第三十一話 空の楽園
天空の国。
現在は東京南部の海上に浮遊している。
しかし、原理は不明だがそれほどの巨大物が浮かんでいながら、海に射す日の光は損なわれておらず国そのものが透明となっているかに思えた。
国としては小規模に位置しながら賑わいは大国にも引けを取らないものとなっていた。
中央に西洋建築の城がそびえ立っており、その周辺の東側には遊園地や商業施設が並び、西にはカジノタワーが存在していた。南は居住区なのか、煌びやかさよりも質実剛健を彷彿とさせる家々が点在し北にはホテルなどの宿泊施設やその他各種観光地やサービス業があった。中央から遠ざかった地点にもいくつかの町があり、それらも観光地として人気があった。
特にカジノタワーは最も栄えており、その見た目の豪奢さに負けず劣らずの人々が入り乱れていた。
プロジェクションマッピングを使ってタワーそのものを大胆に宣伝しながら、近未来的建築に黄金を見事な配分で散りばめたその場所は、世界で最も栄え金が動く場所であった。
その所以は勝ちやすさということにあった。
けれど、大きな勝負になればなるほどそう上手くはいかなくなる。
「なんでだよ!なんでここで負けるんだよ!」
カジノ内でそう叫んでいたのは一見すればスーツでしっかりと身なりを整えている髭を生やした男であった。
「申し訳ありませんがお客様、ここでは異線の使用を禁じさせていただいております」
「使ってねぇよ!なんなんだよ!」
「いいえ、検知システムが作動いたしました。不可解な勝ちもいくつか見受けられました。その他の証拠も十分です」
黒服のサングラスをかけた屈強な男性は髭の男に詰め寄る。
「…クソが!異線だって俺の力のうちだろうが!」
「異線は個々人によって差が生じます。これは否めません。よってお客様方を平等にするために禁止させていただいているのです。ご入場の際にもご説明申し上げたはずですが?」
「チッ!」
舌打ちをして、立ち去ろうとする仕草を見せる男。
「オラぁ!」
黒服に対して殴りかかろうと襲い掛かる髭の男。しかし、黒服は簡単に制圧してしまう。
「放せ!放せよ!」
「連れていけ」
黒服が腕を抑えたまま警備の担当者に引き渡す。
そのまま髭の男はカジノの外に連れていかれ、出禁を受ける。
「お騒がせ致しました。皆さま、引き続きルールを遵守してゲームをお楽しみくださいませ」
黒服はこちらを注目していた客に一礼しながら立ち去る。
静寂に包まれていた会場も再びゲームの熱狂に包まれる。
「ご城主の下へ向かう。ここは任せた」
黒服は傍に控えていたもう一人の従業員と思われる男に指示を残して立ち去る。傍にいた男は頭を下げて見送る。
長い長い廊下を渡っている。一歩踏み込むたびに足音が響き渡り、歩く行為そのものが楽器を奏でているかに思えた。窓ガラスから光が差し廊下を数種類の色で照らしている。
ステンドグラスが使用されおり、窓の一枚を切り取っても芸術作品として売買が成立してしまいそうなほどであった。
しばらく歩いていると、黒服は一人の老紳士に遭遇する。
「報告ですか?」
「というよりは、話し合いをさせていただきたいと。今一度治安について進言申し上げたいと思いましてね」
「確かに、以前南米に降り立った際にも無頼の輩が多くおりましたからな」
「先ほども違反者を出しました。それだけならまだしも殴りかかってきましたので退出させましたが。それでもやはり施設が多い分、我々の目が届かないところが多く発生しているのも事実。早急に対処しなければなりません」
「そうですな。とはいえ、今しばらくの辛抱です。それまでの間は治安維持部門の長であるあなたが頼りです。お願いいたしますぞ」
「はい、分かっております」
「私も警備に加わりますので、存分にお話なさいませ」
「感謝します」
言葉を交わしたのち、二人はすれ違ってその場を立ち去る。
反対側に歩きだした黒服と老紳士。
黒服は廊下をまた少し歩いた後、大きな扉の前に到着する。
「ご城主、失礼致します」
声を張ってそう言うと、大扉は音を立てながらひとりでに開かれる。
扉が開ききって、中に歩き出すとそこは中央に小さな半透明の島が浮かび上がっていた。
「ご城主、ローライにございます」
黒服がそう名乗りを上げると、小さなミニチュアの島は消え、ショートカットの山吹色の髪を持った少女が、杖を手に有しながら一際高い位置にある玉座に鎮座して見据えていた。
「何事ですか、ローライ」
