第二十八話 天空の国
「いっちょ上がりっと」
夕刻。叶未と悠江は依頼に基づいてアジトにしていた廃墟を襲って、犯罪組織を壊滅させていた。今、一人を悠江が仕留めたところだ。
「叶未さーん、そっち終わりました?」
「もうほとんど終わってるよ~」
気の抜けた二人のやりとりだが、周囲の惨状は死屍累々であると言えた。
組織の長であった男は叶未を睨みながら、呪詛を吐く。
「お前ら、こんなことしてただで済むと思うなよ!血吸いの大蠍がお前らに必ず報復を…」
「そういうの、聞き飽きてるんだよね」
男の言葉が終わるのを待たずして叶未は鎌で斬り捨てる。
「なんか言いかけてましたよ」
「どうせ似たような言葉でしょ。惨いことやっといてそんなもの吐くのが許されるとでも」
「気持ちはわかるッスけどね。まぁ気を取り直して飯でも食いに行きますか」
叶未の表情が厳しくなったところを見て、気分を紛らわせるべく食事に誘う。
「奢りね」
「昨日、単勝当たったんでいいッスよ」
二人はその場を回収班に任せて後にし、中華料理屋へと入って行った。
悠江は叶未の食事量を忘れていて、財布が寂しくなったそうな。
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『速報です。日本に天空の国が訪れました。なお東京駅から飛空便に乗ることが出来るので、向かわれる方はそちらをご利用なさってください。繰り返します…』
街中のビルにある巨大モニターにそのような内容のニュースが流れている。
普段は大してモニターを気にもしない人々も、そのニュースには大きな関心を抱いているようで、ざわざわと少しばかり騒いでいる。
似たようなことが、とある事務所でも起こっていた。
「おーとうとう来たッスか」
影守隊の事務所の中で上側に取り付けられていたテレビを眺めながら悠江は呟く。
今日は副隊長格以外、全員が揃っている珍しい日だ。
「悠江君は前から行ってみたかったんだったね…?」
拳陽は猫背で体調の悪そうな顔色で笑いながら尋ねる。
「そうなんスよ。なんでも、あそこには世界一と言われるカジノが開かれているらしくて、是非とも勝利して豪遊したいんスよ」
「そう上手くはいかない気がするけれどね…」
そもそも、賭ける金はあるのかという無粋な質問をしないあたりが大人である。
「賭けるお金あるの?」
ストローを挿したイチゴオレを飲みながら叶未は拳陽の気遣いを無駄にするかのような一言を放つ。
彼女に悪気はなかったが、結果的に拳陽の心配りを無碍にした。
「実はッスね、こんなこともあろうかと隠し口座に貯金してたんスよ。全てはこの時のために」
賭けのために金を貯めていたというのもあまり聞かない話ではあるが、それだけカジノに掛ける思いが強いのだろう。
「ギャンカス」
「何か言ったッスか~?紡く~ん」
気色の悪い笑みを張り付けたまま紡に近づく悠江。
しかし、悠江のようにギャンブル目的で天空の国を目指す人間も珍しくない。
なにせ、稼いだ金がある一定の額に到達すれば世界一のもてなしを受けられるという噂まであるからだ。
本当かは定かではないものの、実際にあの国の料理やサービスは高レベルであることは体験したほとんどの人間の証言からも疑いようがない。
「でも常に浮かんでいる国って少し怖いわ」
テレビを見ながら葉音も会話に加わる。
「高所恐怖症でしたっけ?」
悠江はそんなこと聞いたことないけどなと思いつつも聞いておく。
「そうじゃないけど、やっぱり地に足がついている場所の方が遊んでて安心しない?」
「なんとなくわかるッスけど」
「夢とかロマンはあるよね…」
何気に男のロマンを口にする拳陽。
中年になってもまだ少年心は忘れていないようだ。
「墜ちる心配はしなくてもいいんじゃないかな」
どこかに出かけていたようで、外から墓人が帰ってくる。
「あっ隊長!」
叶未は弾んだ声で呼ぶ。
「心配ないってどういうことッスか?」
「だってアレ、異線だから」
「は?」
拳陽は知っていたのか反応を示さないが、他の人間は全員驚きの表情を浮かべている。
「いや、そんなわけ…。だとしたらとんでもない規格外の能力ッスよ」
「うん、だからその規格外が存在してるんだよ」
言い淀む悠江に向かってなんの迷いもなく返す墓人。
「そんなことあるのか?」
天空の国に興味を持っていなかったはずの紡もその話には食い付いた。
「本人から聞いたし、この目で操るところを見たから間違いないよ」
「白阿さんも知ってたんですか?」
特に表情を変えなかった拳陽に思わず聞いてしまう葉音。
「隊長から聞いたことはあったからね…。彼が酔ってる時に…」
あまり酒に酔った話を聞かない墓人の泥酔した話に興味を惹かれかけた一同だが、それどころではないため、天空の国の詳細を深堀する。
「封武とかじゃなくて異線なんスね?」
「そうだね。ちなみに個人だよ。神統系に並ぶかそれ以上の能力かな」
「隊長はその本人と会ったんスか?」
