の夜に依頼を行うことを言い渡されたようだ。

 拳陽と葉音もまた、依頼とは別件で凶悪犯確保を極秘裏に指示されたようでこちらも明日協力に出向くようだ。

 全員が訓練の疲れを見せずに普段通り過ごしていることに悠江は相変わらず出鱈目な人間ばかりだと心の中で嘆息する。彼は未だに痛みは残っているからか、動きに鈍さが残っているというのに。

 

 夕方になって帰宅の準備を整えていると、叶未と悠江が墓人に呼び止められる。


「二人とも、ちょっといいかな?」


 二人は頭に疑問符を浮かべながら、鞄を持った状態で墓人の机の前まで赴く。


「近頃、血吸いの大蠍(ブラッドスコーピオン)という組織が活発化してきているとの噂がある。もしかしたら、正規軍からも援軍の要請がかかるかもしれない。その時は二人に頼むよ」


「援軍ってこそこそと動かなきゃいけないから面倒じゃないですか」


 堂々と戦うことが好みであるためか、上層部以外存在を知られていない自分達のことが露見しないように援軍の際にはいつも注意を払いながら手を貸しているため、不平を漏らす叶未。

 一方の悠江はむしろ姿を晒さずに戦うことが本領であるからか、特に不満はなさそうだ。


「まぁまぁそう言わずに。大きな戦も無くなって軍人の数も年々減少傾向にあるからどこも人手が足りていないんだよ。我々にさえお鉢が回ってくるのも仕方がないさ」


 先の大戦経験者の墓人はその事を喜びながらも、忙しくなってしまうことに些か申し訳なさもあるようだ。

 警視庁の公安部や軍の諜報部は常々テロ組織、犯罪組織に目を光らせているがそもそもの対処する武力が不足しているのもまた事実である。特に国に人の形をした災害を抱えている分、求められる戦力が高い。