黒服、ローライは少女に視線を向けられながら答える。
「この国の治安について今一度お話をさせていただきたく」
「それは私も憂慮しています。しかし、警備を担当させるために安易に国民を増やすことはできません」
「承知しております。ですので一時的に警備担当者を雇うというのも手かと」
「バイトのようなものですか。施設を減らすというのはどうなのですか?我々は皆必要としているわけではないのでしょう?」
「お言葉ですが、確かに必要はなくとも批判は避けられません。世間に姿を晒した以上、客のことを考えねばこの国に向けられる目が厳しくなることは予想が容易いかと。そうなればここの維持もままなりません」
「信用のおけぬ者に敷居を跨がせるのは些か怖くはありますね」
ローライは半透明の島が映っていた、少し窪んでいた中央の機械に触れて話を続ける。
「失礼します。こちらは現在問題が発生している施設と町の一覧にございます」
「分かっています。私もそれを見て考えを巡らせていました」
「施設の多くは最近になって増設したものばかりです。そこに来場者が増えたのに合わせて各町での問題も増加しました。これ以上の治安悪化は国民たちの心を離すことになります」
「…では、でき得る限り信の置ける者を集めてください。最近は財宝目当ての輩がこちらを狙っているという噂もありますから」
「はっ!」
ローライは頭を下げて一礼すると扉に向かって歩き出す。
ふと少女は一言漏らす。
「あの方はいつお戻りになられるのでしょうね。そもそも戻られるのか…」
顔のみを少女に振り向かせたローライはただ一つ答える。
「心労お察しいたします。しかし、必ずお戻りになられます。それまでの間は皆で協力して国を安定させましょう」
「そうですね。引き留めてすみませんでした」
「いえ、仮初とはいえ悩みを聞くのも臣下の務めなりますれば」
ローライは再び歩き自動で開いた大扉をくぐり大広間から出ていく。
「やはり、うまくはいきませんね」
大広間に声が響いた。
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「なにぃ?あいつらが潰されたのか?」
「はい。情報が掴めずはっきりしたことは定かではないですが拠点にもおらず誰とも連絡が取れないのでおそらくは」
空に向かって立ち上がった髪の男は金をかけるだけかけたような部屋の中で、座れば沈んでいきそうなソファにどっしりと腰を掛けながら、革ジャンの男から報告を聞いている。
「どこの馬鹿だ。ウチの仕事を邪魔しやがったのは」
「わかりません。消息が不明ということ以外は何も。僅かな痕跡から誰かと争ったとしか」
舌打ちを交えながら、豪快に煙草を吸って文句を吐く。
「ウチの下部組織の稼ぎ頭だったからな、損失は少なくねぇ。さっさと見つけ出して殺してこい」
「はい!」
圧の籠った視線に身を竦めた革ジャンの男は慌てた様子で動き出しながら、部屋を出ていく。
「ったく。せっかく大仕事を控えてたのによ」
テレビをつけると、そこには天空の国のロケがテレビで放送されていた。
内容は食レポや遊園地のおすすめスポット、観光地となるような建造物を紹介していた。
「くくっ、そんなもんよりいいモンある癖によ。焦らしやがって」
ソファの前に置かれている机にあるウィスキーをグラスに注いで、一息で飲み干す。飲み込んで大きく息を吐くと今度は更に盛られているナッツを摑み取りし口に放り込む。いくつかは床に落ちてしまって、高そうなカーペットを台無しにしてしまっている。
「財宝を奪い取る時って、女の服を脱がす時より興奮するよなぁ」
獲物を見つめるようにテレビに視線を注視させる。筋肉質な肉体はわかりやすい力の象徴であり、その態度も合わせて狩人であることを示していた。
しかし、途端に表情が変わり眉間に皺が集中する。
「だが、いくら探りを入れても情報が出てこねぇ。どうなってやがる。それほど巧く隠してやがんのか」
自分が狙っている獲物について、部下を送り込んでもなんの成果も得られないことを腹立たし気に思っていた。いつでも攻められるように武器を揃えている彼だが、それでも肝心の在処がわからなければ動き出しができないのが現状であった。
「まぁいい。最悪、火の海にでもして炙り出してやるさ」
そう言って不敵に笑いながら男は再び酒を煽る。
この男の力が如何ほどかはわからない。
けれど、その欲望は確かに誰かを焦がすほどの代物だった。