「もう20年以上前の話だけどね。あの頃50代ほどだった気がするから今はもう70を超えてるんじゃないかな」
「でも、世間に姿を現したのはここ数年の話ですよね」
葉音も口を挟む。
「その辺はよく知らないかな。ただ、20年以上前から存在していたのは確かだよ」
それほど前から宙に浮かぶ国がありながら十年以上も発見されなかったという俄かには信じられない話だが、ここで嘘を吐く理由もないので墓人の言葉を皆信じていた。
しかし、能力規模が災害級にさえ匹敵するものであるために皆が狼狽えるのも無理はなかった。
あくまでも広さは一つの県ほどの大きさの国。
それでも、一人で作り上げてしまうその力は正しく畏怖の対象となるほどのものである。
「それなら尚更なんで表舞台に姿を見せないんスかね」
その格の人物だが、天空の国の支配者は姿を見せていない。
「俗世があまり好きではないということは一度だけ語っていたけどね」
「仙人かなんかッスか」
皆が人物像を今一つ掴めずにいる。
俗世を嫌って今まで隠れ潜んでいたというのなら、なぜ今になって世界中の空を飛び巡っているのか。その上、カジノやその他遊興施設を用いて客を呼び込むような真似をしているのか。
むしろ、俗世に近づくようなことを行ってしまっている。
何か心境の変化でもあったのか、そうしなければならない事情でもあったのか。
だが、主に多少の変化があったとしてもそこが楽園のように楽しい場所であることに変わりなく、特に悠江は天空の国の特集がテレビで始まると先ほどまでの疑問などはどこへやら夢を膨らませている。
葉音も不定期でどこに現れるかもわからないようなその場所に行ったことがなく、テレビに食らいついている。
紡と美穂は二人ともデスクワークに精を出しており、特段興味を示していない。
叶未もテレビを観ていたが、その理由は国の支配者の力を試してみたいという欲求からくるものだった。
拳陽と墓人はなにやら話し込んでおり、内容は最近の依頼についてだった。
「隊長、どうにかみんなで休暇取ってあそこに行けないッスか?」
割と無茶を言っている自覚がありながら、悠江は抑えきれずに可能かどうか問う。
流石の墓人も困惑しながら答える。
「全員がここを空けるわけにはいかないし、なにより斗霧君は昨日の報告書をまだ提出してないよね?」
「ギクッ!」
とても分かりやすい動揺を見せた悠江はあからさまに肩を落としてがっかりしている。
他の隊員たちもテレビの特集が終われば散って自分のデスクに戻る。
悠江が今すぐにでも行きたいかのような反応を見せていたのは、天空の国の滞在期間はどの国でも不定期であるからだ。
どのような国であっても気まぐれに空に出現して、その国から観光客が訪れては、遊園地やカジノ、ショッピングモールその他アクティビティを心から楽しんでいくが、いつの間にか存在を消している。
ある国では三日間天空の国は滞在していたが、ある国では一日で消えてしまったという。
大国、小国関係なく自由気ままに空を飛び、風のように去っていく。
更には定住をすることが出来る人間もほんの一握りである。
選定基準は不明とされており、ただ定住に憧れる人間は多い。
悠江も定住とは言わずとも、長く遊びたいとは思っており、しかしすぐに休暇が取れるわけでもないので神頼みをしながら長く居座ってくれることを願っている。
「ちょっと出てくるッス」
「あの国に行くのはダメだよー」
「わかってますよ!ちょっと飲み物ないんで買ってくるだけッス」
叶未に茶化されながら、苛立ったように言葉を返してコンビニまで向かう。
悠江は飲み物にこだわりがあり、自販機にはない近所のコンビニ限定のジュースをよく飲んでいる。
チェーン店のコンビニというより個人商店によるものでそこでしか買えないジュースが絶品であるから、集中力を保たせるのに必需品になっている。
割と自由度が高すぎる職場なためか、明確に遊びに行かなければ特に咎められない。
「おばちゃん、いつものくださいッス」
「あいよ。あんたもこれ好きだね」
「心のオアシスみたいなもんッスからね」
「そりゃどうも。はい、できたよ」
「あざッス」
店頭で頼んで作ってもらうタイプの品物でメロンをベースにしたジュースである。
甘みがくどすぎず、さっぱりと満足感の得られる物であるからか悠江のお気に入りにランキング入りしている。
悠江はお金を置いてお礼を言いながら店を出る。
時々、おやつを買いに来るのだが今は特にそんな気分でもないからか食べ物は買っていない。
「しっかし、なかなかに値が張ってるッスね」
スマホで軽く天空の国に行く便の飛空艇のチケット価格を眺めているが、通常の飛行機よりも遥かに高い。
悠江たちはそれなりに高給取りであるからか払えない額ではないが、やはり高いものは高いらしい。
なお、飛空艇は天空の国が派遣しており、訪れた国の人の送迎をスムーズにするために貸し出しているとの噂もある。
「どうか俺の休暇まで居てくれますように」
ジュース片手に祈りを込めて呟いた悠江。
彼の資産は果たして増えるのだろうか。