 その他多くの面で敵に備える必要がある日本においては人ではむしろ余るぐらいでないと安心できない。


「とりあえず、頭の片隅に入れておきます。けど、その名前どこかで…」


 記憶を探った叶未を無視して、いつの間にか一人でコーヒーをカップに淹れて飲んでいた悠江。

 墓人は話は終わったとばかりに二人に挨拶を告げる。

 叶未は考え事をしながら帰路につき、悠江は喉が渇いていたから飲んでいたコーヒーを飲み干して宿舎に戻った。



 翌日になって、悠江と叶未は数分差で出勤する。

 既に拳陽や葉音は出向いているようで、紡らも装備の点検をしているのかここにはいなかった。

 それ自体は二人も特に気に留めることではなかったが、墓人がいないことに気が付いた。


「ん?隊長までいないんスね」


 ここで備品のリストを見ていたメロウが返答する。


「影守隊長は今朝方、他国の将軍をお迎えする一団に加わりに行きましたよ。軍務大臣の要請で」


「あー…。政治ッスね」


 その答えで大方の事情を察したらしい悠江はここにはいない墓人に憐みの視線を向ける。

 後から入ってきた叶未も同じ疑問を口にするが、返答を聞いて同様の反応を示す。


「忘れてたッスけど、あの人『影雄』なんスよね。なんでこんな日陰者の集まりの長なんてやってるんだか」


 思わずと言った表情で漏れてしまった言葉を少し後悔する悠江。

 それは自分以外の者たちまでも侮辱してしまう言葉だったからだ。


「それはともかくとしても、確かにあの経歴で大体ここにいるのは不思議だよねぇ」


 悠江の台詞を軽く流しながら、事務所にいることの多い墓人について疑問を浮かべる叶未。


「暇ってことはないでしょうけど、でも時々所在不明になることがありますよね」


 メロウの一言に二人は頷いて同意する。


「あの化け物染みた強さなわけッスから戦力として上層部からは必要とされてるはずッスよね」


 現在の軍部には大戦経験者とそうでない者の二つに分かれた中将がいる。

 どちらにも怪物と呼べるほどの人材がいる中で、現在でも未だ讃えられる存在たる墓人の影響力は計り知れない。

 それは他の追随を許さないほどの確固たる武力と、地獄のような戦場で戦い抜いた精神力によって確立されている。

 訓練で何度か手合わせをした悠江はその事をよく理解しているために上の人間がそれを利用しないわけがないと思っていた。


「簡単に首輪を着けられるような人じゃないから、言いなりになっているとは思えないけどね」


「規格外中の規格外の人でも常識は守るんじゃないッスか」


「総司令相手でも噛みつきそうじゃない?」


「それは軍人として終わりでは?」


 僅かに引き気味に叶未の言ったことを反芻しながら、流石にあり得ないだろうとかぶりを振る。


「っと楽しく話に華を咲かせてる場合じゃありませんでした。隊長から伝言があって、血吸いの大蠍(ブラッドスコーピオン)が横浜支部の部隊を一つ襲ったそうです。重軽傷者が多数おりその後姿を消したとのこと。お二人にはすぐにでも追って欲しいそうです」


 メロウは忘れていたとばかりに話題を切り替える。


「横浜って、あそこも栄えてる分それなりの練度の軍人が配備されてたはずッスよ」


「重軽傷者多数って死者はいないの?」


 叶未は言い回しに引っ掛かりを覚えたのか鸚鵡返しする。


「はい。死者はいなかったそうで。けど怪我人が多発したのでその救護に気を取られて追跡が出来なかったそうです」


「まぁ、意図的でしょうね」


「ダメージを与えつつ追跡から逃れる手としてはいい策かもね」


 その場の光景を明瞭に浮かべながら、そうした真意について考えを口にする二人。


「動ける人員を減らしたうえで、追跡をさせにくくするために怪我人という形で足手纏いを残したってところッスね」


「一体、何をするつもりなんだろうね」


「わざわざ軍人を襲うとは恐れ知らずッスよね」


「そういうリスクを冒してでも成し遂げたいなにかがあるのかな?」


「だとしたら、さっさと制圧した方がいいかもッスね。放っとくと何しでかすかわからないッスよ」


 軍人を襲うのは何か事を起こそうとする前には非常に不利に働く。軍部からの警戒度が上がってしまうからだ。警戒されればただ、動きにくくなるだけであるのにそれでもそうしたということは、そこに意味があるのだろうと考えられる。

 舞い込む仕事は面倒そうなものばかりなことに辟易しながら悠江は早速情報入手のためにメロウに質問を行う。


「ウチのエンジニア殿は動けるんスかね?」


「前回は片手間でできる範囲だったらしいのですが、今回はそうもいかないらしくて」


「いい加減、四災人の方も片付いてほしいッスね」


「そろそろ落ち着きそうとは聞いたのですが」


「まぁ、とりあえず地道な調査をするしかないッスね」


 そう言いながら、叶未の方を見てさっさと済ませてしまおうという視線を送る。


「どうせ、天空の国に行きたいから早く仕事を済ませて休みが欲しいんでしょ?」


「正解ッス」


「はぁ、じゃあ行こうか」


 それぞれのキーホルダー型の封武はすでにポーチに入っているため、早速行動を開始する。

 事前に援軍に行くことになるかもしれない旨をを伝えられていたことから、装備の点検自体は終えておいた。



───────────────────────────────────────────────



 まずは横浜に足を運んで現場を見ておくために二人は電車に乗った。

 中では天空の国で夢心地を過ごした人々が何人か見受けられ、悠江は血涙を流しながら凝視していた。


 横浜に着くと、部隊が一つ襲われた赤レンガ倉庫に行く。襲撃を受けたのは広場の方であったようで、軍事関係のイベントの最中に事は起こったらしい。

 現場は警察と軍が合同で規制線を張っており、剣呑な雰囲気に包まれていた。何かが爆発したような焦げ跡や辺り一面の血痕が残っていたりと相当凄惨な現場であった。

 悠江はさりげなく入り込むために霧で姿を誤魔化しながら、普段影守隊であることが発覚しないように使っているちょっとした幻惑の封武でさも関係者であるかのように中に入った。


「叶未さん、どう思います?」


 現場を見定めた叶未はじっくり観察して答える。


「多分、人数はそう多くないかも。けど武器をたくさん使用したね」


 まだ微かに残っている火薬や金属の匂いを嗅ぎ取った叶未はふっ、と笑う。


「でも、制圧できないレベルじゃなさそう」


「そこまで直感で分かるってどうなってんスか。まぁ同意見ですけど」


 悠江もまた現場を見た感触から自信有り気にそう答える。


 二人が自分たちの次の標的を蠍に定めた瞬間であった。



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